【新たなる冒険の大地】サーバーに宿る幻想③

〈エルダー・テイル〉には無数のギルドが存在する。

 それらのスタンスはさまざまだけど、大別すると戦闘系ギルド、生産系ギルドのふたつに分類される。そしてかつての〈エルダー・テイル〉において所属人口が多かったのは、圧倒的に戦闘系ギルドだ。これは当然だろう。ファンタジーRPGの花形といえば、強大なモンスターとの戦闘。〈エルダー・テイル〉も例外ではなく、戦闘を主体としてゲームシステムが組み上げられている。アイテムの開発、売買といった要素は、あくまでも副次的なもの。息抜きにすぎない。

 しかし〈大災害〉がすべてを変えてしまった。

 この日を境に多くの戦闘系ギルドが活動停止、もしくは解散に追い込まれた。それはひとえに新たな時代の戦闘に適応できなかったためだ。実際に手足を使いフィールドを駆け回り、モンスターの咆哮と獣臭を浴びながら、武器を振るう。ディスプレイで戦場を俯瞰ふかんしていたゲーム時代と同じようなスマートな連携などとれようはずがない。その歯がゆさの先にあるのは苦痛と死……その恐怖を多くのプレイヤーが克服できなかった。

  それとは逆に〈大災害〉を契機に躍進を遂げたのが生産系ギルドだ。生産スキルが生み出すさまざまな物品は、皆に快適な生活を提供することができる。それは〈大災害〉後の世界において、戦闘よりもずっと価値があるように思えた。

 では、戦闘系ギルドが不要になったかというと、そんなことはまったくない。今〈円卓会議〉は、慢性的なマンパワーの不足に見舞われている。原因はずばり、〈大災害〉以降のセルデシアには調べるべき事柄が多すぎるということに尽きる。

 今や、〈ハーフガイア・プロジェクト〉は「地球の二分の一の距離を、マジで歩かなくちゃいけないクソオープンワールド」と化していた。今ではどんなちゃちいクエストでも野宿不可避、泊まりがけの大冒険だ。攻略wikiの喪失、未知の拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉の導入、そして〈大災害〉によってもたらされた数々の変容……この大地には多くの謎がねむっている。それらをつまびらかにするために、セルデシアという過酷な大地に打って出る勇者たちが必要だ。

 アキバの十一ギルドの中で、いわゆる戦闘系と称されるものは〈黒剣騎士団〉〈D.D.D〉〈西風の旅団〉〈ホネスティ〉の四つ。しかし、彼ら大手ギルドはゴブリン王の北伐やマイハマからの支援要請といった大仕事にかかりきりで、とても瑣末さまつな依頼にまで手が回らない。

 そこで、ボクたちの出番になるわけだ。

〈円卓会議〉の要人警護、未発見クエストの攻略、貴重なアイテムの入手……軽快なフットワークですべてをおこなう小規模戦闘系ギルドの雄。

  ボクたちはけっして〈大災害〉以降、無限に広がったこの冒険の大地をおそれはしない。

 それがギルド〈新しき大地ニ ュー・フロンティア〉だ。


「う〜ん、いい天気だ。青い空、白い雲。今日は絶好のおぱんつ日和びよりだな!」

 あぐらをかいた直継さんが、ほがらかに笑う。

 大開きの口から白い吐息が漏れる。けど、その笑顔はまるで寒さを感じさせない。

 ことことと木製の車輪がまわり、〈大地人〉の馬車は山道を進んでいく。その荷台に座りこむ、ボクたち四人の〈冒険者〉。御者席に座る持ち主が街で買い込んだもろもろの商品と相席だ。異国の地から流れてきた荷物が、ボクたちを取り囲み、馬車の揺れにあわせて、ヘッドシェイキングしている。

「おぱんつ日和ってなんなのさ」と隣のシロエさん。

「そりゃもう、おぱんつを鑑賞するのに絶好の日差し。なあ、ユーマ!」

 そういって、直継さんがボクにむかってぐっと親指をあげる。

 ボクは素直な気持ちでこたえる。

「わけがわかりません」

「ユーマをおぱんつ時空にまきこまないでよ、直継」


 シロエさんがたしなめる。

「だいじょうぶ。ほら、ユーマもおぱんつに興味あるって。お年頃だもんね」

 ボクの背に後ろから抱きついたピンキーが、ふたりにこたえる。鼻先を僕の後頭部にうずめて、にやにや。先日のジャンポパフェから解き放たれた長髪は、今度はいくつかの髪留めによって、肩にかからない程度にまとめられている。

「おい、ボクの内心を勝手に代弁するな」

 軽くにらみつけると、ピンキーはぺろりと舌をだした。あざといをとおりこして、古さを感じる少女漫画的ムーヴだ。

 けどまあ……おぱんつ日和かどうかはともかく、いい天気なのは本当。グラフィックボードの性能に左右されない本物の日差しが、松の枝葉に積った雪を解かしていく。影絵のようにきりぬかれた木漏れ日が、山道をまだらにそめている。厳しい冬の間の積雪は綺麗に脇によけられ、路面は快適だ。懸架装置もスプリングもない〈大地人〉馬車のワイルドな乗り心地も、〈冒険者〉の強靱なお尻はすぐに順応する。揺れは心地よく、一足早い春の陽気とあいまって、眠気をさそう。

 今回の目的地はアキバのはるか北方、〈自由都市同盟イースタル〉の北端に位置するティアストーン山地にある町だ。


  ティアストーンといえば、〈鋼尾翼竜ワイヴァーン〉の徘徊はいかいする狩り場として知られているが、正確にいえばいくつもの峰が連なる山脈であり、くだんのフィールドはその一角を占めるにすぎない。そしてティアストーン山地には〈大地人〉たちの集落がいくつか存在している。

〈大地人〉っていうのは、このセルデシアに暮らす土着の人々のこと。ゲーム時代は

NPCノンプレイヤーキャラクター……つまり、ゲームプログラムで動く脇役キャラクターだった。もちろん、彼ら自身にはここがかつてゲームの世界だったなんて意識はない。

〈大地人〉は、セルデシアの人口の九十五パーセントを占める。

 そう、この世界ではかつてのプレイヤー……〈冒険者〉は圧倒的に少数派マ イノリティなのだ。

 とくにこのあたりはヤマトにある五つのプレイヤータウンのいずれからもアクセスが悪く、どこにでも首をつっこむ〈冒険者〉たちの探索もあまり進んでいない。攻略wikiが見られない今、〈冒険者〉たちは正確な地図を失っている。

 そこでボクたちはまず〈鷲獅子グリフォン〉を使いながら(もちろんボクのじゃない。シロエさんと直継さんの持ち物にあいのりだ)、アキバから三日かけてラワロールの街まで移動。地球でいえば岩手県あたりになるだろうか。タカミ川の水運によって栄える街だ。そこで山地に点在する集落について情報を集め、目的地を同じくする〈大地人〉の馬車に同乗させてもらうことにした。

 じゃの道はへび。〈大地人〉の道は〈大地人〉。たとえゆっくりまったりペースでも案内役がいてくれたほうがいい。いくら疲れしらずの〈冒険者〉とはいえ、二分の一サイズ地球のオープンワールドを闇雲に駆け回るのはごめんだ。


「でも、びっくりしました。まさか〈冒険者〉さまだなんて」

 御者席ぎょしゃせきの女の子がふりかえった。歳は中学に入りたて、ってくらいだろうか。子供のようにみえて実際子供だが、このヤマトの農村部ではこのくらいになれば労働人口に数えられる。薄いベージュ色の肌。果実ココニアのような赤らみほっぺ。そこに点々とそばかすが散っている。馬車のリズムにあわせてひょこひょこ左右に揺れる髪は、日に透かしてみるとかすかに赤みがかっている。全体の印象は『赤毛のアン』みたいなかんじだ。

 名前はコレット。今回の目的地であるトワで暮らしているらしい。彼女とはラワロールの街でトワについて聞きこみをしているときに出会った。ラワロールで農作物を売り、これからトワに戻るところだという。ボクたちは彼女に請い、同道させてもらうことにしたのだ。

「うちの町に〈冒険者〉さまが来ることなんて、ほとんどないんです」

「あんまり来ないの、〈冒険者〉?」とボク。

「は、はい。私も〈冒険者〉のかたがたとお話しするのははじめてです。ラワロールの街で何度かお姿を見かけてはいたんですが、トワにいらっしゃることはぜんぜん」

 コレットの答えに、直継さんはうなった。

「まあそうかもな。このあたりに来る〈冒険者〉はみんな〈鋼尾翼竜ワイヴァーン〉の棲家すみかに行くか、〈パルムの深き場所〉に潜るかだもんな。このあたり、他にイベントらしいイベントもないし」


「はあ……イベント、ですか」

「あ、いやこっちの話」

 直継さんは言葉をにごす。ゲームのイベントなんて、この世界に生きる〈大地人〉にとっては知ったこっちゃない。

 けどコレットはにこりと笑みを浮かべた。

「イベント、ありますよ」

「え?」

 ボクたちはちょっとギョッとする。

「六日後からトワで大きなお祭があるんです。うしろの荷物もそのための準備なんですよ」

 そう言って、コレットはボクたちの周囲に積み上げられた木箱をしめす。行きには冬期にとれた農作物が詰まっていたのだろう。今はラワロールの市場で購入した香辛料や本、さまざまな雑貨が詰められている。

 たしかにこの花火やら仮面やらは、お祭でもなければ不要なものだろう。

「あ、ああ。そういうイベントね」

 直継さんは微苦笑を浮かべる。

〈大地人〉は〈冒険者〉のいうイベントがどういう意味なのか、けっして理解することはないだろう。気を取り直して、直継さんは言葉をつづける。


「お祭かぁ。おぱんつ祭ね。実は俺たちもそれが目当てで来たんだよ。なあ、シロ」

「おぱんつ祭なんて言ってなかったよね? でも、うん、そうなんだ。町長さんに招待状をもらってね」

「ええっ !? 町長さまに〈冒険者〉のお知り合いがいるなんて知りませんでした。うわあ、うわぁ……〈冒険者〉さまが見に来てくれるなんて、今年のお祭りはすごいことになっちゃいます!」

 手綱を握るコレットが飛びはね、そのおさげがぴょんぴょこ踊る。

「それに、他にもいろいろさがしものもあってね」

「さがしものですか……でもトワに、〈冒険者〉さまのほしがるものなんてあるかなぁ」

「レアアイテムなんだ。でもトワにあるかどうかはまだわからない」

 シロエさんのこたえに、コレットは首をかしげる。

 そのとき。

「あれ……?」

 過ぎゆく木立こだちを眺めていたピンキーが目を細める。

「どうした?」とボクは尋ねる。

「あれさ、モンスターだと思うんだけど」

 つられるようにピンキーの視線を追いかける。


 馬車の右斜め前方。鬱蒼うっそうとしげる木立の隙間に、移動するモンスターが見え隠れする。このあたりで遭遇するモンスターといえば地下から彷徨い出てきた〈鼠人間ラットマン〉の群れや〈緑小鬼の雪上兵ゴブリンスキーヤー〉部隊、早起きの〈雪熊スノーベアー〉あたりだろうか。べつに驚くべきことではない。

 けれど、それはボクの知ってるどのモンスターでもなかった。

「なんだあれ……」

 一見するとそれはより高い山を棲家とする〈鋼尾翼竜ワイヴァーン〉によく似ていた。装飾過剰なトカゲというのが第一印象だ。だが、空を自由に行き交う〈鋼尾翼竜ワイヴァーン〉が、こうして地を這っているはずがない。竜族の仲間ではあるものの、まったくの別種であると考えたほうがよいだろう。

 対象のステータスウィンドウを呼びだしてみると、〈星を見る獅子竜イカロスザウルス〉という見覚えのない名前がポップした。

 それに目をひくのは、見る者の遠近感を狂わすその大きさだ。手を伸ばせば届きそうな距離に見えるけれど、やつがなぎ倒す木と大きさを比較すると、それが錯覚にすぎないことがわかる。

 体長は十メートル以上。それが僕らの右斜め前、約百メートル先を突き進んでいるのだ。

 

RPGにおいてサイズと強さというのは必ずしも比例しないが、あれだけ大きければ話は別だ。それは「同じディスプレイ上に複数表示することが想定されていない敵」であることを暗示している。


つまり……。

「ねえ、見たことないけど、あれってボスじゃない? たぶん二〇一〇年くらいの。たぶんね」

 ピンキーがずいぶんとアバウトな推測を述べる。しかし、ただの当てずっぽうではない。

 必ずあてはまるわけではないが、〈エルダー・テイル〉においては外見から、レアリティやおおまかな実装時期を推測することができる。

 ゲームの開発リソースは、すべてのモンスターやアイテムに平等にわりふられているわけではない。追加コンテンツの顔となる高レアリティのものには、大きなデータ容量がわりふられ、ビジュアル面が優遇されている。そのためボスは、ありふれたモンスターに比べて、大型で華美だ。また二十年も運営がつづけば、過去のモンスターとの差別化のため、デザイン面でもより派手なかたちへとインフレがすすんでいくし、時期ごとにデザイナーの癖もある。だから知らないデザインであっても、そのレアリティと実装時期がなんとなくわかる。そうしたゲーム運営上でのご都合0 0 0 は、現在のセルデシアにも反映されていた。

「シロ、あれってもしかして」

 手の平でひさしをつくった直継さん。


 シロエさんは言葉を継ぐ。

「うん。拡張パック〈永遠のリドンレッド〉『瀆神とくしんの園』に出てきたボスだね。期間限定イベントの」

「だよな。けど、あいつこんな場所で出てきたっけ?」

「シナリオでの出現地点は、〈カルペ・ディエム瀆神殿〉の中庭だったはずだよ。あんなふうに、フィールドを徘徊するモンスターじゃない」

〈永遠のリドンレッド〉の名前ならボクも知っている。二〇一二年に導入された、通算八番目の拡張パックだ。たしかこのとき、ホームタウンとしてシブヤが追加されたんだよな。

 だけど『瀆神の園』。その名前は出発前に、シロエさんからはじめて聞いた。トワが〈エルダー・テイル〉のマップに配置された理由にして、この地を舞台にした唯一のシナリオだ。期間限定ということは、ボクがはじめたときにはもう稼働していなかったのだろう。

 ボクは身を乗り出し、御者席のコレットに尋ねる。

「コレット、あのモンスターってこれまでも何度かでてきた?」

「今年に入ってから、大人の人たちが変な〈鋼尾翼竜ワイヴァーン〉を森で見かけるようになったって話してました。〈冒険者〉様をお呼びすべきか話し合ってたそうです。それって、たぶん……」

 アイツのことだろう。

 なんか未発見のイベントだろうか。ありえるかもしれない。期間限定イベントのボスだっていうし、もったいないから再利用しようとか。部分的にも期間限定コンテンツを復活させるというのは、当時を体験できなかった新参ユーザーにはうれしいよな。

「シロエさん、あいつって強いの?」とピンキー。

「レベル七七の〈パーティー×3〉ランク」

「げげ」

 ピンキーが勘弁してくれという顔をする。

 七七レベル〈冒険者〉三人とも互角のボスモンスター。もちろんボクらレベルは九〇を超えている。おまけにひとり多い。ゲーム時代であれば、なんらおそれる相手ではない。けれど今はちょっと事情が違う。ディスプレイ上でぽちぽちクリックするのと、実際に肉体を動かして戦うのとでは勝手が違うのは当然だ。

〈冒険者〉は死亡しても、プレイヤータウンの〈大神殿〉で復活することができる。それはゲームと同様だ。だがそんな現実離れしたチート能力をもってしても、ボクたちは戦場の恐怖を克服することはできなかった。空気に混じる血の臭いが、モンスターたちのうめき声が、ボクたちの判断力をすこしずつ奪っていく。

 だから〈大災害〉以降、〈冒険者〉たちはより慎重になっている。レベル七七というのは、生半可な覚悟で戦える相手ではない。

「ちょっと強いね。スルーする?」

 ピンキーが、軽い口調で弱音をはく。

 そもそも相手はこちらに気づいていないのだ。


 このままスルーするのも〈冒険者〉として賢い選択だ。

「でもさ、もったいない気もするよな。せっかくでたレアボスだろ。次いつでるかなんてわかんねーぜ」

「う、たしかに」

 直継さんの一言に、ピンキーがうなった。〈エルダー・テイル〉では一定周期でポップするイベントが時折あった。こういうのは一度のがしたら、次は数ヶ月後とかいう、一期一会いちごいちえ代物しろものだ。知っていれば準備のしようもあるけど、攻略wikiなき今となっては、これらのイベントの全容を把握するものはいない。

 もったいない……という意見もわかる。

 それに『瀆神の園』のボスなんて、ボクらの目的0 0 に無関係とも思えない。

「あの、怪物……」

 しかし、青ざめたコレットが振りむいたことで、議論は終わりをつげた。

「トワのほうに向かってます」

 どうやら、スルーするわけにはいかないみたいだ。

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