第7話 スキル解放:世界最強の冒険者を目指すために

 お人好し越えて底抜けのバカかあいつは。犬野郎がいまの声に反応し、気はあいつの方へと逸れてしまった。

 敵意丸出しの一吠えを最後に、地を蹴った。スピードは遅いが、そこらの魔狼ウルフェンと違わぬ勢いだ。そこを見定めたのか否か、あいつの震えた脚が前に出た。


「はぁああああッ!!」

 大きく振りかぶり、長剣を地面へ叩き付けたとき。


 ――ズドォン!!!


「ッ!!?」

 大地をも揺るがす、岩の砕ける悲鳴がとどろいた。

 爆発性結晶ではない。たったひとつの巨大な衝撃のみによるものだ。


 剣の切っ先を原点に、地面が裂け、崖が大きく傾いた。テコかシーソーか、跳ね上がった崖の端にいた俺は宙に放り出され、フミュウのいる方へと着地。……したかったのだが、滞空中に体の向きを変える筋力がないため背中から強打し「ごはっ」と肺が押しつぶされたような声をあげてしまった。


 砕けた崖とともに、脊髄ごと両断されたウェアウルフも落ちていく。仮に攻撃が外れたとしても、この高さからでは助からないだろう。毛皮を失ったのは惜しいが。


「全く、ひやひやさせる……」

 崖の下、大穴ほどではないが、崖下の広大な森が二つに裂け、地鳴りとともに地割れを引き起こしている。木が数本、地の底に流れ落ちたのがちょうど見えた。それを見眺めていると、フミュウが腰を抜かしてへなへなとしりもちをついた。


「な、な、ななななななんですか今のスペシャル技……っ、これ私がやったんですか!?」

「ただ地面を叩き割っただけだろ。技でも何でもないが、ステータス通りの力を発揮できてよかったな」と言いながら立ち上がる。

「し、しんじられないです……あなたって一体」

「俺はラティス・リーグマン。生前は戦士だった」

 変な間がひらく。聞き逃したのかと思えば、理解が追いつかなかっただけで、時間差で仰天の声が森に響いた。


「……えっ、え? へ? え、えぇぇぇえええええええっ!!?」

 だろうな、と予想はついていた。何度も見た反応。しかし顔までは知れ渡っていなかったか。


「その人って歴史上の、世界最強っていわれた伝説の冒険者――っ、あ、あ、ああああの、えっと、わ、わたし――」

「おまえが生まれる前の話だが、エギル――曾々じいさんには世話になった。勝たせてもらった件については少し悪いことをしたとは思っているが……落ち着け。あと冒険者ではない」

 パニックになって、今にも昇天しそうだ。いや、本当に逝くなよ、HP1だとこっちがひやひやする。


「す、す、すごいとは思っていましたが、まさかあの伝説のリーグマン様のお力を授かっていたなんて」

「引き出せていなかったら意味がない。あとその呼び方やめろ。ラティスでいい」

 手を差し出し、フミュウを起き上がらせる。手を握っただけで変な声を出すな。なにが「ひゃう」だ、珍獣かお前は。

「すごい……お手を握ってしまいました……夢みたいです」と呆けたことを言っているが、俺の心境はそれどころでない。


 レベル一桁のウェアウルフ一頭相手にこのザマ。笑えてしまうな。やはりレベル1じゃあ何も――。

 俺をぶちのめしやがった神父野郎にも勝てねぇ。


「……クソッタレ」

 あの銀髪男はなんだったんだ。レベル100の俺を軽く凌駕していたということは――いや、そんなバカなことあるはずがない。レベルの上限は100までだ。99でさえも達するのが至難。そこから100に上げるとなると不可能に近い上、俺が達するまでは理論上の数値だという話だった。

 そう、人類の壁を超えた領域に唯一俺は立っていたんだ。最強になれたんだ。

 しかし事実、敗けた。全力を出してないあの銀髪男に俺は瀕死に陥られた。だとすれば、あいつを超えるレベルにならなければならない。

 神の使途だかなんだか知らないが、


「……絶対にぶっ飛ばしてやる」

「なにか言いましたか?」

 返す言葉も面倒だった。声をかけてきたフミュウに「なにも」とつぶやいたところで、俺は思い出す。


 100年後の世界。俺が死ぬことなく寿命を迎えたとしてもたどり着けなかった時の壁を超えた先。俺の知る人間など誰一人いないであろう未知の世界。マヤどころか、俺が報復するべき神父野郎もこの世にはいないのかもしれない。

 そうとなれば、俺のこの燻った感情はどこにぶつければいい。すべてを失った俺は、いったい何を――いや。


 まずはホルミルの町――俺とマヤが暮らし、滅び、そして俺が死んだ場所――に向かおう。期待はできないが、そこにいけばせめてなにかはあるだろう。

 だが、ここからだと相当の遠さだ。あの大海原を渡らなければならない上、”竜巣”を抜けなければ。安寧を求め、狙われないようにするために選んだ場所だというのにこんな顛末を迎えるとは皮肉なことだ。

 金も力も権力も失い、ただ齢だけを取った俺では、たどり着くのに何十年かかる。金もコネもない浮浪者に手を貸してくれるお人好しなど、期待するだけ無駄だ。


 隣にいるレベル99に視線を向ける。夢は冒険者と言っていたな。

 ……仕方ない。


「まずは町に戻るぞ。そこに冒険者ギルドはあるか?」

「あっ、は、はい、大きな町ですし……もしかして」

「冒険者になりたいんだろう。夢のためならすぐに行動するのが鉄則だ」

 フミュウは一瞬驚いた顔を見せ、しかし暗い顔を向ける。


「で、でも私、何度も試験に落ちていて」

「だったら、俺が合格できるようにしてやる。まずはエントリーだ」

 冒険者になって階級ランクを上げれば、交通機関を使った移動も許可が下りるだろう。当時はそういった待遇は良かったからな。それに、これだけのレベルだ。なんなら船でも竜でも貸出して自由に冒険できることだって可能だと、信じるしかない。


 今の戦いで分かったが、幸い俺の知力はレベル1まで落ちていなかったようだ。それに、体はついていかないが、経験も生かされている。このノウハウをこいつに叩き込めば、合格に極まりなく近づけるはずだ。

「……っ、はい!」と元気な返事をよそに、俺は深い息をつく。

 これが最適極まるルートだとは断言しにくいが、やるしかない。


 フミュウ・ドラガンバルドを世界最強の冒険者に仕立て上げる。話はそれからだ。

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