第4話 最強になった少女
『授与には代償がつきもの。五体満足で問題なく思考もできれば言語も発せるのですから、HP以外のステータスが初期化されたくらいで嘆かないでくださいませ』
なにを他人事のように。贅沢だとでも言いたいのか。
『しかし、あなたが生涯努力して得たステータス……決して無へ還元されたわけではないと思います。そちらの方のステータスはどうでしょう』
「ふぇ? あっ、はい!」
声をかけられた少女は、慌てたそぶりで右人差し指にはめていた白銀色の指輪に左手でつまむ。埋め込まれている水晶――おそらく
【STATUS】
・Name:Fumyu Draganvuld (フミュウ・ドラガンバルド)
・Level:99
・Age:15
【PARAMETER】
・HP(ライフ):1/1
・MP(マナ):99,999/99,999
・AP(攻撃総数):99,997
・DP(防御総数):99,993
・SP(速度総数):99,995
・PP(体力総数):99,999/99,999
・LR(運勢階級):A
【SKILL】
・All Lock(使用不可)
【TITLE】
・非雇用労働者(アルバイター)
なんだと……!?
レベル99!? しかも俺よりステータスが高いではないか!
「すごい……! すごいです! ステータスがぜんぶ9万以上です!」
『HPが1であることをお忘れなく』
「おい、まさかとは思うが」
『彼女に譲渡されたようですね、あなたのステータスは』
「ハァ!?」
ふざけるな……!
俺のステータスはすべてあの小娘に引き継がせただと? なんとも腹立たしい。それは俺自身だ。俺が培ってきた人生すべてなんだぞ。そこらの
レベルがなければ、マヤを守ることだって……!
「嘘じゃないんですよね! こんなにレベルが上がるなんて、信じられないです!」
憤りが腹の底から煮えたぎっていたが、怒鳴り散らしたところでステータスが戻るわけではない。それに、あまりに彼女が無邪気な子どものように喜ぶものだから、とうとう怒る気にもなれなかった。口から出るはずの火は鎮火し、煙を吐くようにため息をついた。
「もう一度儀式を挙げて、ステータスを変更することはできないのか? せめてバランスよく配分できたらと思うんだが」
『条件次第では不可能とは言い切れませんが、現状では無理です。人の手で発生させた、あるはずのない自然現象を利用しているので、コントロールは無謀でしょう。どうしました、不服ですか?』
「当然だ。こんな死に放題な体になったところで何ができる」
『身代わりを繰り返しできますし、人体医術者に喜ばれますよ』
「そんなことは聞いていない」
ふむ、と指を柔そうな唇に当て、俺たちでない、その後ろの先へと目を移す。まるで森全体ではなく、その先の世界を見据えるような遠い目だ。
『それにしても、これだけの力が世に放たれたのですから、きっとここだけじゃないどこかでも、面白いことが起きているかもしれませんね』
「……? どういうことだ」
『いえなんでも。ところで、せっかく私も人間の姿になれたのですし、よければわたくしの名前でも――』
唐突に、聖霊の姿が半透明に薄らいでいく。それに気づいた彼女は慌てるそぶりすら見せず、くすりと笑った。
『あら、わたくしの存在も長くは続かないみたいですね。人としていろんなことをしてみたかったのですが、あなた方とお話しできただけでも良しとしましょう。あ、忘れていました』
「?」
手をかざした先、八方から葉や麻、蔦や綿が聖霊の手中に集まっていき、繊維と化しては一着の服が織られていく。魔法の類かわからないが、もはや何でもありだな。
『あなただけタオル一枚ですと絵的に問題がありますので。この森で作ったものですので、防護性は期待できませんが、ないよりはましでしょう』
「……助かる」
釈然としないままだが、少なくとも目の前の不安定な存在は事の原因でもなければ悪い奴でもない。受け取りつつ、俺なりの感謝を述べる。
これで葉の腰巻を作る手間が省けた。しかし絵的とはどういう意味だ。近くに画家でもいるのか。
『あと、特別にこれも差し上げましょう』
「なんだこれは」
受け取ったのは飴玉サイズの白種、か?
『"蘇生種"という、
都合がいいとはこのことを言うだろう。どこまでもお人好しな精霊だ。
「重ねて悪いな」
『いえ、あなた方のおかげで私という存在が形になったのですから、このぐらいなんてことありません』
言いたいことを言い切ったような顔で聖霊は後ろへふわり、下がった。今度こそお別れと言わんばかりに。
『それでは……ふたりとも』
ほんの少しの間。ためらったように作った一息を、精霊は俺たちに告げる。
『素敵な親子になれますよ』
「最後の最後で茶化すな!」
いたずらな笑みを浮かべたまま、すーっと消え去っていった。それは一滴のしずくと化し、泉の中央、ひとつの波紋を残して、静寂を迎えた。
「なんだったんだ本当に。はぁ、わけがわからん」
嵐が過ぎ去ったかのようだ。どっと疲れがこみ上げるが、HPに支障はきたしていない。精神的な疲れはHPや体力の減少に関与されないのだろう。
さっきから一言も発さない少女の方へと顔を向けると、ばつが悪そうな顔をしていた。目が合うと、とっさにそらし、しどろもどろ。何を言うかと思えば、やっと申し訳なくなったのだろう、挙動不審に頭をぺこっと下げてきた。
「あの、すいませんでした。もとはあなたのステータスなのに、私ったら、あんなにはしゃいじゃって」
不可抗力とはいえ、こいつは俺の大事なものを奪った。しかし、同時に俺の命を救ってくれた恩人。生き甲斐どころか存在価値そのものを根こそぎ取られたにしても、俺がつけ上がる資格すらない。
「気にするな。もう一度この世に戻れたなら、このくらいの代償は安いもんだ」
「そ、そうですか……でも」
くよくよしすぎだろう。そこまで気に病むと腹が立つ――いや、俺が取り乱したところを見れば罪悪感もあるか。
「はぁ……とりあえず、ここがどこなのか、で、いまはいつなのかを知りたい」
早く服も着たいところだしな。
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