第16話 デモンストレーション
「生活向けの魔道具だけではとてもじゃないが利益は出ない。冒険者用は高価で取引できるが、リスクが付く。素材も、試験もな」
「被験体になれと」手甲をはめる。
「人聞きの悪いことを言うな。女子供に老人では負担が大きい。金はサンドの提案した額の倍は出す」
悪くはないが、使われる身としてはいまいちといったところだ。この老人も人が良い。沈黙を貫くと、老人は息をついた。
「気に入った装備をひとつやる。それ以上はダメじゃ」
「わかりました。感謝いたします」
「まったく、食えぬ男じゃ。着替えたならもう一度そこに手を当てろ」
プレートに手を当て、ステータスウィンドウを表示させる。
【PARAMETER(Addition)】
・HP(ライフ):-
・MP(マナ):79/132
・AP(攻撃総数):103
・DP(防御総数):89
・SP(速度総数):90
・PP(体力総数):56/60
・LR(運勢階級):D
「おおー! 似合ってんじゃん、おっさん」
いつからいたのか、工房に入っていたサンドが感心した様子でウィンドウを見つめている。
俺からすれば雀の涙程度だが、これ以上のわがままはいっていられない。
「じいちゃん、見学していい?」と無垢な少年のお願いに「構わん」と老人はかえした。
「当然の話じゃが、最大値を上げられる。血や神経、筋肉と連動し、共鳴する"ハスタイト"のフィラーと体熱を電気的刺激へと変換する"ピンビーツ剤"、それらに対する高い親和性と強靭性を併せ持つゴリアテ社製の"アミダス由来不溶糸"を使っている」
「自然物だけではないのか」
「安く手に入る自然物だけじゃ限界があるんだ」とサンド。おまえに聞いていないが、多少詳しいのだろう、説明をつづけた。
「いままでの冒険者が新しい素材や採収場所を見つけてたんだけど、貴重なものも多いから高いんだ。でも錬金術師が安くて大量に作れる素材を開発して、その功績(おかげ)もあって、いろんな素材がいろんなところで使われるようになったんだ。剣だって、ただの鉄だけで作られる方が珍しいくらいだぜ」
「魔法生物と魔法技術の相互作用によって生まれるものは日進月歩じゃ、いくつになってもこればかりは心が躍るものよ」
わずかに声が弾んでいる気がしなくもない。明るくない俺にとってはあまり理解できない話だが、うんうんと嬉しそうにうなずく少年を見、血は争えないとふと思う。
「さっそく試験をやるとしよう。奥の部屋に入れ」
奥の部屋はいわばデモンストレーションステージ。検証試験はここでやるようだ。
「まずは打撃。この案山子めがけて殴ってみよ」
用意された案山子。その腹部と頭部に魔法陣が描かれた的が付属している。
構え、手甲を纏った右拳を腹部へ突き出す。地面に踏み込む力を脚部に伝え、そこでも力が逃げないどころか増幅した感覚を覚える。腰部をひねり、振るった腕に体重と流動したエネルギーを乗せた。ズドン、と音は良いが壊れなかった。体は覚えているはずなのに威力が出ないのはこれいかに。
だが、初期よりも力が湧き、それを解放できたのは確かだった。老人の目の前に出現したディスプレイに数字が出ていたのだろう。いくつかの平面的な情報が図形や線の形をみて判断している。
「おおおっ、すっげ!」
「威力は145か、悪くはない。兵士一人ならノックアウトできる程度じゃ」
「さっきのチンピラもぼこぼこにできるなおっさん!」と青い目を輝かせておいて余計なことをいいやがる少年はさておき。
人一人大したダメージを与えられない段階からだいぶ進歩したな。右手の表裏を交互に見る。
これは力の増幅端子。肉体に流れる熱や微弱な電気、魔力と言った小さな力を大きくするための歯車の役割をしているというわけか。
「それを遠隔として操作することも己次第だが可能じゃ。そこのハンマーを持ち上げてみんか。あぁ、その場から動かずにだ」
工具ではなく武器としての鎚。これも魔道具の一種なのだろうかと思いつつ、そこに向けて伸ばした手に力を籠める。
浮かすイメージか、引き寄せるイメージか。だが、思うように制御が利かず、ズズ……と少しずらし、狙いが定まったところで掴むイメージを強める――が、柄をわずかに上げることしかできなかった。力の具現化ができていないのだろう。
「魔力を放出できてないのかな」
「変換素子の調製じゃな。あと出力が甘かったか。肉体との同接率を5%上げるとしよう」と呟き、メモを取り始める。
「多少無理言ったつもりじゃったが、試験段階、それもはじめてでそれだけできるのは大したもんじゃ。あのステータスならなおさらといったとこかのう」
「訓練次第で改善できますか」と呟くように訊く。
「いまは押し出すことしかできなくとも、コントロールできれば掴むことも投げることもできるはずじゃ。最も、魔力があればそれも容易じゃが」
期待値が高まりそうな話だ。手足を失ったに等しい俺にとってはじめて、義手を取り付けてもらったような気分になる。課題が分かれば話は早い。
「最後に脚部の力を見せてもらおうか。思い切り飛んでみぃ」
かつては跳躍一つで雲を軽々と超えたものだが、いまは精々天井に届くか否かだろう。3メータほどの高さの無機質な天井へと膝を曲げ、ぐっと手を伸ばしては跳んだとき。
腕と頭部、肩に固い衝撃。妙な圧迫感が腰あたりまで感じている。しかし重力に従い、一瞬の臓物の浮遊感を感じた後、背中に固い衝撃が走る。パラパラと顔に雨のように降ってきたのは小さな瓦礫。倒れる俺の顔を、老人は覗き込む。
「やはり検証は人にさせるのが一番じゃな」
「今の悲惨極まりない瞬間を見てよくそんな口を開けましたね」
起き上がり、砂埃を払う。
「大丈夫かおっさん」と心配そうに入室するサンド。
「なんともない」とだけ返す。老人は気にしていない様子だが、これは弁償ものだろうか。
「おもしろい男じゃの。おまえさんとならいいデータが取れそうじゃ」
そりゃどうも、と一言。しかしこれだけの身体能力を向上させられるのなら、だいぶマシにはなるだろう。時代は進んだものだな。少年を一瞥し、老人へと目を向ける。
「爺さん」
「ロックだ」
「ロックさん。折り入ってお願いがあります」
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