第9話 エントリー
そのまま俺たちはギルド支部に足を踏み入れた。
外もにぎやかだったが、中にはいると一気に空気が変わったことに気付く。
物騒な武器を担いだ屈強にみえる重厚な鎧戦士。軽装ながらも、戦闘に秀でた体つきをしている老若男女たち、顔すら見えない、ローブとともに謎をまとう怪しいげな者たち……一癖も二癖もあるが、いずれもただ者ならぬ気配の数々。静かに燃え滾る意志を持った猛者共。談笑でがやついているも、漂う熱気が外とははるかに異なっていた。
「ここに入ると、いつも緊張しちゃうんですよね。みなさん強そうな人たちでつい委縮しちゃって」
「なってしまえばそうでもなくなる」
眼鏡をかけた受付嬢に冒険者登録選抜試験のエントリーについて話を進めさせてもらった。
試験は200R――100年前換算なら銀貨1枚あるいは120
「はぁ……残り100Rもなくなっちゃいますよ。宿も1泊しかできなくなりそうですし」
「日払いにするように頼めばいいだろう。それか何か売るか」
「ラティス様のその衣服ってどのくらいなのでしょうか」
「いま恐ろしいこと言ったなおまえ」と小声で会話を交わした。
試験内容は、5度にわたる厳正な選考を通過しなければいけないようで、一見すると相当面倒だが、二次試験までは足切り――いわば書類選考含む適性試験のため、本番は3次試験からだという。そこから一気に合格率は下がるようだ。
こんなに面倒な手続きになってしまったのも、安価なエントリー料と書類手続き、簡単なクエストをクリアすれば誰でも冒険者になれた時代、あこがれだけで冒険者になった低レベルたちの死亡者数や迷惑件数が上昇し、世間に対する冒険者ギルドの評判やブランドも下がったからだと、町に着く前にフミュウから聞いた。
同時、冒険者の飽和状態によってギルド側も利益の損失を続けていたため、頭の固いお偉方が必死に頭を絞った結果、冒険者にふさわしい人材のみを選抜する制度が、俺がいない間にできていたようだ。おかげで難易度も倍率も相当高くなり、一方で他の過疎極まりなかった業界は人手と経済に潤んだという。冒険者以外の各ギルドへのサポートにも徹したのだろう。
「それでは、お手数をおかけしますが、身分証明のため、こちらの書類の記入とステータスの開示をお願いします。記入が終わりましたら、こちらの水晶玉に手を当ててください」
フミュウがこちらを振り向いたが、「行け」という意味を含めて小さく首を動かした。記入を終えたフミュウが水晶に手のひらを置くと、受付嬢の目の前に身分証明、いわば生体情報含めるステータスが立体投影される。
「っ、へ!?」
ひっくり返りそうになった受付嬢は頓狂な奇声をあげ、拍子に落ちた眼鏡を取って目をこすった。そしてふたたびステータスを凝視、「うそでしょ、何かの間違いじゃないわよね」とぼそぼそつぶやいていたが、ハッとし、すぐにフミュウに対応を取った。
「ええと……失礼いたしますが、冒険者、ではないのですよね?」
フミュウが律義に返事すると、
「承知いたしました。それでは5日後、
訊きたくて仕方ないだろうが、私情を挟まずにてきぱきと手続きを進めてくれた。
「レベル99って、ほんとうにすごいんですね!」とくるり振り返ったフミュウがこちらに満面の笑みを向けた。「まだ冒険者になってないぞ」と適当に返した。
「あなた様もエントリーないさいますか?」と俺の方に声をかけてくる。あなたも相当すごいステータスを持っているんでしょうという目。白色の水晶を一瞥する。ある意味すごいのは否めないが、「結構だ」と断った。
「ラティス様? エントリーされないのですか?」
意外な顔をされたが、
「俺はいい。済ませたなら行くぞ」
面倒になる前にその場を後にしよう。冒険者の流れる人ごみの中へと入る。「ラティス……?」と寸前に受付嬢がつぶやいた声は聞き逃さなかった。
うしろをてくてくと頑張ってついてきているフミュウがここのがやつきに負けない声で訊いてきた。
「わたし、てっきりラティスさまも参加するのかと……あっ、もう冒険者だからですか?」
「一度死んだ俺に職(クラス)があるわけないだろう。あと前にも言ったが俺は冒険者じゃない。そもそも金が足りないだろう」
「あ、そうですね。でも、いっしょに冒険者になった方が活動しやすくなりますよ」
「自由と称して規制だらけの職業なんぞ、俺には合わん」
「で、でも、冒険者なら、いろんなところに行けますし、生活にも困りませんし、あっ、あといろんな人とかかわれますし!」
何を必死に誘っているのか。
「冒険者でなくとも、強かったら……」
そこで、自分の現状を思い出す。言葉をつぐみ、言い回しを変えた。
「死ななければ特に問題ないことだ。人とかかわる必要も俺にはない」
「わたし、ラティスさまと冒険者になれると思って、楽しみにしていましたのに」
「そいつは残念極まりなかったな」
むぅ、とふてくされたような声が耳に入ったが、顔を見ることなくギルドを後にした。
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