第10話 夜間会議
少し歩いた先、フミュウがここ数日泊まっている宿へとついた。右隣には大きめの酒場、左には冒険者用の道具屋。通りを挟んだ正面は武器屋か。ここらは冒険者のために用意された区域のようだ。宿屋の一階には、小さな食堂や簡易教会がちらりと目に入った。
部屋は二階の一番奥。キィキィと軋む古い板床は、いつ穴が開いてもおかしくない。埃っぽく、ネズミが一匹足元を過ぎる。
「ここが私の部屋です」
ささ、どーぞどーぞ、ともてなされる。
質素なシングルベッドに木の机。あとはクローゼットと旅用の荷物が端に置いてあるくらいか。
無個性な部屋だが、数日限りの部屋ならわざわざカテゴライズする必要もないか。
「あ、お飲み物もってきますね!」
こちらの反応をうかがうことなく、ダダダ、と一階へと走っていった。人はいいがあわただしいやつだ。
「……」
机の上に何冊か本が並べてある。有名な冒険者が著した記録書と魔物図録、武器の扱い方や魔物の狩り方および戦闘での動き方……そして開きっぱなしの記帳とペンが置かれている。
「あれでも勉強はしているんだな」
ぎっしりと詰まった記帳には、本で学んだ内容が書き込まれている。一冊だけじゃない。奥に同じ記帳が数冊重なっている。
ぱらぱらと記帳をめくる。何気なく見眺めていると、気になるページに目が付いた。
「”聖霊の召喚術”……」
俺が生き返って、あいつと俺のステータスがめちゃくちゃになった根源。なにやら難しい記号式も書き写されているが、どこでこんな召喚術を知ったんだ。それに、あいつが聖霊に願おうとしていたことは何だったんだ。ページを強くつまみ、めくる。
軋む足音が聞こえて来たところで、俺は机から離れ、窓の景色を見眺めた。レンガの街並みが並び、ちょうど夕日が差し込んでくるが、じきに沈みきる。明りの準備をしないと。
*
「試験まで一週間。見たところそれなりに対策はとっているだろうし、最初の適性試験は問題ないとみていいんだな?」
夜を迎え、残り一週間の計画について戦略会議をしていた。
最初の目標はこいつを冒険者にすること。冒険者になれば、馬や騎竜といった交通手段も容易に手に入るのは、今の時代でも適用されているようだ。さらにレベル99なら、船や飛空艇のような交通機関も苦労せず利用できる権利を得るのもたやすい。ということは、ホルミルの町に戻れる日が一気に縮まる、と安易だが期待はできる。
まずはMPこと魔力を引き出して、魔法を発動する訓練。これができるか否かで雲泥の差が現れる。最優先事項だ。それができれば模擬クエストを通して察知力・観察力・回避力の鍛錬だ。ボードにはそれについて指が痛くなるほど事細かに書いている。
「はい先生! 一次選考に落ちたこともありますが大丈夫です!」
元気よく手を上げて言うことか。思わず目をひそめ、呆れる。
「それは大丈夫とは言わないだろう。それで、どこまで進んだことがある」
「三次選考までは……」とためらいつつ正直に話した。
「二次までは通ったのか……」と俺はためらうことなく素直な感想を返した。
「ラティス様ひどいです!」
「元レベル4でそこまでいけるなら三次選考も問題ないはずだろう」
「それが、組んだパーティに見放されて」
「……」
聞いてはいけないことだったか。
「で、でもわたしがいけなかったんです。方向音痴で迷っていたところ探してくれましたし、魔物に襲われそうになった時は助けてくれましたし。私が足を引っ張ってばかりだったから、みんなに迷惑をかけてばかりだったから……落ちたんです」
ある意味、それを「裏切られた」というが、口にしないでおこう。まだ15の彼女には酷だ。
しつこく俺を誘ったのも、互いに信頼しあえる仲間がほしかったからか。泉から現れた裸のおっさんという不審極まりない存在を選ぶとは、世も末だ。
「ひとりでクエストにクリアできるだけのステータスは、もうすでに持っている。それを引き出す訓練を明日から行う。それと、ステータスを出してみろ」
何か、なんとも言えない顔をした気がした――フミュウは指輪をつまみ、発した魔晄でステータスを投影させる。
【STATUS】
・Name:Fumyu Draganvuld (フミュウ・ドラガンバルド)
・Level:99
・Age:15
【PARAMETER】
・HP(ライフ):1/1
・MP(マナ):99998/99999
・AP(攻撃総数):98999
・DP(防御総数):95334
・SP(速度総数):97502
・PP(体力総数):99995/99999
・LR(運勢階級):A
【SKILL】
All Lock
【TITLE】
・
【MASTERY SKILLS】
・フルスイング
……くそ、いつ見ても俺のステータスだ。しかしTITLE(称号)がアルバイターとは。なんともいえん。
「いつみても自分のじゃないって思えてしまいますね」
そりゃ俺のだからな元々は。
「数値じゃない。スキルを見てみろ」
「
「スキルがないなら、俺のように”
そうでなきゃ発狂する。数十あったスキル習得、それもB以上に上げるの相当苦労したからな。特にSランクを修得するのに何度死にかけたことか。
「てことは、いずれ思い出せるかもしれないんですね!」
「そうだ。スキルは多すぎて困ることはない。パラメータの数値に加算することもあれば積算することだってあるから戦闘を大きく有利にさせるんだ。解除方法は見当もつかないが、何かしらのスキルを解放するよう、俺も協力する」
「はい! ありがとうございます」
「質問はあるか」と何気なく聞いた言葉に、「……あ、あの」ともじもじして、
「どうして、見ず知らずの私にここまで優しくしてくれるんですか?」
「馬鹿を言うな。俺のステータスを君がもっていなかったら、とっくにおさらばしている」
「で、ですよね……そうですよね」
残念そうに顔を落とし、笑顔を取り繕った。それでもこぼれるもの悲しそうな表情に対し、何も思わないはずもなく。
冷たく言い過ぎたか。
「夢は冒険者といっていたな。何度も受けているそうだが、どうしてそこまでなりたいと思っている」
彼女は胸にそっと手を当てる。それはかつて決意した意志を再確認するかのようだった。
「行ってみたいところがあるんです。”アウラの星”をご存知ですか?」
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