病み上がり皿洗い

「メリーちゃん、よかった生きてた!」


「ご心配おかけしました」


久々に総合ギルドに顔を出すと、コトさんが私を見てあからさまに喜んでくれた。

二日間姿を現さなかった私を、ありがたいことに心配してくれていたらしい。


「ちょっと風邪ひいちゃったみたいで」


「ああ、しばらく働きどおしだったもんね。無理しちゃダメだよ。特に一人暮らしだと、誰も看病してくれないでしょう」


「うん。知らない人が看病してくれなかったら、死んでたかも」


「何それ」


少し幻覚を疑ったのだが、床に銀色の毛が落ちていたので実在を確信した。

意味がわからないとばかりに眉をしかめたコトさんに、倒れている間の出来事を説明するとますます険しい顔になってしまった。


「何それ…メリーちゃんよく無事だったね。それ、やばいよ」


「やっぱり?」


確かに冷静に考えると、ただの不法侵入者なのである。

そもそも何故鍵のかかっている我が家に入れたのか。

出かける時に確かめてみたが、家の鍵はちゃんとしまっていた。

不思議なことは多いものの、どうも危機感には欠ける。

全ては今更であるし、彼は親切だった。

あれが人間の男だったらこっちももう少し思うところはあった気もするけど、狼の頭部だったのだ。

どうしてもその不思議さに気を取られて、脅威を真剣に捉えることができない。

鍵とか取り替えた方がいいのかもしれないが、お金もないし。

こちらからどうしようもない以上、あまり気にしていてもしょうがない。


「もー、危機感なさすぎない?本当に気をつけてよ。ちゃんと自警団の詰所知ってる?」


「知ってる。表通りの真ん中」


「何かあったら、そこに相談するんだよ。今日も仕事してくの?」


「はい」


「やめといた方がいいんじゃないかなあ、病み上がりだし」


「でも」


そんなことは言ってられないのだ。

ただでさえ、二日も無収入で過ごしてしまった。

その間も粉ミルクは減っているのである。

しかし寝てる間にもらっていた果物とかは家にあった覚えがないので、不審者のおごりだったようだ。

得したと言うと、多分またコトさんにツッコミをもらうな。


「まだ顔色悪いし、休むべきだよ。……これ、あんまり言っちゃダメなんだけど。多分明日からちょっと報酬のいい仕事が出てくるから、それに備えておいで」


「そうなんですか?」


「うん、腕利きの冒険者が街に来てね。今まで危険だからってことで行けなかったエリアの、大規模掃討をしてくれることになったんだ」


「一人で?」


「彼にとっては、それでもあくびが出るような仕事だろうね。ともかく今日、その任務が行われてるから明日には新しいエリアが解放されるよ。その時に採取でも行った方が、効率がいいんじゃないかな。今行けるとこなんか、もうだいぶ素材も取り尽くされてるだろうし」


一理ある。

私のような日雇い労働者は、何日休んだところで信用が落ちることもない。

その代わり、継続的な収入が見込めないと言うことでもあるのだが。

しかしこの世界においては、若いうちは割と一般的な働き方でもあるらしい。

色々やってみて、自分に向いている仕事を見つけて就職やら起業やらをするんだとか。

私は自分が何に向いているかなんか、いまだに全然わからない。

とりあえず自分の実力と相談して、できるだけ効率よく稼げる仕事を適当に受けているだけだ。

文字をもっと読めるようになれさえすれば、単純労働以外もできるようになるとは思う。

文字を読まなくていい冒険稼業の方は、論外である。

命がけの戦闘なんて、自分にできるとは少しも思えない。


「じゃあ…木々のカモメ亭の皿洗いはありませんか?今日は昼まで働いて終わろうと思います」


「メリーちゃあん」


コトさんは呆れ声で私の名前を呼んだが、ちゃんと仕事を紹介してくれた。

最近売り上げが上昇中である木々のカモメ亭では、忙しい昼時の皿洗いをいつものように募集している。

紹介状という名のチケットを持って、いつものようにチャグを鞄に入れて歩く。

最近は好奇心が出てきたようで、蓋の隙間から鼻を出してスンスンと空気を嗅ぐようになった。

そろそろ、目が開く頃だろうか?


見慣れた建物が見えてきた。

裏口を一応ノックしてから、入る。

もうすっかり顔なじみのモリーさんが、私を見るなり目をかっぴらいた。


「生きてたのかい!!あんた!!」


また心配されていたようだ。

あまりに大きな声だったせいで、ホールの方からも店員のおばさんがやってくる。

褪せた赤毛を一つに括った、おそらくは四十代くらいの女性だ。


「どうしたんだい!」


「いやね、この間まで皿洗い頼んでた子が久々に来たもんだから」


「ああ、あんたの気に入ってた子かい。全く、でっかい声出すんじゃないよ」


トラブルではないことを確認した赤毛の女性は、それだけ確認してホールに戻っていった。

そろそろお昼前だ、忙しいのだろう。


「すいません、ちょっと風邪ひいちゃってて」


「おやま、大丈夫かい」


「はい、今日はこの仕事だけやって帰ろうと思います」


「働き者なのは立派だけど、体壊し切る前になんとか休むんだよ」


「ありがとうございます」


「ヂィ」


私が軽く頭を下げると、加勢をするようにチャグが鳴いた。

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