1+1=2が成り立たない世界
休日、自室に来た愛華に数学の話を求められ、俺は2進法の話をすることにした。
「小学校で1と1の和は2と習う。式で表すと1+1=2だ。これは世界共通の認識だが、条件によっては成り立たない場合がある」
例えば、日常生活で使われている10進法では0~9で数を表現するが、コンピューターで使われる2進法では0と1だけで数が表現できる。
「2進法では2がないから、1の次は桁が1つ繰り上がって10だ。つまり2進法では1+1=10という式が成立する」
3は11、4は桁が繰り上がって100、5は101、6は110といった具合に数が大きくなっていく。
「2進数の変換の仕方だが、ざっくり言うと対象の数を2で割って、商が1になるまで計算を続ける。23でやってみよう」
23=11・2+1
11=5・2+1
5=2・2+1
2=1・2+0
2で割った余った数を下から順に並べると0、1、1、1
「そして、商の1を先頭に置いて10111 これが23の2進数表記だ」
10進数に戻す場合は10111を例にして次のように計算する。
=16+0+4+2+1
=23
ほかにも2つ例を挙げる。
111111
=32+16+8+4+2+1
=63
1000000
「つまり、各桁がすべて1の2進数は10進数だと初項1、公比2の等比数列の和。先頭だけが1の2進数は2の累乗になる」
「へぇ、結構面白いね。これって3進法とか4進法でも変換の仕方同じなの?」
「ああ。例えば3進法で17は122 4進法だと101になる」
3進法
17=5・3+2
5=1・3+2
4進法
17=4・4+1
4=1・4+0
「10進法に慣れちゃってるから違和感あるなぁ。1+1=2が成り立たないのはこれだけ?」
「いや、もう一つある。有限体だ」
「……何それ」
「簡単に言うと数字が有限個しかない集合ってとこだな。一番小さいのはF_2で2元体と呼ぶこともある。F_2では数字が0と1しかない」
「0と1しかないんだったら足せないじゃん。2はないんでしょ」
「確かに2はないが計算はできる。F_2では1+1=0が成り立つ」
俺の説明に愛華は首を傾げた。当然と言えば当然か。
「そうだな……少し前に曜日の計算で対応表を作ったのを覚えてるか?」
「確か計算で出た余りと曜日を対応させるんだっけ」
「そうだ」
0 日曜日
1 月曜日
2 火曜日
3 水曜日
4 木曜日
5 金曜日
6 土曜日
「これは要素が7つあるからF_7だ」
そこまで言って、俺は愛華に一つ問題を出した。
「愛華、水曜日の5日後は何曜日だ?」
「何いきなり」
「説明は後だ。まずは問いに答えてくれ」
愛華は眉根を寄せて指を折って数えていく。それからぶっきらぼうに「月曜日」と答えた。
「だな。これを式で表現すると、3+5=1となる」
「ちょっとそれは強引すぎない? 1+1=0もそうだけどなんで計算結果が小さくなるの?」
「これが有限体の性質なんだよ。とっつきにくいと思うがF_7ではこれが正しい」
やはり言葉だけだとイメージしづらいか。俺は少し考えて簡単な図を描いた。
0
1 2
「これはF_3を簡易的に図で表したものだ。この図を使ってF_3における1+2の計算を考える」
1を加えるのは、頂点から1進むのと同じ。今回の例だと1を始点をして2進める(辺と矢印がずれていますがどうかご容赦ください)。
0
/ ↖
1 → 2
終点が0なので、F_3では1+2=0が成り立つ。
「そしてF_2を図で表現すると、1つの直線と見なすことが出来る」
0 ― 1
「F_3のように0→1→2→0→1→2→……と循環すると考えれば、F_2は0→1→0→1→……となる。よって、1+1=0が成り立つ」
「……F_2はいまいち納得できないけど、F_3はなんとなくわかった」
F_3はわかるのか。F_2は何がダメなんだ。俺が唸っていると愛華がふいに訊いてきた。
「ねぇ、有限体の掛け算はどうやって計算するの?」
「足し算と大して変わらない。F_2の掛け算は普通の整数の計算結果と同じだが、F_3以降は違う」
例えば2・2を計算すると一般的には4だがF_3だと1になる。
「有限体の加法と乗法は余りを求めるのと同じだ。さっきF_7で3+5=1を導いたが合同式を使うと3+5≡1(mod7)」
「それを最初に言ってよ。じゃあF_2の1+1=0は1+1≡0(mod2)と同じってことね」
愛華は回りくどいことするなぁ、と文句を言ってきた。それを言われるとぐうの音も出ない。というか理解するのが早くないだろうか 愛華の数学力が上がってきているのか。ただ、今回愛華に教えた内容はほんの一部にすぎない。厳密に教えるとなると記号を使わざるを得なくなるだろうし、まだ俺は有限体について厳密に教えられるほどの知識が足りていない。もう少し勉強が必要だな。
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