第3話 泉の精霊

 正気に戻ったのは少し時間が経ってからだ。少女のおかげでともいえるが、ここまで取り乱したのはいつぶりか。

 これしかなくてごめんなさいと、少女が先ほどまで使っていた大きな白タオルを拝借し、腰に巻いた。濡れているから着心地はあまりよくない。

 思えば裸一貫で発狂してそれを一糸まとわぬ少女になだめられていたのか……ほかに人がいなくてよかった。


「重ね重ね、本当に申し訳ない。押し倒した上に恥ずかしい姿を見せてしまった」

「だいじょうぶです。お恥ずかしい姿は、その、お互いさまー……でしたし」

 はずかしそうに耳を赤くしながら、もじもじとしつつ目をそらす。素直に恥ずかしかったんだなと思わせる。

 もう終わったことだしみたいな話し方をしたが、俺の装備は未だタオル一枚だけだ。軽装備で露出度を減らした君とは違って、俺は現在進行形でお恥ずかしい姿をさらしてしまっていることを忘れないでいただきたい。


「しかしどうなっている。生き返ったはいいが、ステータスが残念極まりないことになっている。絶望的だ」

「そ、そうですよね、私も状況がよくわかりませんし」

「いや、君が召喚術を施したんだろう」

「私がお呼びしたのは聖霊様です。本に書いてある通りのことを行っただけで」

『――それはわたくしめから話してしんぜましょう』

 誰だ、こんなベスト極まりないタイミングで都合よく状況を教えてくれる奴は。


 風が木々の葉をこすり合わせる音を奏で、泉が波紋を描く。泉の傍の巨木を背に、白絹の羽衣を纏った女性がうっすらと水面の上に現れた。

 雰囲気と骨格、微睡を与える落ち着いた声色、細めの目つきや長い黄金色の髪から大人の風貌を思わせる美しい女性。だが、この場が水の中であるかのように、彼女の身が浮いている以上、ただの人間ではないことは確かだ。なにより、大樹の枝のような大きい多岐角がふたつ、頭部から生えている。


「……おまえは?」

『わたくしはこの泉の精霊でございます』

 胡散臭いことを。精霊は目に見える存在ではない。隣の娘は簡単に信じてしまっているが。


「わ! じゃああなたが本物の聖霊さん?」

『貴女の行いによって、自我と実体と万物の知識を得てしまったので、召喚というよりは構築された存在です。まぁ、そんな難しいことはおいといて』

 さっそくわけのわからないことを。見た目や声色に反して話し方が剽軽者のそれだ。信用するべきか……?


『さて、貴女はよりにもよって"異界開裂の儀"を挙げてしまいましたか』

「えっ、わたしは聖霊さんの召喚術を行ったはずなんですけれど」

『交わるはずのない世界のほんの一部をほんの一瞬だけ無理やり交錯させる、召喚術と詐称したやばめの禁術です。一瞬だけの交わりでもえげつないほど莫大なエネルギーが生み出されて、まぁ時空が歪むんですよ。それを利用して均衡つりあいの取れている物理法則やらを改竄ふあんていにする手法です。それこそ、わたくしという異常な存在が生まれてしまったように』

「えっと、つまりどういう――」

「その娘のやったことはなにかを呼び出す召喚術ではなく、万物の法則を歪めるほどのパワーを生じさせ、解放するための禁術だというわけか」

『おおむねそういうことになります』

 この少女はいまいちわかっていないようなので、俺が話を進めたほうが早そうだ。


「で、法則の乱れがどう俺の蘇生と関係している」

『そうですね、おそらく異界にも種類があって、魂の経路チャネルと現世を接続コネクトしたのでしょう。チャネルをつないだ亀裂ゲート付近にたまたま、あなたの魂に近しい媒体があったから』

「ここに戻ってこられたと」

 魂からこうやって肉体もそのまま再生されたのだから、相当のパワーがそこに生じたのだろう。鵜呑みにしないでおくとして、気になったことが浮かぶ。


「いや、ちょっと待て。じゃあなんで俺のステータスが変わっているんだ。これも万物の法則が狂ったからか?」

『魂というのは、その人の強い願いや意思に大きく影響されます。あなたがたのそれぞれ願った魂の叫びが、生じた大いなる力を操作し、形を作ったのも、十分にありえます』

 その願いが、結果として俺を生き返らせ、ステータスに変化を与えたのか。


 ……そういえば最期に、

「死ぬことのない肉体を求めたのは確かだが……っ!」

 それ以外のステータスをレベル1にしろとは言ってないだろ!

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