【短編/五十鈴とわんこのバレンタイン】②
木村航・著
2
翌日、バレンタインデー本番の夜――
夕食を終えた〈
「やほやほ〜! 五十鈴ちーん!」
「いらっしゃい、スピカ。こんばんは、ユーマ」
「キミの顔を見て安心した」
ユーマがにっこりした。
「ボクたち、お役に立てたみたいだね」
「うん。ふたりともありがとっ」
「わんこのルディ君にお菓子を渡せたんだね?」
スピカがわたしに小声で問う。
「うん。ちゃんとおいしいって喜んでくれたよ。もうほんと、わんこみたいに尻尾ふっちゃってさ」
「で、本音は聞き出せたのかな?」
「いや〜、それが……」
「お〜い、ミス・五十鈴! ここにいたのか !」
ブロンドのわんこが駆け寄ってきた。
「ル、ルディ? なによ、どうしたの。って、その手にもってる包み紙は……?」
「レディに贈り物をもらったからには、お返しをしなければいけないだろう」
得意げに言って胸を張る。その手には、綺麗に……しようとはしたらしいラッピングのちいさな包みがあった。甘く香ばしい匂いが漏れてくる。
この匂いって、もしや……。
「ココニアの香りだ」
スピカが身を乗り出した。その鼻先へ、ルディのやつは包みを差し出してみせる。
「キミはユーマの仲間かい?」
「そだよ。スピカっていうんだ。アナタがルディ君だね」
「いかにも、ボクはルンデルハウス=コード。〈
「うんうん知ってる。そっかー。確かにすっごくわんこっぽい!」
「わんこ?」
「ちょ、スピカ黙ってて!」
「わかってるよ〜。邪魔しないからさ」
「出直してこようか?」
心配そうに言ったユーマに、即答したのはルディだった。
「いや、ユーマ。キミは大事な友人だ。ボクにとっても、ミス・五十鈴にとっても。くつろいでいってくれたまえ」
「ああ、うん。ありがとう……」
そう言われては、ユーマも席を外すわけにはいかない。気を利かせてくれるつもりだったんだろーけど、しょうがない。
「それよりルディ君、五十鈴ちんに用があるんじゃないの?」
スピカが水を向けると、ルディは自信満々で答えた。
「そうとも。大事な用件だ。ボクはミス・五十鈴のプレゼントに感銘を受けたんだ。それで、自分でもやってみた」
「ちょ、待ってルディ。それってまさか」
「いかにも。にゃん太班長から〈新妻のエプロンドレス〉を借り受け、ココニアのスイーツ作りにチャレンジしてみたのさ」
「こ、ココニアのスイーツ !? わたしに、食べさせるために?」
「当たり前じゃあないか!」
アホすぎる! いや、かわいいけど! かわいいんだけどさあ!
よりによって、ココニアのスイーツって!
お返しだったら他にいくらでも選択肢があるでしょ!
ていうか、プレゼントとか別にいいし!
そんなつもりじゃなかったし!
じゃあ、どんなつもりだったかっていうと……まあ、そのう……いろいろと微妙なアレなんだけど……。
……ココニアのスイーツ。
しかもバレンタインデーの当日。
それって、つまり……。
「どうしたんだい、ミス・五十鈴。なぜ黙り込んでしまったんだ」
「いや〜、なんというか……」
落ち着け落ち着け。笑って笑って。なんでもないことみたいに。
「ル、ルディ〜、あ、あんたそれでわたしから、なにを聞き出すつもりなの?」
「聞き出す……とはなんのことかな?」
心底から不思議そうに問い返すルディ。
そっか。知らないんだ。〈ココニアの実〉の、バレンタインデーにだけ起こる特別な効果のことを。
それも当然かもしれない。彼は元々〈大地人〉だ。わたしたちみたいに、〈エルダー・テイル〉をゲームとして始めた〈冒険者〉とは違う。この世界で生まれ育ち、いろんなゲーム的理不尽や無茶な設定を「そういうもの」として素直に受け入れてきた。
バレンタインデーはわたしたち〈冒険者〉の文化だ。しかもヤマトサーバー特有の――もっと大きく言えば地球の、私たちが生きてきた世界のイベントだ。
セルデシア生まれのルディには、ピンとこない部分があって当然だろう。
だからこそわたしだってお菓子を作ろうという気になったのだ。
ルディの本音が聞き出せると思ったから……。
「ミス・五十鈴から聞きたいことなら、確かにある」
「えっ?」
ルディは真剣な表情で、わたしをまっすぐ見て。
「ボクのお菓子を食べて、感想を聞かせて欲しい」
「……って、それだけ?」
「キミだってそれを聞きたがっていたじゃないか」
「そ、そりゃそうだけど……」
「だったらボクの気持ちもわかるだろう」
ずいっ、と詰め寄ってきた。不格好な包みをわたしの胸元へ差し出す。
「ミス・五十鈴。キミの笑顔が見たいんだ」
「……!」
ああもう、こいつは、こいつは〜〜〜っ!
なんなんだ、このわんこは! まっすぐ過ぎる! ひねりも裏も陰影もない!
まあ、そこがかわいいんだけど!
「さあミス・五十鈴。受け取ってくれ。そして今すぐここで食べてくれ」
「い、今ここで?」
「一刻も早くキミの感想が聞きたいんだ」
「うう〜〜〜」
そこまで言われちゃしょうがない。
ルディにはなんの企みもない。ただただわたしの手作りスイーツに感動し、お返しをしたいと思っただけだ。わたしと違って、こっそり本音なんか聞き出そうとはしてない。
おいしいと言って褒めてほしい。ただそれだけなのだ。
だったらいいや。思いっきり褒めてあげよう。
いやまあ失敗作かもしれないけど、その時はその時だ。素直に言ってやろう。きっとそのほうがルディも喜ぶ。
そしてまた再チャレンジして、まっしぐらにわたしのところへ持ってくるだろう。
ミス・五十鈴! 今度はどうかな。食べてみて欲しいんだ。キミに、キミだけに……。
「……しょうがないなあ、もう〜」
ていうか、暑いなこの部屋。暖房効き過ぎなんじゃないのか。
わたしは両手の手の平を服で拭った。そして、ルディへ差し伸べようとした。
その時、気づいた。スピカの目の輝きに。
「うぐっ…… !?」
「どったの?」
「ちょ、スピカ近すぎ。なに見てんの。あっち行ってて」
「え〜なんで〜。ココニア集め手伝ってあげたじゃない。最後まで見届けさせてよ〜」
「そうなのか、ミス・スピカ。ボクからも感謝する。これからもミス・五十鈴を助けてあげてくれたまえ」
「もっちろーん!」
「勝手に仲良くならないで!」
「スピカ、ボクたちはそろそろ……」
「なにを言うんだユーマ。ミス・五十鈴に用があるんだろう。ボクのほうはすぐ済むから、そこで待っていてくれたまえ」
「そうそう。ユーマは黙って見てて。五十鈴ちんとルディ君のお邪魔だよ」
「う〜〜〜ん……」
「ほら五十鈴ちん、早くプレゼントを受け取りなよ。ルディ君が感想聞きたいって待ってるよ」
「くっ…… !?」
ルディが感想聞きたい !?
あんたもでしょーが!
てゆーか、なにこのワクテカした顔。
「うふ……うふうふうふ……」
笑うなー! あと、その期待に満ちた目はやめろー!
間違いない。こいつ本気だ。絶対になんか余計なこと言う。〈ココニアの実〉のバレンタインデー効果は人の本音を聞き出せるということだけど、そのための質問は誰が尋ねてもいい。
プレゼントした本人じゃなくても、効力は無差別に働く。
「どうしたんだい、ミス・五十鈴。ボクのプレゼントを受け取ってくれないのかい?」
「そうだよ〜五十鈴ちん。ルディ君がかわいそうだよ〜」
「くっ……!」
わたしはもう、どうしたらいいかわかんなくなって――
「や、やっぱり……やっぱりダメ~!」
身を翻し、ギルドホールを飛び出してしまった……。
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