できれば毎日ご安全にいきたい



朝である。

昨夜は多少ギクシャクしたものの、平穏に過ぎたと言っていいだろう。

銀色狼氏には昔自分の部屋だったという、現私の寝室で寝てもらった。

どう考えても、彼の巨躯はソファに収まりそうもなかったからだ。

ちょっと抵抗されたものの、一回身を以てソファに寝てもらい納得させた。

彼の広い肩幅は普通にはみ出たし、長い脚に至っては膝から下が全部出た。

ちょっと身体を曲げればどうにかなるとか、そんなレベルの話じゃなかったのだ。

その点、二階にある私の寝室にあるベッドは、そもそも彼のものだったので余裕だった。

家出した時点では、すでに同じくらいの身長だったのだろう。

私の少し後に目覚めて居間へと降りてきた彼の毛皮は、ちょっと寝癖がついていて面白かった。

他人にそんな感想を持つのはちょっと無礼だとも思いつつ。

その姿が寝起きのチャグと似ててほのぼのしたのは、両者には内緒だ。

手短に挨拶をして、同時に家を出た。


私は総合ギルドへ、そして銀色狼の彼はどこなりと好きなところへ。

そんなつもりだったのだが、彼の方も目的地は同じであったらしい。


「はいいらっしゃ——あれ?」


今日も受付のコトさんが私を見て声をかけようとした直後、隣に並んでいる銀色狼に気が付く。

あまり顔には出ないが、動揺しているらしい。

いつも客が来ると手元に握る羽ペンを、思わずと言った風に取り落とした。

カウンターから私たちの方の落ちてきたので、拾って返してあげる。


「あ、ありがと…」


「いいえ」


しかし彼のこの反応は、なんなんだろう。

いつもは飄々としていて、こんなあからさまに動揺することはないのに。

私だけ近くに寄る形になったからか、手をパーにして口元を隠した状態で、ヒソヒソと話しかけてくる。

多少距離があるにしても、耳がいい人なら普通に聞こえる声量だと思うが。


「ちょっとちょっと、なんでライカさんと一緒に来てるの」


そういえば、そんな名前だったな。

熱で朦朧としていた時に名乗られたきりだったから、あまり覚えていなかった。

ライカ。

あの180センチはゆうに超えているであろう大きな狼人間には、なんとなく不似合いに思えるような、軽やかな名前である。


「知り合いですか」


「いや、この間よそから来た冒険者のおかげでセーフエリア拡大したって話したじゃん?あれやってくれたのね、ライカさんなの」


そうなんだ。

ちらりと後ろを見ると、ライカさんは穏やかに私たちから多少距離のある場所で立っている。

そういえば、その腰には使い古したような剣が下がっているな。

彼があまりにも善人っぽいので、あまり気にしてなかったけれど。


私は手短に、彼こそが熱を出してる時に颯爽と侵入してきて世話を焼いてくれた、親切な人であることを伝えた。

コトさんはいつもより真に迫ったリアクションで、驚いて見せた。


「ヤバイね…あ」


突然私の背後をみたコトさんにつられて、振り向く。

時刻は午前。

日雇い労働者たちが、一斉に依頼をもらいにくる頃合いだ。

私のすぐ後ろに立っていたライカさんから少し距離を開けて、他の人たちも仕事を受けようとカウンターに列を作り始めていた。


「ごめんごめん、昨日言ってた通り新規エリアでの採集でいい?」


「お願いします」


そう答えると、コトさんは簡単な注意事項を教えてくれた後で受注票をくれた。

それを握ったまま、列の先頭を後ろのライカさんに譲る。

彼の金の目が手元を見ていたから、見やすいようにそれを見せた。


「ライカさんのおかげで、私みたいな非戦闘員でも採集に行けるようになったんですよ」


「なるほど」


そう言ってから、ライカさんはふさふさの尻尾を一度左右に振った。

長居する理由もないので、そのまま外へ向かう。

背後で、依頼を受け付ける会話を聞き流しながら私はその場を後にした。


ーーーー


「街からは西の湿原の依頼が来てますが…」


「いや、昨日の隣をやる」


「えっ」


「……縄張りが広がったと勘違いして、昨日のエリアに行く魔物もいるかもしれないから。念のためだ」

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