第25話 最弱だからこそ

     *


 どうやら、今回に限っては俺の運はランクA極まりなかったようだ。

 突如生じた土を巻き上げんばかりの爆発と、それによって人一人分の高さは飛んで自分たちを通り過ぎたサンファンスコーフを見て、ふたりは戸惑いを隠せなかったようにもみえる。

 生憎、爆発も突進も巻き添えを喰らわざるを得なかった俺は彼女らの背後に落ちる。だがすぐに立ち上がった以上、振り返った二人の目には爆炎と土埃から俺の姿が毅然とした様子で出てきたように見えただろう。


「ら……ラでぃズしゃま゛ぁぁぁあっ!」

「せっかくの実戦なのに実力を出し惜しみするのか。おまえは本当に残念極まりないやつだな、フミュウ」


 だばーっと涙と鼻を流す彼女に半ばあきれと安堵を覚える。本当に間一髪だった。二人の甲高い声が耳に届いてよかったよ。


「あんた……! いまのどうやって」

「すぐにここから離れろ」

 ドゥッ、と噴出音とともに、ふたりに顔を向けていた俺の上半身が消し飛んだ。幸い、先ほどの爆発で腰を落としたふたりには当たらない高さだ。

 鉄をも融かし、岩山に穴をあけると言われるやつの熱線に直撃したようだ。サンファンスコーフご自慢の必殺ブレスだ。

「……死にたくなけりゃな」

 再生し、そう告げる。案の定、目を点にしたように追放者は呆然としていたが。

「!? ひ、いま……え、直撃……なんで?」

 消し飛んだのは俺でなく彼女の語彙力だったか。

 そりゃあ固形物である火球だったら吹き飛んでいただろう。あらゆるものを塵へ消し飛ばす威力を放っていたから、熱線に飲まれなかった下半身だけはその場に残せた。それだけだ。


 踵を返す。100年前と変わらない粗暴さと好戦的ともいえる破壊衝動は懐かしさを覚える。

「飢えた豚のくせにご立派な熱線を吐くじゃねぇか。お国も大砲としてほしがるわけだ」

 まったく、どこのダンジョンからのさぼり出てきたのか。まぁいい。

 冷めた目で、要塞殺しを見つめる。

「いいぜ豚野郎……来いよ」


――ブロロロロロォア!!!


 奴の突進の軌道上にフミュウと追放者はいない。俺は全身を以て奴の全力を受け止めた。

 木々が何度もぶつかる衝撃を背中で感じ取る。重く響く、潰れそうな感覚。崖に突っ込んだか。

 同時、強い光と熱、衝撃が襲う。眼前の魔物は吹き飛んでは抉られた森の路を転がる。周囲の崖も吹き飛び、晴れ渡った視界に陽光が入る。

 思ったよか期待した威力より低い。安定剤の量がわずかに多かったか。経験があってもスキルを失っているという摩訶不思議な手先では期待した品質を保てなかったようだ。だが気分は爽快だ。


「ゴッ、ボ、ブロロロォ……!?」

「今のは効いたろ」

 そう問いかけるように、俺は豚野郎のもとへと歩を進める。視野に入る範囲で避難しているフミュウらは今の光景を目にしていたようで、驚きと疑問を口にしていたのを耳にする。

「すごいです……あんな大きな豚さんを簡単に吹き飛ばすなんて」

「なに……? あいつ死なないの? さっきの爆発もどうやって――」


 だが、これでくたばるほどサンファンスコーフはやわじゃない。鋼鉄の要塞をフィジカルでぶち抜き、攻城砲でもそう簡単にくたばらない胆力とタフネスを兼ね備えている。

 起き上がった魔物の殺意に燃える目を確認し、腰のポーチからアイテムを抜き取る。


 先ほどの爆発の正体は、今日フミュウに採収してもらうつもりだったアジドモヅル――爆薬の原料だ。とはいえ、そのままでも衝撃を加えれば燃焼と爆発を起こすびっくり植物なのだが。それを他の火薬原料、安定剤、酒精類、鉱酸とを調合し、制御性と威力を増大させた即席お手製爆弾だ。

 ただ、これは調合スキルを失った俺が作った代物だ。安定性どころか、威力の保証もできない。不発も十分に有りうる。

 だからこそ。


「来ると信じてたよ」

 レベル1だからこそ、死ぬ気でやらなきゃ同じ土俵に立てない。


 サンファンスコーフは体内に引火性の液体とガスを有している。混合すれば空気に触れるだけで激しく燃える代物に早変わりするが、それを暴発させるためには、アジドモヅルを体内に入れるのが最適だ。どうなっているのかわからんが、結果として爆発的な反応を引き起こす。


 爆弾袋を握りしめた拳を猪野郎の鼻先へ伸ばす。仮に喰らわせることができなくとも、生じる衝撃は奴の音速まがいの速度で増幅される。それが爆弾草アジドモヅルに伝われば、そりゃあ見栄えのいい爆発が起こるだろう――そら来た。


 突進ではなく捕食として俺を見、喰らおうとしたのが仇となった。一瞬の右腕の激痛に、気もちの悪いぬめりとぬくもりを感じたのを最後に感覚を失う。威力を発揮できたのか、猪野郎の突進の速さで吹き飛んだのか知らないが、右半身がなくなる感覚を覚える。


 吹き飛び地を何度もバウンドしては転がりつつも、その間に再生を遂げる。すぐに膝を立て、起き上がった時には豚野郎は煙を吐きながらぬらりと濡れた赤に染まってひっくり返っていた。


「最期にしっかりかみしめておけ。不死身の肉とアジドモヅルなんて滅多に口にできるもんじゃねぇからな」

 口内で生じた爆発、そして活性物反応・生成器官への誘爆。さすがのこいつも、体内をやられたらたまったもんじゃない。

 完全に息を絶ったことを確認する。

 折れた木々を過ぎ、倒木を跨いではフミュウらのもとへと向かった。


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