第21話 声

   *


 残り二日。天候はあまりよくはない。鈍色、だなんて言葉は会話で一度も口にすることはない表現だが、この空にはその言葉が似合う。


「予定通りだな」

 しかしこちらの予定進行は快調だ。レベル99には程遠いが、ある程度の力の発動と制御はできている。戦闘においての懸念事項が減っただけでも大きな収穫だ。


「今日は採集素材の中で面倒な”アジドモヅル”というロゼット状の植物の採集の仕方と魔物の狩り方を教える」

「きました! 待ってました先生!」

 心の底から楽しみだったのはこちらとしても意外だったが、重いであろう豊胸が重力に逆らって跳ね上がるほど嬉々として飛び上がった様子に、思わず「おおう」と声を出して身を引いてしまった。


「アジドモヅルは錬金術師に重宝される希少な研究素材だ。高値で売れるが、扱いには細心の注意を払わなければ命を失う」

「そんな危ないもの集めてどうするんです?」

 そこからか。俺は「そうだな」と言葉を挟む。


「植物のくせに衝撃や熱、圧力を加えると爆発する特性を持つんだが、その爆発する成分をいろんなものに作り替えようと奮闘しているからだ。確か、冒険者や採掘職人が使うような爆薬にも、衝撃を吸収する軽い防具にも、いろんな薬剤の原料にもなる」

「爆発するのにお薬になるんですか!?」

「そういうことでいろいろ役立つからこそ、貴重なんだ。運よくこの山で見かけたから、それを採ってもらう。あぁ、猛毒だから食うのはもちろん、素手で触るのもやめておけ」

 まぁいつもプレート付きの革の手袋をつけているから、草の汁が浸みなければ問題はないが。


「いつも思うのですけど、先生はいつもいろいろ準備してますよね。いつやってるのですか? いつも私といてくださいますのに、ふしぎだなーって」

「あぁそういえばそうだな、俺も不思議だと思っていたところなんだよ」

 フミュウが寝ている間にやっているだなんて知られたら、寝てくださいとかなんだとかうるさく言うに違いない。睡眠を必要としてないからできることであって、眠かったら俺も別の方法を考えて寝るに決まっている。


「じゃあまずは探してきてもらおうか」

「えっ、ラティスさまは行かないのですか? わたし迷う自信、すっごいあります!」

 むんっ、と胸の前で小さくガッツポーズを取る。


「威張るんじゃない。冒険者志望が道に迷うなんて言語道断だが、遠くから監視はする」

「あっ、じゃあ安心です」

「ひとりのつもりでやれよ、あくまで試験はお前ひとりだけでどうにかしなきゃいけ――」

「ラティス様、声聞こえません?」

 先生の話をさえぎるんじゃない。


「近くに冒険者のパーティがいるんだろ」と流したが、耳を澄ませると、複数の男女の若い声が聞こえてきた。しかしなんだ、この真剣さとは違う、突き刺さったような声色は。襲撃か、いや喧嘩でもしているのか?


「いってみましょう!」

 またおまえは勝手に行動して。だが気になるところだ。出会って変なことに巻き込まれることは目に見えているが、もうフミュウは行ってしまった。

 少し森を進んだ先、岩肌が見えた場所に出る。ちょっとした低い崖が道をさえぎり、しかし足元より下から声が聞こえていた。そばの岩陰に身を隠しつつ、集団の声を上から見物するとしよう。


「あ、あそこみたいです――えっ、あれって……!?」

 フミュウが驚くのも無理はない。この俺でさえも予想外の面子を――ブレイズ勇士団の姿を見てしまったのだから。

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