第18話 濡れた体はよく冷える

 午後。本格的に回避力を高めるべく、ただひたすらに水の弾を避ける訓練を行った。水の弾、といっても所詮は水風船を投げつけるだけ。なんであれ、角に小指をぶつけるよりは痛くないだろう。

 腕に装着した魔道具も便利なものだ。ある程度の集中力とちょっとしたコツ、原理等の理解由来の想像力さえあれば投擲も多少制御できる。魔力の出力による揚力を効かせることもできるのだから、あとは感覚を慣らせばいい。仕事の手伝いのあと、早朝まで投擲の練習をした甲斐があった。

 最初は避けてくれたが、数と速さを増していくと、被弾数が高くなっていく。パシャッ、ビシャッ、と水のはじける音が多くなってきた。


「どうした、集中が切れてきたか?」

「ラティスさまっ、ちょ、ちょっとストップ! ストップを要請します!」

「魔物も敵も、やめろといってやめるほど甘くはない」

「ひぃぃ、鬼です、ラティスさまの鬼ー!」

「うれしいね、そういってくれるとは」

「褒めてないですーっ!」

 箱に入っていた水風船も底を尽きたところで、訓練は終わった。息を切らし、ぺちゃりとその場で座り込んだフミュウのもとへと歩む。

 髪も服も濡れて、ぽたぽたと滴っている。そのまま草の根に染み込み、土を濡らした。


「はぁ、はぁ……ど、どうして水風船なんですか? びしょびしょですよぉ」

 上から下までびしょぬれになり、フミュウは構わず軽装の鎧を脱ぎ捨て、さらにもう一枚脱ぎ薄着と下着の二枚になる。濡れた薄着は肌に張り付いては肌色と下着が透けており、体の曲線美がくっきりと見えた。そう意識しなくとも、形の良い大きな胸が無防備にも上下に揺れるのに、男として思わず目を奪われてしまう。

 ふい、とすぐに目をそらし、念のために持ってきたバスタオルを投げ捨てるようにかぶせた。

 冒険者を目指しているとはいえ、こいつもひとりの女だった。配慮できていなかったのもあるが、無防備すぎるこいつにも問題はある。


「水の入った球なら衝撃もそこまではないし、濡れるというリスクがあるから、避けようという気になると思ってな。風船が安かったのもあるが、ただのボールだとダメージ受けるかもしれないだろ」

「でも防御力はありますよ」

「足の小指をぶつけて死んだやつのいうことか!」

 上げた声に、フミュウはしゅんと謝る。嘆息を交え、腕を組んだ俺は、


「まぁそこなんだよ。防御力をステータス通りに引き上げられたら怖いものはない。だがこればかりは訓練が難しい。防御力が攻撃に対して適用しているかどうかの検証方法も思いつかない。試してダメージを受けたら元も子もないからな」

 数値99,000を超えるステータスならば、少なくとも物理的な攻撃はほぼ通じない。そう、小指を角にぶつけた程度で痛がるような柔い体ではないはずなのだ。

 これさえ克服できれば、とおもったときに、責めるような冷たい風が吹いてくる。それがフミュウの濡れた体を冷やした。


「へっくちゅ!」

「変わったくしゃみだな。わざとか?」

「よく言われるんです……ってわざとじゃありませんよ!」

 このくらいで風邪をひくステータスではないのだが、自分の着ていたコートを頭の上にかぶせる。

「体を拭いたら、これでも羽織っておけ。帰ったら温かいものでも作ってやる」

「あ、ありがとうございます……あっ、は、っ、へきちゅ!」

「やっぱりわざとだろ」

「ちがいますから!」

 確かに今日は少し肌寒い。乾燥した風に鼻がムズ痒くなったが、堪えた。

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