第25話 舌戦

 運命の日。俺たちが施設に向かって異議申し立てをする日だ。このチャンスはたった1度しかない。施設側が集めた証拠が不十分であることを立証する。でなければ俺たちに勝ち目はない。


 愛。待っていてくれ。すぐに助けてやるからな。


 俺と愛の母親と愛の友人は施設へと出向いた。受付で楪 愛の収容に異議申し立てをすると言う。すると、特別な手続きを必要とせず、あっさりと了承してくれた。


 受付の人に案内されるまま俺らは待合室に案内された。


「大丈夫かな?」


 愛の友人がそわそわし始めた。俺も気持ち的には同じだ。だが、ここで彼女の不安に同調したら、不安な気持ちが伝染してしまう。ここは毅然として戦うべき場面なのだ。


「きっと大丈夫だ。愛を救う。そのために俺たちはここまで来たんだ」


「そうね。私たちがトチったら、愛は救えなくなる。だから、私たちがしっかりしないと」


「愛……」


 愛の母親は胸の当たりで手を組んで祈りを捧げている。藁にも神にも縋りたい気持ちなのだろう。


「お待たせしました」


 待合室にやってきたのは愛の矯正担当の飯塚だった。やはり、この女が出て来たか。この女の所業は知っている。もし、俺がここで愛を救えなかったらこいつが、愛の人格を歪めてしまうのだ。それだけは絶対に避けなければならない。


「本日は、楪 愛の施設収容に関して、ご家族及び友人の異議申し立てということでよろしいでしょうか?」


 飯塚は笑顔でこちらを見た。その笑顔は嘲の意味合いが滲み出ている。こんなことしてもどうせ無駄だと表情で訴えている。確かに、これまでの異議申し立ては殆ど棄却されてきたことから、俺たちのやっていることは無駄に思えるだろう。だが、それを無駄にしないために俺たちはここに来たのだ。


 飯塚に思い知らせてやる。俺たちの想いを!


「はい。楪 愛は辰野 伊吹のことが好きではない。それなのに施設に収容されてしまった。これは歴とした違反行為です。だから、異議申し立てに来ました」


 俺は不安、恐怖、そういう感情をおくびにも出さずに飯塚と視線を合わせた。


「やれやれ。わたくし共も慎重なる調査を続けた結果、収容を決断したのですがね。わたくし共の決断を覆すだけの証拠がそちらにおありなので?」


 そんなもの出るはずがない。飯塚はそうたかを括っている。それこそが付け入るチャンスだ。


「はい。証拠というよりかは……そちらの証拠があまりにも弱い。その指摘に来ました。人1人収容するのに十分たる証拠がない。そのことを証明してみせます」


 俺の発言に対して、飯塚は机を指でトントンと叩いて不敵な笑みを浮かべる。


「なるほど。そう来ましたか。ふふふ。面白いですね。私が搔き集めた証拠。それのどこに不備があるのか。それを教えて欲しいですね」


 こうして、俺たちと飯塚の戦いが始まった。怯むわけにはいかない。飯塚が提示する証拠1つ1つを打ち崩していく。そうして、愛の自由を勝ち取るんだ。


「まず、楪 愛が辰野 伊吹のことを好いている証拠。その1つ目は、楪 愛と辰野 伊吹は幼少の頃から結婚の約束をしていました。これは事実ですよね?」


 飯塚が流し目でこちらを見て来る。これは事実だ。下手に嘘をついて、証拠を提示されたらこちら側が偽証罪に問われかねない。


「はい。事実です。俺と愛は結婚の約束をしました」


「なるほどなるほど。2人はそんな小さいころから愛し合っていたのですね。これで証拠が更に補強されました」


 飯塚は俺に向かってウインクをした。仕草の1つ1つが本当に腹が立つ。


「結婚の約束は確かにしました。しかし、それは幼少の頃の話です。男女の幼馴染なら1度はやることではないですか?」


「ええ。そうね。でも幼少の頃はお互い悪い感情を持っていなかったのは事実ですよね?」


「小さい頃仲が良かったからって大人になってからでも、仲がいいとは限りません。飯塚さん。あなたにもいるんじゃないですか? 小さい頃は仲良かったのに、大人になった今では全く会わない友人が」


「今は私の話などしていません。論点をすり替えないで下さい」


 飯塚は冷静に返した。飯塚自身にも思い当たることを言って、なんとか同調させようとしたが逆効果だったようだ。ダメだ、今は完全に飯塚に押されている。


「小さい頃の約束なんて、つい最近まで忘れてましたよ。実際、俺は有村 真奈。彼女とパートナーになった際に、愛を含めて他の女子とは一切の交友を断ちました。結婚の約束が有効なら、そんなことしませんよね?」


 他の女子と交友を断っていた。それは事実だ。ここに来て、真奈の嫉妬深さが役に立つとは思わなかった。現に俺が他の女子と会話を一切しなかったことを証言できる女子がここにいる。


「ええ。辰野君が言っていることは事実です。辰野君が有村さんと交際を始めてからは、私たちは辰野君に話しかけても無視されてました。愛もそれは同じです」


「えーと……それは事実ですかね? もし虚偽なら、あなた達は偽証罪に問われますよ?」


「疑うのでしたら、俺たちのクラスメイトに確認してみたらどうですか? 難だったら、俺のパートナーの真奈にも確認するといいですよ。彼女は俺の携帯端末に盗聴器を仕掛けてました。そのデータも残っていると思います。俺が長い間、愛を含む女子と会話をしなかったことがわかると思います」


 そこは仮に確認されても問題ない。事実なのだから。


「え、ええ。わかりました。一先ず、それを信じましょう。ですが、あなた方は、ずっとその会話を断絶していたわけではありませんよね?」


 飯塚はすかさず食らいついてきた。だが、俺は精神的優位に立っていた。俺と真奈に言われて学校の女子と話さなかったこと。その事実を知らないということは、完全に飯塚の調査不足だ。この一連のやり取りで発覚したことは、飯塚の調査が杜撰ずさんだったこと。付け入る隙が出てきた。


「はい。そうです。女子との会話は諸事情により、再会しました」


「その諸事情というのは……?」


「話の本筋と関係ないので省略します」


 俺は飯塚の質問を無視して、話しを続ける。


「その後、愛と話す機会がありました。しかし、今度は愛が私のことを無視して、避けるようになりました。このことは同級生である彼女も知っていることです」


「はい。愛は辰野君と会話をしたがらないし、辰野君が近くに寄ると逃げてました。本当に好きだったら、好きな相手にこんな冷たい態度は取らないですよね?」


 俺が討論会で、自由恋愛を否定した。そのことで愛は深い悲しみに包まれて、俺を避けるようになった。その時の出来事が今になって効いてきている。この事実を大袈裟に吹聴してやれば、大きな証拠になるだろう。


「ぐ、ぐぬぬ……喧嘩をすれば誰だってそういうことにはなるでしょう。それに好きな相手にあえて冷たい態度をとる女子というのも存在します。ツンデレでしたっけ? 100年以上前に流行りましたよね? 楪 愛はという性格の持ち主だったのですよ」


 無理矢理な論法で俺たちの主張を退けようとする。


「そんなこと言ったら、誰に対しても恋愛感情というものをでっちあげることができます。冷たい態度を取った相手のことが好きだと言うのなら、世の中は自由恋愛だらけですよね? あなた方の施設では、そういうことをして数字を稼いでいるのですか?」


「そ、そういうわけでは」


 無実な人をでっち上げて施設に収容する。そのことは例え事実無根な風評であっても避けなければならない。無実の人間をでっち上げで故意に施設に入れるのは歴とした法律違反だ。そこを突かれたら、施設内で天下を取っている飯塚もただでは済まない。


「なるほど……辰野 伊吹と楪 愛は幼稚園の時こそ結婚の約束をしたが、現在では仲が悪いと。そう主張するのですね」


「はい。俺は愛のことを好きでもないし、愛も俺のことは嫌いだ。だから、この収容は間違っている!」


 俺は声を大にして主張した。すると、飯塚は不敵に笑いだした。

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