トイレの花子さん

弱腰ペンギン

トイレの花子さん

「はーなーこさん。あーそびーましょー」

 最近では私を呼ぶ声も少なくなってきたというのに、珍しい。

「はーあーいー」

 返事をして念力で扉を開ける。ギイィィという蝶番の悲鳴と共に。

 少し開いただけでキャーと叫びながら逃げ出す。これがお決まりのパターンだったのだが。

「っちょ、開けらんない!」

 外側から押さえつけてるのか、扉がウンともスンともギィィとも言わない。

「遊ぶんでしょ。そうよね!?」

「はーあーいー」

「そっちが言うんか!」

 なにこいつ。ちょっと怖いんだけど!

「扉開かないわよ、手を放して!」

「いーいーえー」

「遊ぶんだよね!?」

「はーあーいー」

 うわなにこれ超怖い。

「やっぱあそばなーい」

 帰ってもらおう。そして私は壁の中に避難しておこ——。

「なーんーでー!」

「ヒィ!」

 扉の向こうから激しくドアを叩き始めた。

「やめてやめてかえって!」

「いーいーえー」

「本当にやめて! マジで怖い!」

「いーいーえー」

 誰か、助けて!

 っは! 違う。私花子さん。相手を驚かせる幽霊。学校の怪談よ!

「ぅうんっ。 やーめーてー」

「いーいーえー」

 扉を叩く音はなおも響いている。ただ規則正しく、何かのリズムを刻んでいるような……。

「……うぃーうぃるーうぃーうぃるーろっきゅ?」

「セイ!」

「うぃーうぃるーうぃーうぃるーろっきゅー!」

「カモン!」

 ってバカ!

「扉でそんな風に遊んじゃダメでしょ!」

 行儀が悪いわ!

「ごーめーんー」

「わかればいいのよ。それじゃ教室に戻りなさい」

「いーいーえー」

 ……この子、学校に何しに来てるのかしら。

「教室のみんなが心配するわよ。戻りなさい」

 私の声に扉の向こうから声は返ってこなかった。わかってくれたようね。

「教室には、戻らない」

 わかってなかったようね。

「勉強しないと、立派な大人にはなれな——」

「教室には、私の机はないの」

 おっと。事情が変わった。

 なにこれ重い話なの? 私には解決できないけれど。

「私の机はいつもいたずらばかりされるの」

「お、ぉおん……」

「毎日毎日学校に来るたび、机はぴっかぴかの鏡面仕上げされているの。椅子もそう。だから、スカートをはいてくと、起立の度にパンツ見られるの」

 それ絶対男子の仕業ね。ずいぶんと根性の据わったエロガキもいたものだわ。

「休み時間の度にみんなが私の机の上でこっくりさんをやるの。給食後には必ずエアホッケー大会になるし、私いっつも審判やらされるのよ」

「そ、それは大変ね」

「この間なんてワックス掛けられていつも以上にテカってたわ」

 それいじめられてるのかな。歓迎の仕方がわからない子供たちなんじゃないかな?

 あ、パンツ覗いてるクソガキがいたわね。微妙なところだわ。

「この間はジオラマが作られていたわ。テーマは『ジブリの森』ですって」

「ジオラマ!?」

 何やってるの、この子のクラスメイト。

「コダマはかわいかったけど、正直邪魔だったわ」

「でしょうね!」

「取り外し可能だったから、教室の後ろに飾ってあるの。ちなみに管理は私」

 いたずら作品の管理を押し付けられてるのね……。確かに大変だわ。

「この間ロボット兵を作って飾り付けておいたわ」

「楽しんでるわよね、それ絶対楽しんでやってるわよね」

「でも、毎日何かしらのいたずらがされてるの。ミニ四駆のコースとか作られてるの」

「規模があり得ないわね。それは嘘でしょう」

「嘘じゃないわ。椅子と机と教室中を通るように立体的に作られてたわ。私の机の上にだけゴールとスタートが来るように」

 なにそれちょっと見てみたい。

「その日は一日ミニ四駆大会だったわ」

「どうなってるのよこの学校」

 勉強しなさいよ。

「電池を入れると走る仕組みやギヤの構造。そこから学べる機械の構造なんかを勉強したわ」

「実学!」

 ずいぶん柔軟な先生ね……。もしかしてここ、良い学校なのかしら?

「ちなみに私はバンガードソニックを選んだわ」

「楽しんでるじゃないの!」

 しかも古いわ!

「今日なんて戦国時代の一場面が再現されてたわ」

「戦国時代?」

「うん。本能寺」

「再現できるか!」

 燃えてるわ!

「敦盛を舞う信長が再現されてたわ」

「マニアックすぎるわ」

 それ本当に生徒のいじめなの?

「その日の授業は『戦国における内政、外政』と『人々の文化』になったわ」

「それ歴史の先生がやってるわよね。絶対生徒じゃないわよね?」

 やり口が大胆すぎるしネタが古いし。子供が出来る範囲を超えてるわ。

「そう思うわよね。だから私、こっそりロッカーに隠れてみてたの。そしたら下校したはずのクラスの子たちが先生と戻ってきて、ジオラマ制作を始めたわ」

 確定じゃない。

「みんな楽しそうだった」

「ひどいわね」

「えぇ。だって私一人仲間外れにするんだもの!」

「そっち!?」

「そうよ。だから私、教室にはいかないの!」

 そういうと、扉の向こうで泣き始めてしまった。どうしたものかと思うけど、正直歓迎されてるわよねこの子。

「話は聞いていたぞ!」

 トイレに男の声が聞こえた。

「先生!」

 先生かよ。女子トイレ入ってくるなよ。

「一人にしてすまなかったな。都会から来た女の子にどう接したらいいか、みんなわからなかったんだ!」

 いや、教師のあんたがそれじゃダメでしょ。

「先生!」

 扉の向こうでは何かドラマ的なものが繰り広げられているようだけど、正直関わり合いになりたくないわね。

 よし、このまま壁の向こうに避難しましょう。

「先生、私、先生のことが好きなの!」

 おっと。

「俺もだよ!」

 おいおい。

「ここで、ちゅーしてください!」

 何を始めようってのよ、このおバカ!

「あぁ!」

 あんたも乗ってんじゃないわよ、教師でしょ!

「それじゃあ!」

「あぁ!」

 っちょ、私ここにいるんですけど! あぁもう!

「やめんかバカども!」

「「いらっしゃーい」」

 扉を開けて二人を止めようとしたら、腕を掴まれた。

「へ?」

「トイレにこもって驚かせようとする子供がいるんですってね」

「なぁにぃ。それはいけないなぁ。よし、クラスの一人に加えよう」

「そうしましょうそうしましょう」

 なんだ。何が起こってるの!?

「さぁ、教室に行って皆で勉強しましょう!」

「え、え?」

 わけのわからないまま教室に連れていかれる。っていうかこいつらなんで私の手を触れるのよ。

「さぁみんなとご対面よ!」

 ガラっと教室の扉が開けられる。そこには。

「ギャーーーーーー!」

 落ち武者や骸骨。魔女に吸血鬼にフランケンシュタインがいた。パニックハウスになっていた。あまりの恐怖に私の記憶はそこで途切れてしまった。


「先生。やりすぎたわ」

「うん」

「せっかく数珠まで買ってきてこの子連れてこれたのに」

「仕方がない。とりあえずコスプレ解除―。授業始めるぞー」

「「「はーい」」」

「この子は?」

「鏡面仕上げの机が余ってるだろ。そこに座らせておこう」

「はい」

「それじゃ授業を始めるぞ。今日の授業は『幽霊とそれが及ぼすとされる人体への影響』についてだ」

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トイレの花子さん 弱腰ペンギン @kuwentorow

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