第28話 愛とデート

 俺は愛に電話を掛けた。数コールの後に愛が電話に出た。


「もしもし。伊吹? どうしたの?」


「愛……その、俺たち2人で一緒に過ごさないか? 昔みたいにさ」


 現在の期間の自由恋愛は実質的に解禁されているとはいえ、デートという言葉は使いたくない。そのセリフを使うことをどうしても躊躇ためらってしまう。


「うん。いいよ。駅前で集合でいいかな?」


「ああ。大丈夫」


 集合場所を決めたところで、俺は駅前に急いだ。そして、待ち合わせ場所には既に愛がいた。


「伊吹。やっと来てくれた。遅いよもう」


「そんなに遅かったか?」


「うん。ずっと待ってた。10年以上ずっと」


 その言葉は俺の肩にずっしりと重くのしかかった。そうだ。俺は愛と出会ってから10年以上経っている。その間、ずっと愛を待たせていたんだ。こうしてデートできる日がやってくるとは思わなかった。


「じゃあ、行こうか。愛。お腹空いてないか?」


「うん。ちょっと小腹が空いているかも」


 愛はパートナーが見つかっていない。それはつまりデートの経験がないということだ。だが、俺は真奈というパートナーがいて、彼女と何回かデートしたことがある。年上の真奈にリードされている一方だったが、俺も真奈からデートの心得は教わった。経験値的には俺の方が上だ。だから、愛をちゃんとリードしてあげなくちゃ。


「うーん。小腹が空いているのか。なら、カフェかフードコートかな。愛はどっちに行きたい」


「気分的にはカフェかな」


「じゃあ、カフェに行こうか」


 というわけで、俺たちは近くのお洒落なカフェに行くことにした。店内は狭いながらも観葉植物、洋書などインテリアなどがあり落ち着いた雰囲気だ。


 ここはカップルに人気の店だ。周囲には男女2人組の組み合わせばかり。彼らはアフロディーテ・プロジェクトによって選ばれたカップルなのだろうか。


 愛は軽食とコーヒーを。俺は好物の紅茶を頼んだ。


「その……愛。ごめんな。俺のせいで施設に収容されかけて。怖かっただろ?」


 俺は愛に謝った。そのことについては触れるのは怖かった。愛は俺を恨んでいてもおかしくない。俺のせいで、施設に入れられるようになったものだから。


「ううん。気にしないで。伊吹が悪いわけじゃないから……実はね、伊吹だけじゃなくて私にも警告は来ていたんだ」


「え?」


 それは初耳だ。愛の方にも施設から警告が来ていただなんて。


「飯塚という女が私の目の前に現れて……このままだと私は施設送りになるって警告されてたんだ。そしたら、真奈さんから伊吹も施設から警告が来たって伝えられてビックリしちゃった」


 なるほど。愛は自分が施設から監視されていることを知っていたんだ。


「このままでは、私たちは一生監視されている身分になる。現状を打破するには施設そのものを潰さないといけない。だから、私は一芝居打つことにしたの。昔、読んだ漫画。卒業文集に書いた将来の夢。その2つを合わせて、罠をしかけた」


「あれは演技だったというやつか」


「うん。伊吹が気づいてくれてよかった。伊吹なら絶対に私を助けてくれるはず。そう思っていたから、出来たことなんだ」


「なるほど。愛は俺の行動を読んでいたというわけか」


「ううん。違う。伊吹の行動を読んでいたんじゃない」


 愛は首を横に振った。そして、一息ついた後に……


「伊吹を信じていたんだよ」


 その言葉を受けた俺はどことなく幸せな気持ちになった。自分が好きな相手に信じてもらえる。その喜びを噛みしめる。


「本当にここ数週間は辛かった。施設の監視のせいで伊吹と会えないし、施設に入れられている間は伊吹だけじゃない。家族にも友達にも会えなくて……本当に心が潰れそうだった」


 そう言う愛の表情はどこか暗くて儚げだった。本当に辛い思いをしたのだろう。本来なら、俺が愛を守ってやらなければならないのに。俺が愛に守られてどうするんだ。


「あ、そ、そんな暗い顔しないで。伊吹。もっと楽しい話題にしようよ。私の脳波測定の時の飯塚の吠え面おもしろかったよね」


 愛はケタケタと笑い出した。やっぱり愛には笑顔が一番似合っている。もっと笑った顔が見たい。


「ああ。確かに飯塚はいい気味だったな」


「ねえ。伊吹。あの脳波測定、どうやって切り抜けたの? 私、脳波測定された時絶対負けたと思ってた。だって、私、伊吹のことが……」


 そこまで言おうとして愛はハッと口元を抑えた。流石に誰が聞いているかわからない公共の場でこれ以上のことを言うのはまずいと判断したのだろう。


「ああ。あれはだな。アフロディーテ・プロジェクトのAI開発担当の猪川氏を知っているか?」


「んー。名前だけなら聞いたことあるよ。開発した当時は若かったんだよね。だから、今でもご存命の生きる伝説の人」


「その人に手を貸してもらった」


「そ、そうなの!?」


 愛は目を丸くして驚いている。愛は俺と猪川氏が繋がっていることを知らなかったのだ。驚くのも無理はない。


「ああ。猪川氏が脳波の測定装置に細工をしたんだ。そのお陰で測定器には、愛の波形じゃない別の波形が映し出されていたんだ。全く。あの人の技術力は凄まじい。彼が味方で本当に良かった」


「ふふふ。そうだね。伊吹にそんな凄い知り合いがいてビックリしたよ。やっぱり、私が施設に送られて良かった。もし、施設に送られたのが伊吹だったら……私じゃ伊吹を助けられるとは思えない。私には、そんな凄い伝手がないし」


 確かに。一歩間違えれば施設に入っていたのは俺の方かもしれない。俺の担当は、花岡さんだ。彼は良識人だから、飯塚ほどひどい目に遭わされないだろうけど、それでも人格を変えさせるほどのなにかを受けてしまう可能性がある。


 俺も愛もそれぞれが注文したものを飲食し終わった。その後も俺たちは適当な雑談をした。愛がいない間、学校で起こったことを話して盛り上がった。そして、愛救出後に俺が真奈の家に入り浸っていたこと。それを伝えたら、愛にしばかれそうになった。



 カフェを後にした俺たちは愛の家の目の前まで来ていた。俺の家も目と鼻の先ではあるが。


「伊吹。今日は誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」


「うん。愛も思ったより元気そうで良かった。施設での出来事がトラウマになって心が病んでいるんじゃないかって心配してたんだ」


 愛が俺の鼻を指でペシっと弾いた。


「あいた」


「そう思うんだったら、もっと早く私と一緒にいてよ。真奈さんのところに入り浸ってないでさ」


 愛はふくれっつらになって怒っている。そりゃそうか。自分を放っておいて、他の女のところに行っていたとか怒られても文句は言えない。


「その……伊吹。アレ……しよっか」


「アレ……?」


 愛が言おうとしていることがよく理解できない。俺も察しは悪くないほうだと思うが……どうしても女心というものは完全には理解できない。


「キス……あんな成り行きだけのキスじゃなくて、ちゃんとしたキス」


 愛はもじもじとしていて照れている。その様子は可愛いのだが、言っていることはとんでもない。こんな外で、公衆の面前で、自宅の目の前でキス? ご近所さんに見られたらどうするんだ。


「ダメ……かな?」


「えっと……場所が……」


「だったら」


 愛が俺の手を引っ張る。そして、愛の家の庭の茂みに俺を連れ込んで、押し倒す。


「わ……あ、愛! ん……」


 俺が声をあげようとすると、その口を愛の唇が塞ぐ。俺は声を発しようとするのをやめて、成り行きに身を任せることにした。


「お外でキス。ドキドキするね」


 愛の口角が上がる。その微笑みは天使というよりは小悪魔的で、男を翻弄する淫魔のような微笑みだ。


 まさか、愛がこんな大胆なことをするとは思わなった。これが愛とのセカンドキス。俺からしてあげたかったのだけれど、またもや愛に主導権を握られてしまっている。


「あはは。また、私との忘れられない思い出できちゃったね」


 愛はとんでもない女の子なのかもしれない。でも、こういう力関係も嫌いじゃない。この時、悟ってしまった。俺は愛に逆らえない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る