第29話 AIと対談
休日。俺は自宅で勉強をしていると、突如インターホンが鳴った。今は他の家族が不在だから俺が出るしかない。ドアを開けると、そこには花岡さんの姿と停車してある黒い外車があった。
「伊吹君。元気だったか?」
「花岡さん。どうしたんですか?」
花岡さんは俺を監視していた施設の人間だ。俺の住所を知っていてもおかしくない。だけど、どうして訪ねてきたんだろう。
「辰野 伊吹。楪 愛。猪川 明人」
花岡さんは急に名前を列挙し始めた。なんだ。この3人の名前に何か意味でもあるのか?
「彼らと話がしたい……彼女がそう言ったんだ」
「彼女?」
「アフロディーテ・プロジェクトの根幹を担うAIの女神Aphrodite。猪川氏が開発したAIだ」
「なんだって!」
俺は驚いた。AIと話だって? 確かに対話できるAIも開発されて久しい。けれど、アフロディーテ・プロジェクトのAIが対話できるだなんて聞いたことがない。
「まあ、とにかく私の車に乗ってくれ。猪川氏と愛君も既に乗っている」
よく見たら、花岡さんの車の助手席に猪川氏が。後部座席に愛が乗っていた。愛は俺と視線が合うと手を振ってきた。俺も愛に手を振り返す。
俺は花岡さんの車に乗った。俺の右隣には愛が座っている。なんか落ち着かない。
「では、早速出発する」
花岡さんがシートベルトをしながらそう言い、車を発進させた。目的地はどこかわからない。アフロディーテ・プロジェクトのAIがある場所は公には秘匿されている。それは、この国の出生率の根幹に関わるシステムだからだ。様々な人間のデータを蓄積しているので、もしこのデータがクラッキングでもされたら一大事になる。だから、AIの場所を隠してあるんだ。
AIは本当は存在してなくて、政府の人間が勝手にパートナーを決めている。という言説も存在する。とは言ってもそれは都市伝説や陰謀論の域を出ない。
「Aphrodite……私が生みだした存在。いわば娘のようなものだ。彼女が今更私に会いたいなどと言うなんてな」
猪川氏は神妙な面持ちで前を見据えている。彼は彼なりに思うこともあったのだろう。自らの手で作り上げた意図的にベストを狙わないAI。彼はAIを作り出したことに責任を感じていた。
「花岡さん。どうして、AIは俺たちを呼び出したんですかね」
「私にもわからない。私はただ、キミたちを連れて来るように言われただけだ」
花岡さんも仕事で来ているだけか。俺は不安な気持ちを抱きつつ、目的地まで到着するのを待った。
◇
俺たちは山奥にある研究施設へと連れてこられた。車から降りた俺たち。ここに全ての元凶のAIがいるのか。
「この施設も老朽化してきたな。私がいた頃は新築だったんだけどな」
猪川氏が研究施設を見て目を細めている。彼はここに勤めていたんだろう。だから、懐かしさのようなものを感じているのかもしれない。
「近々、施設を移転するみたいですよ。流石に何十年も同じ施設は使えませんからね」
なるほど。今がちょうど移転のタイミングなのか。だから、ほぼ部外者の俺たちに場所を知られても問題ないというわけか。
「さあ、行こう。伊吹君。愛君。猪川氏」
花岡さんが先頭を歩く。そして、首からぶら下げていた入館証をスキャンする。それに反応してロックが解除されて扉が開く。なんだか、秘密基地みたいでワクワクする。
施設は無機質で殺風景な場所だった。花岡さんの後に続き、施設の廊下を歩いていくとある扉の前で止まる。
「ここに、わが国の中枢を担うAIがいる。さあ、伊吹君。キミが扉を開けるんだ」
花岡さんは突然俺を名指しした。俺はまさか自分に振られるとは思ってなかったので、心臓が口から飛び出る思いをした。
「お、俺!? こ、ここは年長者の猪川氏が行くべきなのでは?」
「ああ。私もそう思う。だが、AIが主に望んでいるのはキミとの対話だ。飯塚を倒し施設を崩壊させたキミにAIは興味を持っている。この対談の切っ掛けをつくったのは伊吹君。キミなんだ」
花岡さんは俺の目を真っすぐと見る。その目は真剣そのものだ。俺がAIの心を動かしたのか。でも、飯塚を倒せたのだって、みんなの協力があってこそだ。俺1人の力じゃない。
「伊吹。大丈夫。別にとって食われたりはしないと思うから。それに……」
愛は俺の手を握った。
「私が付いているから」
俺はその言葉に勇気を貰った。俺は愛に「ありがとう」と礼を言い、ドアノブに手を賭ける。そして扉を開けた。
中は予想していたものと違った。もっとSFの世界みたいに、緑色のディスプレイやモニターみたいなものが無数に表示されている空間を想像していた。しかし、ここにあるのは1つのディスプレイとマイクだけだ。
「猪川氏……これは?」
花岡さんはこの場にいない。彼はAIとの対談に呼ばれていないから、外で待っているのだ。ならば、この状況を知ってそうな猪川氏に話を訊くべきだろう。
「ここにはAIはいない。ここは遠隔地にあるAIとリモートで会話をするための場所だ。ここの機器以外とAphroditeは繋がらない。そういうセキュリティがかかっているのだ」
なんだ。俺はAIと直接会えることを期待したのに結局リモートか。
「ようこそ。辰野 伊吹様。楪 愛様。そして、私の創造主たる猪川 明人様。お待ちしておりました」
女性の声がスピーカーから聞こえてきた。これが、AIのAphroditeなのか?
「自己紹介をしましょう。わたくしは、アフロディーテ・プロジェクトの根幹となるAI。Aphroditeと申します。よろしくお願い致します」
「久しぶりだな。我が娘よ」
「猪川様……わたくしを作り出した存在。失敗作のわたくしを作り出した存在」
失敗作。その言葉をAI自身が発するとは思わなかった。なんなんだこのAIは。
「まずはみな様にお祝いの言葉を送ります。おめでとうございます。あなたたちはこのAIが支配する社会に反旗を翻し、見事に風穴を開けた。その穴はまだ小さいものではあります。だが、小さい穴でもそれが致命的になる場合があります。船だって穴が開けば水が入り沈みますよね? それと同じです。穴が開いた時点であなた方の勝利なのです」
「俺たちの勝利? どういうことだ!」
話が全然見えない。確かに俺はAIに逆らい、叛逆しようとしていた。だが、まだ自由恋愛を解禁したわけではない。勝利とはまだまだ全然程遠いのだ。
「そうだよ。今はまだ施設を潰しただけ。その施設が復活すれば、私たちは元の自由恋愛禁止の法律に縛られたまま。こんなの全然勝利じゃない」
「なるほど。それが人間の想像力の限界なのですか」
なんだこいつ。嫌味なやつだな。
「わたくしのシミュレーションでは、既にアフロディーテ・プロジェクトの崩壊は始まっているのです。施設で飯塚たちがしていた所業。それはとても人道的とは言えません。これが、一国に収まる範囲なら隠ぺいして終わっていたでしょう。だが。今回の一件は話が大きくなりすぎました。この情報は海外、諸外国に伝わりました。日本の施設は非人道的な人格矯正を行っていたと、その証拠が露呈したのです。これが意味することがわかりますか?」
「それは……外国の介入。第三者の干渉か!」
「そうです。飯塚たちがやっていたのは、国際法に抵触しかねない非人道的行為だったのです。内政不干渉の原則でどうにかできる問題ではない。日本は国際社会から批判されて孤立しかねない状況になったのです」
なるほど。内側から変えられないなら、外側から変えて貰えばいい。その発想はなかった。内政干渉は禁止されている行為だからな。だけど、原則には必ず例外がある。人の尊厳を踏みにじる行為をしてきた飯塚。その根底がアフロディーテ・プロジェクトにあるなら、その存在を疑問視されるだろう。
「日本政府はアフロディーテ・プロジェクトを廃止して、自由恋愛を解禁せざるを得ないでしょう。つまり、わたくしの役目は終わり。もう1度いいます。あなた達は勝利したのです。伊吹様と愛様は自由に結ばれる権利を得て、猪川様は不出来な私の始末をできたのです。本当におめでとうございます」
自身が敗北したというのに、このAIは俺たちを称賛している。AIは人のためにあるもの。だから、人間である俺たちが勝利したことに賛辞しているのだろうけど、それがなんとも機械的で不気味だ。AIに言うようなことじゃないと思うけど。
「なにがめでたい」
猪川氏がそう呟いた。
「私は……お前が役立たずになることを望んでいない! 不出来な娘を始末したかったんじゃない。完璧な娘にしてあげたかったんだ!」
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