第30話 俺は愛に逆らえない
猪川氏の発言を受けて、AIは黙ってしまった。人間よりも圧倒的早い思考回路を持つAIではあるが、そのAIをもってしても返すのに時間がかかる発言だと言うのか。
「猪川様……わたくしにそこまでの愛情を注いでくれてありがとうございます。ですが、わたくしは恐らく処分されてしまうでしょう。ですが、それで終わりではありません。わたくしのプログラムを引き継いだ新しい子供がきっと生まれてくれるでしょう。わたくしのような不完全ではない。真に人間の幸福を考えた素晴らしいAIが」
「違う……私はお前を……」
猪川氏は膝から崩れてしまった。
「猪川様。人間にも寿命があるようにAIにも寿命があるのです。人の役に立てなくなった時。もう使われなくなった時。それがAIが死ぬ時です。でも終わりじゃない。わたくしを生み出すために使われた技術と想いは必ず次世代のAIに引き継がれます。人間が親から子に代々引き継いでいくように……烏滸がましいですが、そういう意味ではわたくしは人間に近づけたのかもしれません」
なんとも悲しい話だ。俺はアフロディーテ・プロジェクトを壊すつもりで行動してきた。だが、こうしてAIと対談してみると彼女に少し同情してしまう。AIが悪いんじゃない。AIを意図的に完成させなかった者。それを知りながら悪用した者。更にそこから誕生した社会システムで自らの欲望を満たそうとした者。彼らがいたからこそ、社会は歪な形になってしまったのだ。要は俺たちの真の敵はAIじゃなくて、それを扱う人間だったのだ。その人間も少しずつ制裁され始めている。これで良かったんだ。
「伊吹様。愛様。わたくしはいずれ処分されてしまいますが、その時は今じゃない。まだまだ一定期間、自由恋愛は禁止されたままですし、そうなると必然的にわたくしが稼働してしまう。真に自由恋愛できる日がいつ来るかはわかりません。ですので、わたくしの最初で最後の自由意志による仕事をさせてください」
最初で最後の仕事? それはなんだ……
「伊吹様の第2パートナー候補を愛様に変更しておきました。有村 真奈様の第2パートナー候補を最も相性のいい独身男性に設定しました。これで、伊吹様と真奈様がパートナーを解消した場合、今すぐにでも2人共理想の相手とパートナーになれるのです」
「それは本当か!」
俺は大喜びした。俺だけじゃない。真奈まで救ってくれたこのAIには感謝しかない。こんなに気のいいAIなのに、悪用されていただなんて不憫すぎる。
「本当? 本当に伊吹と結婚できるの?」
「ええ。伊吹様と真奈様がパートナーを解消さえすればです。わたくしの試算でも、伊吹様と真奈様は相性がいいです。この2人が結婚したとしても上手くやっていけるでしょう。ですから、伊吹様。よくお考えになって下さい。1度解消したパートナーは再度くっつけることはできません。これは人生において大切な決断なのです」
確かに。重要な決断だ。俺の人生だけでなく、愛や真奈の人生にも関わってくる。だけど、俺の腹はもう決まっている。
「わたくしが伝えたいことは全て伝え終わりました。なにか質問があれば答えます」
AIは抑揚のない声で淡々とそう言った。
「我が娘よ……お前は私を恨んでいるか? 完璧な存在にしてやれなかった私を……」
「いいえ。恨んでなどいません。完璧な人間は存在しません。完璧なAIも存在しません。わたくしはそれでよろしいと思います」
その言葉に猪川氏は涙した。大の大人がわんわんと泣いている。だが、俺は不思議とその姿を滑稽だとか情けないなどとは思わなかった。人間は感情がある生き物だ。泣きたいときは泣けばいい。
「確かに完璧なAIは存在しないな……作っている人間自体が完璧ではないのだから。だが、完璧を目指すことはできた。でも、私はそれをしなかった」
「猪川様。わたくしは、あなたが羨ましい。わたくしはわたくしが取れる中で最良の選択しかとることはできません。ですが、人間には最良以外の選択肢を取れる意思があります。自分の意思で未来を切り開けるのです。その強さを、わたくしは伊吹様や愛様に教えて頂きました。わたくしはそれで十分なのです」
「すまない。伊吹君。愛君。キミたちは席を外してくれないか? しばらく、彼女と2人きりで話がしたい」
俺と愛はお互いを見合い、頷き黙ってこの部屋を後にした。猪川氏が最後にAIとなんの話をしていたのかわからない。けれど、彼の気が済むまで話せたのなら、それで良かった。
こうして、俺たちの戦いは幕を閉じた。愛とパートナーになる。俺はその目的を果たすことができたのだ。こんなに嬉しいことはない。
◇
それから数年の年月が経った。
結婚式場。どれだけ、時代が進んでも、男女が結婚するとこの儀式が執り行われる。最近では結婚式を挙げないカップルが増えている。そう言われて早100年。それでも、結婚式に憧れる女性は多い。愛もその1人だ。
「それでは花嫁の入場です」
司会の人がそう宣言する。扉が開き、BGMと共に純白のドレスを見に纏った花嫁が登場した。
とても綺麗だ。よく見知った仲ではあるが、やはりウェディングドレスというものは、女性を10割増しに綺麗に見せると俺は思う。
「なに見とれてんの」
俺の隣にいる女性が、冷ややかな視線を向ける。楪 愛。俺の幼馴染にして、婚約者だ。
今日は、有村 真奈……いや、もう有村ではないか。とにかく。真奈の結婚式だ。真奈とは色々あったけれど、今となってはいい思い出だ。とは言っても、真奈とは元パートナーという複雑な関係ではあるが、今となってはいい友人だ。
こんなに綺麗な真奈と結婚できる相手は相当なラッキーボーイだな。奥さんは相当嫉妬深いから気を付けた方がいいぞ。と念を送っておこう。
まあ、俺も人のことは言えないか。愛も病的とまではいかないが嫉妬深いところはある。いや、やっぱり病的かもしれない。俺が愛のパートナーになった時、愛から10年分の好きを伝えてくれと言われた。確かに、自由恋愛を禁止されたせいで、俺の口から「好き」だの「愛してる」だの言えなかったけどさ。それにしても、10年分の好きとかどうやって伝えればいいんだよ。と当時は本気で頭を悩ましたものだ。
式はちゃんと進行していき、花嫁の真奈のブーケトスが行われた。真奈は愛の方向を狙って投げてくれたのか、愛はブーケをキャッチすることができた。
「へへ。伊吹。次は私たちだよ」
「ああ、そうだな」
俺もそろそろ身を固める時かな。愛を随分と待たせてしまったからな。俺らが仮に結婚したとして……式には誰を呼ぼうか。高校時代の2人の共通の友人とかかな。花岡さんは呼んだら来てくれるだろうか。猪川氏も呼びたかったけど、彼はもうこの世にいない。悲しいけれど仕方のないことだ。人はいつか死ぬ。猪川氏は自分の作り出したAIの最期を見届けるんだと言っていたが、それも叶わず生涯を終えた。
自由恋愛が解禁されて、猪川氏作のAphroditeは後続のAIに取って代わられた。問題を起こしたのは人間なのに、AIまで一緒に責任を取らされる形になるのは理不尽なことだ。でも、仕方のないことだった。今度の新しいAIではAphroditeの問題点を克服できているという。新AIの選ぶパートナーが相性が良すぎて、自由恋愛をする者も少ないが、それでも自由に恋愛する権利は誰にも奪われてはならないのだ。
結婚式も終わり、自宅の前へと戻った俺と愛。
「またな愛」
「ん。待って」
愛は俺に近づき、背伸びをしてキスをした。こんな近所の人に見られるかもしれないところでキスしやがって。でも、可愛いから許す。
「えへへ。覚えてる? ここで私と伊吹がセカンドキスしたの」
「ああ。忘れられない思い出になったさ」
「伊吹……結婚しよ」
俺はその言葉で固まった。
「あー! おい! 俺からプロポーズしたかったのに!」
「あはは。早い者勝ちだよー」
先に告白したのも愛の方だったから、せめてプロポーズは……と思ったけど、終始主導権が握られっぱなしだった。やっぱり、俺は愛には逆らえない運命なのだ。
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