第14話 夜の町の少年

 夜の町は明るい。これは100年前と大きく違うところだ。

 朝まで飲み明かす場所である酒場にとどまらない。感じる人気、整った路を照らす街灯、民家の窓から漏れる光。とても蝋燭や薪の火で生じたそれではない。発光虫や煌鳴石のような不安定さもない。いったい何から光を得ているのか気になるところだが、直に分かること。すぐに前へと向いた。


 フミュウは今、酒場や宿屋で勤務中だ。またどこかで足の小指をぶつけてしまわないかひやひやものだが、だからといって常時傍にいたり監視したりするのも度が過ぎている。情報収集も兼ね、こちらも別行動を起こさねば。

 何軒かの店を回ったところで、俺は実感する。


 魔法やその技術文化の水準が極めて高くなっている。今までは数百か数千に一人の逸材しか魔法が使えず、また世間で馴染深く知られているほどではなかった。国の上層や軍、教会によくいたものだ、いや、ギルドや辺境の田舎にいなくもなかったか。

 少なくとも、一般の民にここまで日常的に使われる技術ではなかった。料理や運搬、小道具と応用の幅が利いている。衣服にまで魔法技術が加えられているほどだ。

 だが俺の目的は生活に利用できる便利道具ではない。武器だ。


 もちろん、剣や銃を所持したところでスキルがなければ意味はない。一朝一夕では得られない鍛錬を重ねてはじめて、レベルの向上とともに身につくというものだ。

 しかしそれを飛躍的に向上させる方法もなくはない。だが、それが今の時代、それもここにあるかはわからない。最も、金がなければ話にならないが。先ほども積極的な接客を受けたが、視に来ただけだと伝えた途端に愛想がなくなった。そういうものだ。


 短いため息。フミュウが働いて資金を得ているなら、こちらも働くしかないだろう。だがこんなおっさんを雇ってくれるところなどあるだろうか。幸い外見はそのままなので筋肉の衰えはないがステータスが劣っていては意味を為さない。肉体労働は不向きだろう。


「なんなら奪うか……?」

 いや、ダメだ。盗賊関連のスキルも失っているし、それ以前にマヤに止めるよう言われてきた。もう汚職から足を洗ったんだ、再び染まろうものなら今度こそ自分は身も心も人ではなくなる。


 広場の噴水の前で腰を下ろす。ちょっとした散歩程度で足が疲れる感覚に陥るのは何とも情けない。エントリーを来年まで待つ方が賢明だったか? 前傾し首を垂れたとき、なにやら近くでうるさい声が重なって聞こえてきた。

 聞き慣れていた攻撃性のある鋭くざらついたような荒々しい声と鈍い音。3人の若い男が寄って集って暴力か。いつの時代もああいう治安の悪さを促す輩はいるものだな。

 憂さ晴らしの対象は、嗚咽の声色からして少年か。胸がうずくし、耳に障るからやめてほしいものだが、その場から去れば済むこと。腰を上げたとき、偶然にも少年の顔がこちらを見た気がした。助けを求めるような瑠璃の瞳が、この煌びやかな夜で輝く。それがどこか、いつかの誰かを彷彿させた。


「……」

 頭蓋の中を鎖で締め付けられ、鉛でも呑み込んだ、胸糞の悪い気分だ。

 逃げるはずの足が、喧噪へと向かう。


「おい、何しているんだ」

「……あぁ? なんだよおっさん」

「何をしてるんだと聞いている」

 訊かなくてもわかることだが、ご丁寧に挑発として受け取っていただけたようだ。完全に体の向きがこちらへと向き、背後に二人回る。


   *


 壁際に尻と背を凭れ、ぼろぼろの体を預けていた少年を見下す。

「おい、無事か」

「いや、おじさんが無事? 殴られっぱなしだったけど」

 事実、羽交い締めにされ顔や腹を好き放題殴られ、地面に押し倒されては全身を蹴りに蹴りまくられた。抵抗するだけの力もなかった故に一方的。

 その光景も見栄えも最低極まりなかっただろうが、声一つ上げず、痛みや苦悶に歪む顔を拝めなかったどころか怪我すらしないことに気味の悪さを感じたのと、住民の視線がちらほら感じたのもあっただろう、唾を吐かれてどっかへと逃げるように去った。


「殴られてやったんだ。あんな馬鹿共に出す拳もなけりゃ言葉もない」

「それ負け惜しみっていうんだよ」

 生意気なクソガキを助けてしまったか。思わず鼻で笑う。

「結果として、あいつらの方から去った。俺の条理に反するが、こういうのもある意味では勝利というのかもな。おまえのおかげでひとつ学べたよ」

 おっさんくさい深い息を露骨に吐きつつ、壁際に座るガキの隣に腰を落とす。少しの間の後、ありがと、と帽子をかぶりながらぼそり聞こえたが返さなかった。

 見た感じ、凝ってはいるが高貴でない服装からそこらの町民か。いかにもわんぱくそうなガキだ。


「酒を飲む奴らは嫌いだ」と口を尖らす少年。

「あのぐらいの年齢としだとろくでもないことを知って、不満も欲も吐き出したくなるもんだ。災難だったな」

「おじさんって最近来た人?」

「昨日な」

「職業は?」

「職もなければ金もない浮浪人さ」

 自分で言ってて情けなくなってくる。フミュウのことは話さなかった。一瞥すると、こいつはじっと俺を見つめてきていた。

 ガキの目は苦手だ。曇りないまま悪事を働かせることに長ける。一点の曇りや企み、悪事を働かせる前の動揺すら見せない目は、残酷にも無垢に輝いている。


「じゃあさ、俺んとこで働いてよ!」

 だが、こいつは俺の予想に反したことを口にした。

「……突然だな」

「俺んち、"魔道具"作ったりしてんだけど、人手が足りなくてさ。ちょうどおっさんみたいながたいのいい男手が欲しかったんだよね」

 あぁ、そう来たか。さっきのを恩に感じているのか知らないが、よくもまぁそんなことでどこの誰かも知らないおっさんに勧誘の声をかけたものだ。あるいはこの話自体、嘘か。

 だが、魔道具というものには興味がある。魔法を誰でも使えるようになるツールであり、生活や戦いで不可欠になっていることは、さきほど店を回って知ったことだ。

 一か八か。俺はその無垢な目の奥を覗き込むように、見つめ返した。

「話だけ聞く」

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