キラキラ芋虫

晴天。

まばらに散った雲の下で、うろうろと歩き回る。

採集場として魔物が排除されたこの地帯には、等間隔で白い杭が打たれている。

大きな魔物が嫌う、特殊な塗料が塗られているそうだ。

これがせて黒くなるまでの一年ほど、杭で囲まれた地帯は安全だ。

木々が少ないこの草地は、比較的見通しがいい。

少し遠くを見れば、私と同じように採集をしている人たちが見えた。

ほとんどが子供か老人だ。

魔物がいるこの世界の水準として、私のように全く戦闘能力がない人間はかなり弱い方である。

そういうわけで、安全で簡単だが低収入な仕事を毎日こなすし、ギリギリの生活をしている。

何か特別な力でもあれば、もっと稼げただろうに。

カバンの中のチャグが、いつものダミ声で鳴く。


「ヂィ!」


前まではお腹が空くまで大人しくしていたのに、今日のこの活発さなんだろう。

少し考えてから、今から検分を始める草地にしゃがみ込み、カバンからチャグを下ろした。

真っ黒い毛玉が、柔らかい肉球で土を踏み締めた後に不思議そうに空気を嗅いだ。


「あれ、お前目が開いたの」


今朝はまだ、いつも通りただ黒いだけの毛玉だったのだけれど。

改めて観察すると、左目だけが少し開いている。

濁った紺色であるが、これは事前に狩猟ギルドのブリーダーであるカッソさんに説明を受けていた。

犬猫の赤ん坊というのは、生まれてすぐに目が見えるわけではないのだ。

ここから徐々に、視覚を獲得していくらしい。

チャグの鼻先へ指を持っていくと、ふんふんと嗅がれた。

ふわふわの頬を擦り付けた後、短いが太い手足でチャグが動き出す。


「あんまり遠くに行っちゃダメだよ」


「ヂ」


まあ、まだ這いずって進むしかできないので、私が定期的に見て対処すればいいか。

この辺りは長らく非戦闘員は入れていなかったため、いろんな素材がある。

私は持たされた紙を確認して、求められている物を探した。

まずは、ヒイロタンポポの根。

桃色の花弁が可愛い花であるが、価値があるのはその根っこだ。

煎じて何かの薬にしたりするらしい。

詳しいことは、あまり知らないけれど。


「ヂィ」


「どうしたの」


チャグがいるから、あまりたくさんの荷物は持てない。

だから今回は(比較的)高額な素材狙いである。

万屋で買った誰かのお古である手袋で、ヒイロタンポポの根をちぎってしまわないように丁寧に掘る。

戦闘力もないし知識も限定的な私にできる、些細な企業努力だ。

採ってくるものの品質が普段からそこそこ良いからこそ、ひらかれたてのエリアの仕事を早々に回してもらえるのである。

掘り起こしたタンポポの根についた土を落としながらチャグの方を見ると、何かを熱心に嗅いでいた。

ふんすふんすと夢中なチャグの鼻先には、見慣れない小さな芋虫がいた。

正直言って、元々無視は苦手である。

しかしこの世界に来てからは、そうも言ってられなくなった。

採取依頼の品に、虫がいるのは日常茶飯事だからである。

支給されたバッグから、折り畳まれた虫かごを出して組み立てる。

邪魔にならないよう紐で首から下げ、そっと摘み上げ虫かごへ入れた。

うう、柔らかい。キモチワルイ。


「ヂィー!」


「お手柄だよ」


日に当てると、角度を変えるごとに色が変わる。

プリズムカラーの奇妙な生物の名前は、星晶芋虫。

葉っぱを食べさせると綺麗な糸を吐いてくれ、それは金持ちが身に纏うような高級な衣服の原料になる。

養殖は難しいらしく、こうして採取するのが基本だ。

私が採取できるものの中では、最も高価な部類に入る。


チャグは、どうしてこいつに気づくことができたのだろうか。

草の根本にいがちなせいで、見つけるのは難しい生き物なのに。


「ヂ、ヂ!」


「ごめんって、でもこれがお前のミルク代になるの」


「ヂィー!」


嗅いでたものを奪われたことが気に入らないらしく、チャグの抗議は激しい。

まだまともに目も見えないくせに、どうしてこの芋虫にここまで執着するのか。

視覚で興味を持ったわけではないだろうから、匂いの可能性が高いように思える。


「…………なるほど」


チャグの真似をして鼻を近づけると、その理由はすぐに分かった。

この芋虫、ちょっとミルクっぽい匂いがする。

どういう理屈でそうなっているのかはわからないが、これがチャグの気を引いたのだろう。


「ヂィ……」


どうやら芋虫は返してもらえないらしいと察したチャグが、再び地面を嗅ぐ作業に戻る。

黒くて丸い後ろ頭を観察していると、またもや何かを見つけたらしいチャグが興奮し始める。


「今度は何?」


覗き込むと、また星晶芋虫がいた。

この辺りの草は若いらしくて、柔らかい。

芋虫たちにとっては、美味しい主食なのだろう。

つまみ上げて、虫かごに入れる。


「ヂィイ!」


「ごめんって」


お怒りはごもっともだが、こっちも生活がかかっているのである。

それも自分だけではない。

チャグの生活も。


こういう日はお日様の匂いがするチャグの頭を撫でてなだめてやると、気を取り直したように周囲の匂いを嗅ぎ始める。

少しの間眺めていると、チャグはまた上手に星晶芋虫を見つけた。


「ヂィー!!」


「後で本物のミルクいっぱいあげるから」


「ヂ、ヂ……」


よしよしと撫でると、またごまかされたようでチャグの機嫌が持ち直す。

ふんふんと周囲を嗅ぎながら進み始めたので、多分またあの芋虫を見つけるだろう。

五匹も見つければ、今日の稼ぎとしてはかなり上々である。


「よーしよし、がんばれ」


周辺を、まだ立てない足で踏ん張って進むチャグが止まる。

その鼻先には期待通り、例の芋虫がいた。

トリュフ犬ならぬ、星晶芋虫猫。

悪口のようになってしまったが、今日の採集はチャグのおかげで大いに捗った。

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