第12話 はじめての魔法が最強な件

 冒険者選抜まで残り4日を迎える。

 町と隣接した広大な森を抜けた先、巨人の足跡という二つ名を持ったペンドラ荒野が待ち受けている。どこまでも続く森の中にぽっかり、干害を被ったように、枯れた土とはだけた岩山がみられ、いくつもの尖塔や渓谷を形作っている。万一を考え、ここなら誰にも極力見られないだろうし、被害も出ない。


「知っての通り、冒険者に不可欠なのは生き残る力と魔物を狩る強さだ。そのために周到な準備を整え、日々鍛錬を怠らない。また、普通の人間はひとりでできることなど限られている。そのためコミュニティを広げて、情報を共有したり、パーティを組んではクエストの達成を有利に導いたりする」

 冒険者装備のフミュウは真剣にこちらの話を聞いている。


「だが、それはレベルが足りないからやっていることだ。いまの君には十分、一人でやっていける力はある。うまく引き出せないのが課題だが、これをひとつずつ解消していく」

「りょーかいであります先生!」

 びしっと敬礼。まじめなのかどうかわからんが、彼女なりの熱意だろう。ときおり吹き付ける砂埃がうっとうしい。


「まずは魔法をある程度使いこなす。これができるのとできないのとでは天地の差だ。強力な遠隔攻撃、多彩な属性攻撃や劣化することのない防御魔法、そして即効性のある回復魔法。挙げればきりがないが、冒険者が魔導士を真っ先にパーティに入れたがる理由も、その利便性にある」

 まぁ、ふつうはどれかひとつに長けていて、それ以外の魔法はまったくでもないが実戦レベルで使えない魔導士が大半だが。

 さて、俺が特に得意とした魔法は増強魔法と爆発性魔法か。どちらもスカッとした一撃を放てるから好きだったってだけだが、今回はちゃんと発動してコントロールできるかだ。……無難な魔法を教えるか。


「まずは水魔法。自分の手中の水分や周囲の水分を集める凝集魔法とMP(マナ)を使って水を倍増させる増幅魔法、そして任意の強さと形状、解除する方角を決めるための制御魔法を一瞬で計算して初めて、よくみる水魔法ができる」

「ひえぇ、難しすぎるのです」

 あいにく、こいつはろくな魔法を使えた試しがない。勉強してできるよう努力はしていたようだし、実践も怠ってはいなかったようだが。

「本で勉強したことを思い出せ。魔法回路の構築は今朝おさらいしただろう。トレーニングも重ねて並列多動処理や出力の具現化もがんばってできるようにはなったんじゃなかったのか?」

「そ、そうですけどぉ」

 さっそく弱音を吐こうとしている。まぁ……無理はないか。こればかりはセンスもあるし、魔法の習得に挫折した奴らも数え切れないほどいる。素人にいきなりやれというのも酷だ。

 そうだな、焦る必要はない。俺はポケットから取り出した手帳を開き、そのままフミュウに渡す。


「ラティスさま、これは……?」

「詠唱だ。魔法は要はイメージだ。言葉として発したほうが魔法を具現化しやすい」

 あと、発した声の音がマナに影響を与えるとか、精霊と交信できるとかの説が立っているそうだが、詳しくは知らん。理論より体で覚えたほうが早い。

「その手帳に書かれている詠唱文を読みながらでいいから、それぞれの魔法をひとつずつイメージすると発動しやすくなる。力まず、指先にマナを集める意識をし続けることを忘れずにな」

「あ、ありがとうございます!」

 いちいち礼儀正しくぺこりと頭を下げるのを横目に、俺は10メータほど距離を保った。声量を大きめにして、フミュウに伝える。


「ここまで水魔法を放出させろ。弾として飛ばしてもいい。俺をぶっ飛ばす気でこい」

「え、で、でも」

「何をためらう! 魔物相手に躊躇すれば死ぬぞ。俺が不死身だと忘れたか?」

「わ、わかりました! やらせていただきますです!」

 手帳片手に、フミュウは俺に向けて手をかざした。


「”水の神ミクマリよ、我らが生命を形為す源、其れは天地の恩恵なり。母なる海神ポセイドの御名をもって、我が手より清らかなる水をつかさどる力、授けんことを赦したまえ”」

 ポゥ、と青白い蛍光を立ち上げはじめ、炎とも煙とも、流水とも言えない無数の粒子の集合体が流動しフミュウの周りを漂い始める。

「……おぉ」


 思いのほかできてる。

 人狼のときはなんだったのか、うまく発動できているようだ。命の危機に瀕したときと小指の一件で多少の能力を解放できているのだろうか、いやそれよりも。

 手中に小さな靄ができていなくもない。それが宙に浮く雫と化せば、あとは増幅魔法に完全シフトすればいい。

手中に集まって、増幅していく水の塊。これは一発成功なるか?


「……おい、そのぐらいの大きさでいいぞ」

 右手にまとった水の塊は、抑えを知らずにその質量を大きくしていく。膨張し続けるそれは、フミュウの体よりも、いや竜にも引けを取らない大きさになっていく。湖そのものを持ち上げたような圧巻さは、周囲に分散した濃淡な陰りを作った。


「ど、どうしましょ、止まらないですこれ」

 あは……と苦笑を浮かべている場合か! このままでは洪水になって、お互いどこに流されるかわからんぞ。

「じゃあそれを空に解放しろ! その場で解除だけはするな!」

「はひゃいぃ!」

 鋭い俺の声にびくりとした彼女は、すぐに手帳を見ながら、水の山塊に覆われた右手を――待て、俺に向けてどうする。ぜんぶぶつける気かそれを。

「”授かりし清らかなる水よ、魔を射抜く矢を果たせ――流水射矢ヒュドルアロー!”」

「ちょ、待――」

 ドォッ!! と水塊は巨大な水柱となり、直線状に放たれた。風圧と衝撃波が砂礫をまくり上げ、土をえぐるそれは瀑布よりも激しく、さながら竜が風を裂いて地平線へと翔けていくかのごとく。

 その水竜の突進よろしく水の極太ビームは俺に直撃した。


「きゃああっ、ラティスさまーっ!?」

 何が起きたか、数秒後に把握できたときには、空を眺めていた。

俺の背に手頃な大きさの岩山がなかったら、どこまで飛ばされていたか。水流の勢いからはじき出された俺は岩の上であおむけに倒れた。岩山を砕け散らせてなお、遠方の山に大穴を空けたところまで見届けた。土砂流れの音がここまで聞こえた気がした。

「ラティスさまぁぁぁっ! だだだだだいじょうぶですかぁ!?」

「はぁ……はぁ……げほっ、……ははは」

 及第点は超えたな。

 発動に問題はないが、さてどう制御しようか。骨が折れるぜこりゃあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る