【短編/五十鈴とわんこのバレンタイン】①

                                木村航・著


〈大災害〉二年目・二月



「ねえユーマ、お願いっ! 手伝って欲しいことがあるの」

 勢いよく両手を合わせて拝んだら、ぱちんといい音がした。なんなんだ。神社じゃないんだ。もうちょっと落ち着け、わたし。

 わたしは五十鈴いすず。〈記録の地平線ログ・ホライズン〉所属の〈吟

《バ ード》遊詩人〉で、得意の楽器はリュート。でもそういう細かいことよりも、大事なポイントはひとつ。

 わたしも目の前のユーマと同じ〈冒険者〉だってこと。

 だから神頼みってわけじゃない。相手は人間だ。けどまあ〈冒険者〉ってのは、このセルデシアではそれなりに偉い。しかもギルマスだ。何人もの仲間をまとめ上げ、クエストをこなすには力量が必要になる。

 その彼――ユーマは、やり手のギルマスにはぜんぜん見えない優しそうなおもざしを、びっくり顔にして言った。

「ボクにできることなら、もちろん手伝うけど……いったい何?」

「そのう、深い意味はないんだけどね?」

 わたしはつとめてなにげなーいふりを装った。

「〈ココニアの実〉が欲しいので狩りで集めようかと思うんだ」

「市場にたくさん出回ってるけど?」

「そっ、そりゃ、お店でも売ってるけど! 高くてなかなか買えないんだもん!」

「まあいいけど……」

 なぜボクに頼む? と言いたそう。

 いや、そんなふうに見えるのはわたしの後ろめたさのせいかも。ユーマは面倒見が良くて、偉ぶったところがない。困ってる人に手を差し伸べる優しさもあふれてる。だから相談を持ちかけようと思った。

 彼ならきっと力になってくれるし、秘密も守ってくれる。

「……そ、それにね?」

 声を潜め、早口に打ち明ける。

「このことは、うちのギルドのみんなには内緒にしたいのよ」

 ほとんど耳打ちのようなささやき声だったはず。

 なのに――

「なになに? なんの相談?」

 ――スピカが駆けてきた。

 あちゃ〜。ややこしい子が来ちゃった……。

  悪い子じゃない。というか、いい子だ。表裏のない性格をしてて、大きな声でよく笑う。ただしおしゃべりで好奇心旺盛だ。秘密は守れないし、嗅ぎつければ根掘り葉掘り探り回す。知れば必ずしゃべりたくて、うずうずするに違いない。

 となればわたしの相談内容は、ユーマのギルド〈新しき大地ニューフロンティア〉内に知れ渡るのは確実で、またこのギルドの面々は妙に顔が広いから外に漏れるのも時間の問題で……。

「五十鈴ちん、顔色すごいよ !?」

「そ、そーお?」

 落ち着け落ち着け。プラスに考えよう。秘密が守れない子が相手なら、秘密にしなきゃいいのだ。包み隠さず、ごくフツーの話題として、さりげなーく切り出そう。

「あのねスピカ。実は欲しいものがあるんだ」

「そーなの? なになに?」

「〈ココニアの実〉なんだけど」

「そかそか。五十鈴ちんも女の子だね」

 うぐ、ばれた!

「な、なんのことかな〜?」

「またまた。しらばっくれちゃって。明日はバレンタインデーだもんね?」

「そ、そうだったっけ〜? あれ〜?」

「〈ココニアの実〉は、バレンタインの日に特別な効果があるんだったよね?」

 スピカは目をきらきらさせて言った。

「確か食べた人の本音がひとつ聞けちゃうとか……」

「へ、へ〜え。ふう〜ん。そーなんだ〜」

「はい、これ」

 ユーマがわたしにスポーツタオルを差し出す。

「よかったら使って」

「えっ、わたし、そんなに汗かいてる? おかしいなー。熱でもあるのかなー」

「かもね」

 ユーマは笑って武器を手に取り、私に言った。

「こじらせないうちに出かけよっか」

「〈ココニアの実〉集めを手伝ってくれるのね! ありがとう!」

「マジで? じゃあ、アタシも手伝ってあげる!」

「え……。スピカも来るの……」

「行くいくっ! 甘いものと狩りならアタシにおまかせアラモード!」

 そんなわけでわたしたちはアキバ近郊のフィールドへ出向き、〈ココニアの実〉狩りにいそしんだ。特に冬の時期はモンスターのドロップアイテムとして出現率が高くなるのだ。〈エルダー・テイル〉がただのゲームだった時代の設定を引き継いでいるのだろう。

 すでにフィールドは〈ココニアの実〉狩りの〈冒険者〉でにぎわっていた。ほとんどは女の子で、応援の男性がちらほら混じっているのが珍しく思えるレベルだ。

「女の子にとってバレンタインは、こんなに大切なイベントなんだね!」

「そういうスピカだって女の子のくせに」

「アタシは男の子より動物のほうが好きだもん」

「そーなんだ」

 ちょっと気が緩んだ。

「わたしもね、わんこは好きなんだ」

「アタシも〜! かーわいいよね、わんこ!」

「うん。とっても」

「って五十鈴ちん、なんでそこで赤くなるの?」

「さ、寒さのせいじゃない?」

「なら、体を動かしてあったまろっか」

 こともなげに言って身構えるユーマ。

 ワンダリングモンスターに遭遇したのだ。

 わたしたちは戦闘に突入した。

 それからしばらくの間は〈ココニアの実〉狩りに集中した。さすがに〈吟遊詩人バ ード〉のわたしがソロプレイで狩るのとは効率が違う。がソロプレイで狩るのとは効率が違う。〈盗剣士スワッシュバックラー〉のユーマと〈武闘家モ ンク〉のスピカのおかげで、その日の午後には十分過ぎるほどの量の果実を集めることが出来た。

「このくらいあれば、ちょっとやそっとの失敗で数が足りなくなったりしないよね」

「うんうん! 五十鈴ちん料理ヘタだもんね!」

「う、うるさいなぁ!」

 うちのギルドには、にゃん太さんという心強い味方がいる。いざとなったら助けてもらえる……かもしれない。

 いやいや、人を頼ってちゃダメだ。自分で頑張ることに意味があるんだ。とはいえ〈新妻のエプロンドレス〉ぐらいは借りても許してもらえるだろう。食べておいしくなかったら、プレゼントしても悲しくなるだけだし。

「それで、五十鈴ちん。手作りスイーツは誰にあげるの?」

「うっ……。だ、誰でもいいじゃない」

「じゃあ、どんな感じの子?」

「そ、それは……性格がわんこっぽくて……」

「わんこ大好きっ! たまんないよね! いつでもいっしょけんめーでさ!」

「そうそう! なにをやるにも全力で!」

「うれしいときにはしっぽをぶんぶん! 悲しいときにはしょぼーん……」

「そうなの! それがまた、か〜わいいの!」

「うれしいなあ。五十鈴ちんもわんこが好きなんだぁ」

「だーかーらー! わんこじゃなくてルディ!」

「ルディ?」

「あっ……」

「わんこか……。なるほど」

 なぜかユーマが深くうなずいた。

「そうなの、ユーマ? ルディ君って、そんなにわんこっぽいの?」

「お、大きな声を出さないでっ! 他の〈冒険者〉も周りにたくさんいるんだから!」

「そかそか。うん、そだね」

 スピカはにこにこしながらわたしに耳打ちした。

「ルディ君には内緒にしておかないと、サプライズの楽しみがないもんね」

「う、うん……」

「安心して。誰にも言わないよ。その代わり、結果を聞かせてね」

「結果?」

「ルディ君の本音を聞き出したいんでしょ?」

「うぐぅ……」

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