第13話 命がいくつあっても足りないを地で行く訓練

 魔法回路シナプスは完全にフミュウの頭に刻まれているようだ。まさかそこも俺のを引き継いでいるとは思いもしなかったが、回路ができているなら、あとは慣れだ。

 そして、俺がどれだけ体を張れるか。


「ら、ラティスさまが溶けちゃいました!」

 熱反応魔法と反応促進魔法を応用した火炎魔法では俺ごと岩肌の大地を赤熱色に染めては融かし、


「きゃああっ! ラティスさまが黒こげに!」

 電撃魔法ではどこの雷雲から引っ張ってきたのか、この快晴の空に肉が木炭といい勝負ができるくらい炭化するほどの痛烈な雷を落とし、


「ラティスさま? どこにいっちゃいました? ラティスさまーっ!」

 風魔法では暴風渦巻く大嵐を……どころではない。それはもうこの身がバラバラにはじけ飛ぶほどの爆風が吹き荒れた。


 荒野と森の間、一面広がる草原でひとまず休憩を取った。つい数刻前までなかった地割れを横目に、突き出た岩に座る。汲んできた湖の水を筒に入れたものを、座っているフミュウに渡す。

「君と訓練をすると命がいくつあっても足りないな」

「……本当にごめんなさい」

「なにを謝る。褒めているんだ」

 何もできないまま一日を終えることも、それこそ本番まで魔法が発動できないとさえ想定していたんだ。そんな不安をぶっ飛ばしてくれた。物理的にもぶっ飛ばしてくれた。

 俺の能力を継いでいるとはいえ、元々の才能はあるんじゃないか?

 と思うだけで口にはしない。


「ほ、ほんとですか? えへへ」

 でれっと照れ、嬉しさがぽわぽわと宙を漂っている。単純ばかなことに変わりはないか。

「ただ問題は、まったくもって制御できていないことだ。程よい威力に抑えられていないし、それ以上の威力も解放できていない」

「さっきの最大じゃなかったんですか!?」

「あれで世界一と思わないでいただきたい。この世は君の思う以上にとんでもない化け物がごまんといる。そいつらはあの程度ではものともしないだろうよ」

 そんな化け物共をひねり潰すのも生きる楽しみの一つではあったが。俺も水を飲んだところで、

「さて、ここからはコントロールトレーニングだ。あそこに山があるだろう」

「はい」

 目を遠くへ移した先、緑が燃える山が連なっている。俺のような芸術性に乏しい男だと、緑一色に塗りつぶすだろうが、あそこには無数の素材がはぐくんでいることだろう。


 山を指さし、

「そこに生えている赤い果実を一個、つぶさないように落とせ」

「……へっ? え、えぇえええええ!?」

 という無茶ぶりを言ってみた。スキルが皆無な今では千里眼も使えないので、実際指をさした先に赤い果実があるのか知ったことではない。

「というのは冗談だ。ただ、いずれそのぐらいのレベルにはなってもらうぞ」

「そ、それはレベル100になるとできるようになるのですか?」

「それ以下でも可能なことだ」

 狙うことも、狙われることを防ぐこともできる、と付け足し、岩の上に水筒を置く。


「それよりもコントロールだ。いちいち環境フィールド破壊してたらギルドもいい顔はしないだろう。この水筒に、そうだな……風魔法の空弾を当てたら合格としよう。ただし、倒すなよ」

 指先で軽く押し、カタンカタンと筒が倒れるか否かの瀬戸際で、なんとか踏みとどまった様子を見せる。


「ひえぇ、またまた難しそうです」

「じゃ、やろうか」

「えっ、もう休憩終わりなんですか?」

「時間はないとはじめから言っているだろう。これができたら好きなもの食わせてやる」

「ホントですか!? やったぁ! ……あれ? でもラティスさまって、お金――」

「出世払いで」

「あ、はい」

 最初は風魔法だけで岩ごと根こそぎ倒しやがったから一緒に吹き飛んだ筒を探すのに一苦労したが、何度か試していくうちに次第にコツをつかんできたらしい。二時間も経てばやっと強風で水筒を倒すかそよ風で倒せないか程度まで絞れた。もっと範囲を絞って適度な強さの空弾を放てば完璧だ。

 本来は数年かかるところを数時間でコントロールできつつある。思っていたよりこいつはセンスがいいかもしれない。そのセンスの良さも、俺のステータスから引き継いでいるのかもしれないが。


 とり付かれたように集中して課題に励むフミュウの背後で、岩に座りただそれを見眺めていた。

 足元に転がっていた石ころを手に、10メータほどの近さで生えていた外れ木にめがけて、座ったまま投げた。幹に当たるどころか、届きもしない。届いても幹に当たる軌道上にはなかったが。


「……」

 レベル1じゃあ、投擲能力も失っているか。体が思うように言うことを聞かない。これではガキにも勝てないんじゃないか? と思うと「はは……」とあきらめたような笑いが思わず吹き出てきた。

 ステータスを視界内に開示する。


【STATUS】

・Name:Lattice Leagueman(ラティス・リーグマン)

・Level:1

・Age:-


【PARAMETER】

・HP(ライフ):-

・MP(マナ):10/12

・AP(攻撃総数):19

・DP(防御総数):13

・SP(速度総数):15

・PP(体力総数):16/17

・LR(運勢階級):D


【SKILL】

・《Quick Healing(肉体・装飾物の瞬時再生)》


【TITLE】

・Undead(不死)


 変化なし。何度見てもむなしくなるほど悲惨な数値だ。不死身であるだけまだ希望が見られるようになってきた。

 そもそもだ。俺のレベルはあげられるのか。まぁ、魔物も狩れないんじゃあ、レベルは上がりようもないが。だが狩れたとしても、数え切れないほどの死線を40年潜り抜けてたどり着いた先がレベル100だった。もう一度同じ生涯を迎えるのか? 冗談じゃない。


「……えぃっ」

 ちょうど、フミュウの放った風魔法がびゅう、と音を立て、水筒に当たった。だがそれは吹き飛ぶことも倒れることもなく、かたかたと揺れたところで、再び直立状態に戻った。

 彼女はぽかんと直立状態のまま固まり、何が起きたかわかってないように思考停止していた。

「よし……合格だ」ぱん、と膝に手を当てて、腰を上げた。

 いまはこの娘に集中しよう。それが、最適極まりない道だと信じてやるしかない。

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