最終話 AIが紡いだ物語
『この物語は、いかがでしたか? 作品のレビューをお願いします。』
画面に表示される文字。俺はその文の下部にある5つある☆の内、3つを光らせて、レビューを送信した。
『ありがとうございます。今後の作品作りの参考にさせて頂きます。』
無機質な定型文が返ってくる。俺は物語の結末と、この物語が生まれた経緯を比べて、皮肉めいた笑みを浮かべる。
【俺はAI(愛)に逆らえない】それは、俺の趣味嗜好を元に、俺のためだけに創られた物語……AIが紡いだ物語である。
【小説家を創ろう】というサービスが誕生してから10年の年月が過ぎた。このサービスは、ユーザーの趣味趣向をAIが分析して、そのユーザーにあった物語をAIが執筆するというウェブサービスだ。
俺は、このAIが人間を管理するディストピア社会に不満を持っていた。なんでもかんでもAIに仕事を任せる。それで、実際に生活が成り立っているのだから手に負えない。だから、俺は心の奥底で求めていた。人類がAIに勝つ物語を。
そんな俺の思考を見透かすように、このAIは俺好みの物語を創造した。ものの数秒でだ……いや、秒もかかっていないかもしれない。
人間が小説を執筆していた時代、1冊の小説を生み出すのにかかる労力は計り知れないものがあった。時間、労力。当然、出版社も作家側にそれなりの印税を払っていたのだ。
だが、そんなコストを支払っても小説は大衆に向けられたもの。どうしても、売れる、売れないというものが出て来てしまう。折角、自分好みの小説を見つけたのに、世間では評価されなかったせいで続刊が発売されない。そんな悔しい思いをした人も多かった。
だが、その弱点を克服したのが小説を執筆するAI。これにより、一部の固定ファン持ちの小説家以外は廃業したと言われている。なぜなら、AIの執筆速度に人間が敵うはずがないからだ。
このAIが誕生した当初は、粗悪な小説ばかりだったが、いかんせんAIの方が数多く執筆できる。執筆を重ねる毎にAIは学習していき、より小説の練度が増していき、クオリティの高いものへと仕上がっていく。
そのAIも大衆向けに小説を書いていたが、それでも売れるもの売れないものが出て来てしまった。売れない小説を書くのは無駄だ。でも、その売れない小説を心待ちにしている人間もいる。では、どうすればいいのか。答えは簡単なことだった。大衆向けに小説を書くのではない。特定の個人のためだけに小説を書けばいい。所謂、俺得を詰め込んだ小説。それを執筆すれば、その個人が生きている限りは需要は発生し続ける。
それは人間が小説を書いている時代では決して不可能なことだった。何十億といる個人のために1つ1つ小説を書く。バカらしい話だ。でも、AIがそれを可能にした。
個人の趣味嗜好を理解したAIが、その個人に絶対に刺さる小説を自動で執筆する。好みの分量、好みの文体、好みの設定。それらをAIが判断して、小説を執筆してくれるのだ。
超大作が読みたければ、1000万字を超えるものを瞬時に書いてくれるし、掌編が読みたければ200字程度の小説も書いてくれる。その時の気分にあった要素で確実に刺さる小説を書いてくれる。言わば、人類は好物しか入っていない冷蔵庫を手に入れたようなものだ。
この自分のためだけに小説を書いてくれるサービスは、瞬く間に人気になった。AIが書いた小説には著作権がない。これは広めたいと思った小説を、投稿することも可能だ。そうして、自分と趣味嗜好が似通った人間を見つけるという楽しみも生まれた。
だが、俺はこのサービスにどうも虚しさを感じてしまっている。辰野 伊吹。楪 愛。有村 真奈。猪川 明人。彼らは作中で必死になってAIと戦っていた。だが、盤面外のメタ的視点では、それもAIの手のひらの上だった。
俺は、AIが書いたこの物語を見て「どれだけ足掻こうと所詮は人間はAIの手のひらの上なのだ」と思い知らせたような気がした。
伊吹たちは、自分たちを創造した神がAIだと知ったら、どんな気持ちになるのだろうか。AIの支配から逃れたと思ったら、もっと大きな存在のAIがいて、それは決して抗いようがないもの。こんな絶望的な状況があるのだろうか。
作中の彼らは、救われてハッピーエンドを迎えたように見える。だが、神の視点を持つ俺には、彼らが不憫で仕方がない。彼には自由意志なんてない。AIが想定した物語通りに道を歩むしかないのだ。
好みの話だったのだけど、俺が今まで読んだ物語の中で最もバッドエンドなストーリー。俺はそう感じてしまった。だから、俺は☆3を押した。手放しに☆5を送ることはできなかった。
こんな鬱になったのは久しぶりだ。報われない。救われない物語。嫌いではないけれど、登場人物がそのことにすら気付けない異質な空間。それが俺の心を確実に蝕んでいく。
俺は金輪際、このサービスを利用することはないだろう。こんなに虚しい思いをするくらいなら、AIに小説なんて書かせなければ良かった。
俺は、落ち込んでいた。そんな時、ふと頭をよぎったのはある言葉だ。ある有名な作者が言っていた。「ストーリーを考えるのに行き詰った時、キャラが勝手に動いてくれた」
それは恐らく人間特有の間隔だろう。AIは自分が想定した通りに物語を作らせるだけだ。キャラが勝手に動くというのは、キャラにそうして欲しいという作者の願望が現れているものだ。願いを持たないAIにはできない芸当。
だからこそ、AIが紡いだ物語の伊吹たちは自分の意思を持てなかったんだ。結局、自由恋愛で伊吹と愛はくっついたのではない。AIがそうさせたんだ。
そう思うとますます落ち込んできた。頭がボーっとして真っ白になってなにも考えられなくなったその時。渇いた砂漠に水が染み渡る感覚を覚え、俺はあるアイディアを閃いた。
AIが執筆した物語に著作権がない。つまり、誰がどう二次創作しようと誰にも文句は言われない。そして、人間にもまだ創作する権利はあるんだ。
俺は、すぐさまパソコンに向かって、文書入力ソフトを立ち上げた。そこに、文字を執筆していく。
【俺はAI(愛)に逆らえない】その二次創作を俺が執筆するんだ。人間である俺が……彼らを導いてやるんだ。
俺は小説の執筆経験がない。文章も拙いものになるだろう。しかし、それでも挑戦したかった。彼らを救いたかった。そして、キャラを勝手に動かしてあげたかった。そこに彼らの意思というものが生まれて、伊吹たちは真の意味で自由になれるのだから。
俺は人間だ。AIのような執筆速度はない。でも、例えどれだけ時間がかかろうと必ず執筆してみせる。盤面外のAIに逆らえるのは、同じく盤面外にいる俺だけなんだ。俺が彼らを救うんだ。
カタカタと文字を打つ。そのタイプ音が俺をコンピュータが俺をあざ笑っているかのように聞こえる。「こんなことしても無駄だ」「人間はAIに支配されていればいい」そういう幻聴が聞こえてきそうだった。でも、俺は諦めない。諦めたくないんだ。作中の伊吹もきっと同じ気持ちだったに違いない。伊吹と俺の感情がリンクする。その時、俺は俺の中で伊吹が勝手に動くのを感じた。
数ヶ月後、物語は完成した。その物語は、AIが作った物語よりも、なによりも俺の心に刺さり、深い感動をもたらすものだった。本当の意味で俺のためだけの物語。それは、AIなんかじゃなくて、自分自身の手でやっと掴めるものなのかもしれない。
俺はAI(愛)に逆らえない 下垣 @vasita
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