第15話 魔道具師
「……俺も歳をとったか」
「おっさんなんか言った?」
「なんでも」とだけ返し、目の前のテーブル越しでスープと麦飯を頬張る少年サンドを見る。そして手元に添えられている温かいスープに俺もスプーンですくって口をつけた。
結論をいえば、悪くない話だった。
意外と給料が良かった。それも日払い。幸いフミュウが働いている時間帯や眠っている夜間でも問題なく、業務内容も魔道具のテストプレイとちょっとした雑用、資材運搬と簡易的。てっきり悪ガキどもが棲みつく
「お口に合いますか?」
そう横から声をかけたのはサンドの母親。名はアクアといったか。名に負けず、渓流の水のように透き通った青い目と小麦色の髪を結っている。
若く華やかな美女とは違う、静蘭とした落ち着きを漂わせる美しい中年女性だが、マヤには及ばない。それはさておき、初対面のおっさんを家に入れてしまうその無防備さに逆に心配になる。それだけ、この町は平和なのだろう。
「ええ、とても」と穏やかさ極まりない声で返す。「お仕事の話どころか、ご馳走までいただいて恐縮です」と添えた。マヤと過ごさなければ、こういう社交辞令も言えなかっただろうとふと思う。
「いえ、うちのサンドを助けていただいてありがとうございます。お礼してもしきれないのに、本当によろしいのですか?」
「むしろ私の方からお願いしたい話です。お金も欲しかったところですから」
と微笑を顔に張り付けた。ふと、辺りを見回す。
木目の床と褪せた漆喰の隙間から見える煉瓦の壁、重力に逆らうように天井に浮かぶ4つの水晶玉が明かりと温もりを与えている。使われなくなった暖炉の上のやけに写実性が高い複数人の肖像画と壁棚の古本。それなりのお金はあるのか、本を買うことが平民の水準になったのか。
リビング・ダイニングとキッチンが一緒になっている一部屋はぼろくはないが質素で、華やかさといえば窓際に飾られたカレンデュラの一種くらいか。炎症や創傷の治癒が認められたハーブとして使っていた記憶を思い出す。
住まいや仕事、事情といった質疑応答を最低限交わしたところで、
「装備がほしいなら、私たちの方でお力になれそうですね」とアクア。
「そうそう! 爺ちゃんがすっげー魔道具師でさ、俺たちこれでも稼いでいる方なんだぜ!」
「こら」と母親のやさしい一喝。そのとき、木の軋むような足音が部屋と廊下を繋ぐ仕切り布を潜ってきた。
バンダナを巻いた白髪の老人。丸まった背は低く、刺青が入った手足も細いが、歳のわりに肩幅が大きくたくましい。皺まみれの顔は厳格さを帯びていた。警戒の目だ。
料理を出してもらう間にサンドが説得をしていたらしいが、あまり功を奏した様子ではなさそうだ。
「あ、じいちゃん。作業終わったの?」
一瞥し、3度ゆれるように細かく頷いた老人は、再び俺を見る。妙な空気の冷えを感じたとき。
「来い」
それだけ告げては廊下へと踵を返した。
ついていった先、少し広めの、しかし圧迫感がある空間に入る。
段差のない灰漆喰と思わせる床と壁。浮く照明はやけに目を瞬かせる。
何に使うのか皆目見当がつかない小型から大型までに至る装置の数々は明らか100年前とは何か違う風貌を持たせている。中央や壁際の作業台。積まれた資材に並ぶ武器や装備の一部。壁には奇抜なデザインの工具が提がっており、何かの薬剤が詰められた瓶がひしめき合っている棚も見えた。奥にはガラスらしき透過性の高い窓があり、その奥には何もない部屋があった。
感心、半ば内心戸惑いのまま入り口で立ち止まる俺に反し、慣れた様子で(当たり前だが)作業台へと老人は進む。ゆっくりとした歩きのわりにしっかりした重心。体重も足に任せっきりではない。近い過去まで外で活動していたか、戦闘経験があったか。
「ここに手を置け」
用意したのは、ガラス板がはめ込まれた板型。何かの装置なのだろう、それこそギルドの受付嬢が用意したステータスを表示するデバイスに似たものか。ちょうど手の大きさと差異はないガラス盤に右手をつけると、俺の情報が壁際の空間にディスプレイ光として大きく出現した。
【STATUS】
・Name:Lattice Leagueman(ラティス・リーグマン)
・Level:1
・Age:-
【PARAMETER】
・HP(ライフ):-
・MP(マナ):12/12
・AP(攻撃総数):19
・DP(防御総数):13
・SP(速度総数):15
・PP(体力総数):13/17
・LR(運勢階級):D
・RANK:F
【SKILL】
・《Quick Healing(肉体・装飾物の瞬時再生)》
【TITLE】
・Undead(不死)
人にこのステータスを見られるとは恥ずかしさ極まりないな。浮き出たディスプレイを見つめ、吐く息とともに肩を少し落とす。だが、老人は短い顎髭をさすった。
「素体はひどいが、只の弱者ではないことは確かじゃな。アンデッドだが魔物でも人間でも亜人でもない。あんた名前は」
「ラティス・リーグマンと申します」とだけ答えた。ほう、と深い皺の隙間から意外そうな目が開いた。
「ラティス。あの偉人と同じ名前か」と言いながら作業イスに腰を下ろす。
「世界一の冒険者偉業を果たした世界最強の男……今でもその数々の英雄伝説は子どもたちや冒険者、騎士団の間でもよく知られている。わしも若い頃は憧れたもんだ」
「そうですか」と他人事のように返す。意外としゃべるんだな。
「思えば確かにあんたの顔、資料に載ってあった銅像に似てなくもない」
「似ているだけですよ」と呆れたように小さく笑う。レベルもステータスも最弱になった俺など、俺ではない。そう考えてしまう。
「じゃが、目は本物だ」
じ、と1秒、俺の目を見た。
どういうことだという前に、目を逸らされ、棚に並べてある大きな箱へと手を伸ばした。
「ステータスはその人自身の本来の能力を示すものじゃが、もうひとつのステータスが存在する。わかるか?」
「変動型ですか」
「そうじゃ。その人が装備するものや修飾される魔法効果によって、現状の総ステータスを変更できる。戦闘において相手の強さを知る場合、この変動型をみることが一般じゃろうな」
ガチャン、と台に置いたものは一対の
「この店は装着型の魔道具の修理や開発を主としている。そこらの販売店のように人に売っとらんから、知るものなぞほとんどおらんがな」
それに着替えろ、と一言。麻の衣類を脱ぎ、素材が分からないそれらを身に纏った。
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