第22話 追放

「……どういうこと、それ」

 凛とした、しかしつんととがった強気な声。だが、それを返した若者らの声はさらに強気で、毒があった。

「だからさ、なんどもいってるだろ。クビだって」

「だから、なんで急にそんな話に――きゃっ」

 ドン、と突き倒されたのはフードをかぶった、行商人のような誰か。いや、確か、町に入ったときに見た勇士団の行進で唯一、目が合った赤髪の少女だ。

「っ、ひどいです……」とフミュウが口に出す。


「アーチェ、やりすぎだ」

 そう律したのは青髪の銃士。武器を隠しやすい洒落た黒いコートを纏い、二丁の長身の銃を背中に携えている。見た感じ、6人の中では年長者に見えなくもない。

「なんだよガント、こういう話じゃないのかよ」

「ウィーネ。説明してやれ」

 そうガントは金の装飾を施した白い魔道服を身にまとう、背の低い少女に促す。フードを目深にかぶっており顔は見えないが、淡々とした話し方をする。


「あなたはサポーターとして優秀だったし、勇士団に日々貢献していたのは確かよ。それはブレイズ団長も評価している」

「それならなんで」

「ひとつは、戦えない者――自分の身を守れない者は死ぬ。それくらい、七災帝竜ディザドルマとの戦いも、この先の旅も過酷になっていく。私たちだけでもうあなたを擁護できないの」

 要は、非戦闘員だから辞めさせるという根端か。赤髪の少女は戸惑いつつ、か弱い抵抗を見せた。


「で、でも、支援系のスキルはひと通り持ってるわ。冒険の生活じゃ必要不可欠でしょ……? そうでしょ、ラトラ」

 ラトラというのはあのでかい魔女帽をかぶった魔導士の少女か。そのくせして胸元と腹部と脚部を白い肌で露出させているのは、好いている男がパーティの中にいるのだろう。

「そのことですけれど、全員分担して修得してますわ。運搬も調合も魔道具や魔導書で済みますから」と冷静な返し。口調も特徴的だ。貴族の出だろうか。


「それと、あんたブレイズ団長誑かしたでしょ」

 とどめを冷たい声で刺したのは橙色の髪を一つ結いにした、活発そうな少女。拳に集中した武装と身軽なレッドベースの服と装備から拳闘士だろう。女性らしい曲線美があるが、体つきは鍛えているそれだ。

 ソックス装備も腕部同様堅牢だが短いボトムスの間の太腿の肌色と艶やかな肩を見せている時点で、こいつも色気を出したい相手が傍にいるということだ。


「え……? 何言ってんのハンナ、そんなことするわけ――」

「ごまかしたって無駄よ。幾晩二人きりになっていること、私やラトラは見てるから」

「ええ、あれにはブレイズ様もご迷惑してますのよ。そのことを自覚なさって?」

「ちがう! あたしはなにも――がはッ」

 ゴスッと靴底と布が強くこすれ、ズジャ、と砂礫へうなだれる音。あの三白眼が似合う茶髪弓士、確かアーチェだったか。年相応に調子に乗っているな。

「最低だな、おまえ」と一言添えたそいつの見下す目が、まさに豚を見るそれだ。こいつ弓士のくせには隙あらば手を出すな。根っから嫌いなことがうかがえる。


 しかし、話は見えてきた。

 きっかけの一つとして女の嫉妬も含んでいるわけか、醜いものだ。となれば、ブレイズとあのサポーターのどちらかが好意的で、それが女性陣には好ましくないと。

「やめなさいアーチェ、誰かに見られたらどうするの」とラトラに続き、ハンナもきつく当たる。

「そうよ、それで株や評判下がったらあんたのせいだからね」

 結局は世間体か。底が知れてよかったよ。


「はぁ? なんだよみんなの代わりにやってやってんだぜ? 戦えもしねーしレベルも低いしよ、生意気だしノリ悪いし態度も気に喰わねーしでムカつくだろ」

 後半はそいつの主観だが、まぁそこから人の醜い憂さ晴らしにつながるわけで。

「つーかよ、そんなきれいごと並べた理由より、そもそもこいつの血筋が――」

「アーチェ!」

 そう声を上げたのは奥の木箱に座っていた金髪の好青年。ブレイズだ。静まり返ったのを最後にスッと立ち上がり、サポーターの前に出る。


「まず、君抜きで君自身の今後を話し合ったことと、彼らの今の当たり方に関して、僕の方から謝る」

 そう頭を下げた。それに意外そうな顔と挙動をしたアーチェとハンナ、ラトラの3人。そんな私情でしか動けない彼らに対し、ブレイズと言う男はまだ分別は利く方だろう。

「だが、君の身を案じての決断は本心だ。仲間を失いたくないんだ」

「……足かせとして見ているからでしょ」

「あんたブレイズ団長に口答えすんじゃないわよ!」

 そうハンナは口を出すが、スッと手を上げた団長を見た途端、口をつぐむ。これだけ厄介そうな面々を従えさせているブレイズは、それだけの強さと人間性を兼ね備えているともいえる。


「僕たちの目的は分かっているだろう。そのためにも個人個人が強くならなくちゃ、生きていけない。なにより……あまり言いたくないことだが、君の存在はチームの雰囲気を損ねていると見受けられる。これ以上ともに過ごせば、お互いのためにならなくなるのは目に見えている」

「全員のレベルは40以上で、ブレイズは54だ。レベル15程度のおまえと比べれば明らかだろう」とガント。

 ううん、全員低いな。いやあの若さでレベル50以上は秀才の域、英雄と称賛されてもおかしくはない。ただそのレベルだとディザドルマはとてもじゃないが厳しいぞ。特に奴の吐き出す毒が厄介だったと過去を思い返す。


「どうして」とフミュウが呟いた。

「どうして皆さん、あの人自身を見ていないんですか……?」

「……」


「君ほどの逸材を手放すのは惜しい」というのは建前だろう。ブレイズは続ける。

「でも、ガントの言う通りそのレベルとステータスじゃ、とてもじゃないが……パーティに置くことはできない」

「待って! そういうことならもっと頑張るから! あたしもみんなの役に立つ人間になるから! だからっ、だから捨てないで! お願いだから!」

 必死の形相ですがるように寄っていく少女。だがそれも空しく、アーチェに髪を掴まれて地面に倒される。それを見て胸糞悪く感じるだけの良心は、俺にもまだあったようだ。


 一切の表情を出さないことは、一種の貫禄ともいえる。だが、ブレイズの真剣な目はどうも、表面上だけのものに見えてならない。まるで、団長としての威厳と言う仮面を表面に張り付けているだけのような。だがその裏の真理は、坂の上の草むらからでは見えなかった。

 ただ冷たく。勇士団団長は地面から見上げる少女を突き落とすように、告げた。


「君を解雇する。今までご苦労だった」


   *


 小さなカバンを与えたのを最後に、一同がその場を後にした。小さい背中が見えなくなるまで俺たちは何もせず見送ったが、フードの彼女もまた、微動だにせずに立ち尽くしていた。

 静寂に耐えきれなかったように、フミュウは隠れるのをやめ、すぐさま傾斜のある坂を滑り降りては少女の方へと駆け付けた。


「あのっ、だいじょうぶですか!?」

「っ、さわらないで!」

 当然の反応だろう。一瞬びくりと驚くも拒絶はする。

「で、でも」

「あなたたち誰よ、もしかしてさっきの話聞いてた?」

 初対面だがキッと強気な態度をとる。今のタイミングで声をかけるべきではなかったな。

 こちらから声をかける間もなく、小さな手荷物しか持たない少女はふいとその場を去った。

「あっ、待って……いっちゃいました」

「放っておくのが一番だ。内輪揉めに関与する必要はない」

「でも、これからどうするんでしょうか」

 知ったことではない。


「さぁな。戦えないんじゃあ、すぐに死ぬだろう」

 えっ、と途端に不安をあおる顔になり、あわあわと挙動不審になる。次に何を言うかと思えば、

「ごめんなさいラティスさん、いってきます!」

 後を追い始めた。

「おい待っ、馬鹿野郎が!」

 なんか前より走るの早くなってないか? 追いつけない。

 行商人を思わせるローブ姿は身を隠すのに適しているというが、今回に限っては逆効果のようだった。少女はすぐに見つかり、また少女も追いかけるフミュウに気付いた途端、逃げ出した。だろうな。

 ていうか止まれバカ!

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