第6話 戦略と正義
「……逃げるぞ」
「え?」
「逃げるんだ!」
犬野郎とは反対方向へと地面を蹴った。それで見逃してくれるほど甘くはなく、犬野郎は後を追う。
「はっ、ハァ……っ、ハァッ」
早くも息が切れる。想定以上にレベル1の体は俺の想定以下だクソッタレ。呼吸がうまくできないおかげで犬野郎の動きが鈍っているのがせめてもの救いだが。
俺の横で走っている少女に目をやる。……ってなんでおまえも疲れてんだレベル99だろうが!
「こんな状況で聞くのもなんだが、君の名前は?」
さきほどのステータスで表示されていたはずだが、あまりの壮絶なステータスに目がいっていなかった。というかなぜ今まで聞かなかった、と問われれば俺にとってそこまで関心なかったのが正直な回答となる。
「ハッ、ハァ……ンッ、ハァ……ッ、フッ、フミュウ……ッ」
「ふみゅ? なんだいまの空気が抜けたような鳴き声は」
「ちがっ、ちがいますっ、フミュウです! フミュウ・ドラガンバルドですぅ!」
「ドラガンバルド――!? あの”剣豪”エギル・ドラガンバルドの一族か!」
まさかかつて剣を交わしたライバルの一族だとは予想だにしなかった。
「そ、そうです! ……はぁっ、その人、わたしの
「しかも
あのやろっ、結婚したなら俺を式に呼べ畜生!
にしても……。
「ファストネームとラストネームの強弱が激しすぎる名前だな」
「はぅっ! ……コンプレックスなので言わないでください……」
気を紛らわしたところで、頭も冷静になった。一度大きく息を吸い込んで頭をすっきりさせる。周囲に何かないものか。
遠くからかろうじて響く、水を叩き付けるような音。地面のわずかな傾斜。下っているところを見ると、この先を進んでも逃げ道はなさそうだ。
幾度か目に入った小さな無色結晶は見覚えがある。確かアスカニオ石から爆薬成分を錬金術師に抽出してもらうときに見たそれと似ている。泉の精霊が自我を持ち、具現化したことと同じように、あちこちで異常が起きていることは間違いはない。
獣の習性から外れたあの犬野郎も、同じ理由だろう。
「で、でもっ、はぁっ、どうして――」
「いいか、ステータスを引き継いだのに攻撃が通じなかったということは、ハァ、まだその体にそれだけの実力がいきわたっていないか、うまく発揮できていない可能性がある! ハァ、だから絶対に攻撃を受けるな。無理に攻撃を仕掛けるな」
「そんな――っ」
「おれがあいつの相手をする。その間に君は逃げろ」
「っ、そ、そんなことできません! 置いていくなんて」
「俺は死なない。だが君は一撃でも喰らったら死ぬ可能性が極まりなく高い。今はいいから遠くへ逃げるんだ」
「で、でも」
「心配せずともお前のもとに必ず戻る。なにより俺のステータスをすべて引き継いでいるんだ、絶対に死ぬんじゃないぞ」
躊躇いつつも分かりましたと一言置き、道を逸れては木々や草むらをかき分ける。俺と犬っころから遠くへと離れた。
握れる程度の小さな結晶を拾い、木の幹に擦るように叩き付ける。細かい振動が手に伝わる。これが全体に広がり、熱に換わった瞬間、ドカンというわけだ。
「来いよ、犬野郎」
単純な突進で飛びかかった
地面を転がり、起き上がった俺は失った右手の再生を確認する。対して犬っころの堅牢な肉体では軽傷と火傷程度だろうが、これで完全にターゲットが俺になった。咆哮を聞き流し、わずかな坂を下る。強くなる水の音。このままいけば――。
「
見晴らしのいい景色が飛び込み、強い風が下から吹き上がった。逃げ道を途絶えているような絶壁。崖の壁よりもこの地面が突き出ている様はさながら悪魔の舌か。形状も良好極まりない。
不利の状況ランキングトップ10に入るお約束みたいな展開も、今回ばかりは有利になりそうだ。ウェアウルフとはいい距離感。拾った結晶もこの手にある。
これを地面にぶつければ、共々崩れた崖から真っ逆さまか。捨て身というバカ極まりない方法しか思いつかないのもむなしい話だが、生き残ればそれでいい。
四足歩行から二足へ立ち上がり、のそりと迫りくるウェアウルフ。先ほどの爆発を学び、警戒する程度の知能はあったか。あと少し、あと3歩近づいて来れば――え?
「あの馬鹿……!」
なぜ戻ってきた!
「ごめんなさい! やっぱり放っておけません!」
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