第23話 証拠不十分
俺は愛の部屋を隈なく探した。しかし、出て来るのは俺のことを想ってくれている証拠ばかりだ。小さい頃愛にプレゼントしたドングリの首飾り。それを愛は未だに大切に持っていてくれていることがわかった。
完全に手詰まりだ。大体にして、人が人を好きでないことをどうやって証明すればいいんだ。俺は途方に暮れるしかなかった。
結局、その日俺は愛の部屋を後にして家に帰った。俺の頭は愛を助けることでいっぱいだった。夕食を食べている時も、風呂に入っている時も、これから眠りにつこうとしている時も。
しかし、俺がどれだけ思案しても妙案は浮かぶはずもなく。ただいたずらに時がすぎていくだけだった。
◇
翌日。俺は学校に行った。しかし、みんなが付き刺すような視線で俺を見てくる。どことなく、俺は避けられていることを感じた。周りがヒソヒソと話し声をする。会話の内容はよくわからないけれど、俺のことをなにか言っているような気がする。それが俺の被害妄想なのかどうはかわからない。けれど、この内容が聞き取れるか聞き取れないかわからない程度の会話は、俺にとって非常にストレスとなった。
俺も薄々避けられていることを感じていたので、特に誰かに話しかけるようなことはしなかった。そんな俺が1人でトイレに行っている時に、友人とバッタリ出会った。
「伊吹。お前……」
クラスでも孤立している状態の俺の友人が俺に話しかけて来てくれた。
「愛ちゃんのことは気の毒だったな。みんなは、『パートナーがいるのに、愛ちゃんを誑かした』とか言っているんだ」
「そうか。薄々そんな扱いを受けている予感がしてたよ」
「でも、俺はお前のことを悪くないと思ってる。みんなからの視線は痛いかもしれないけれど、俺は味方だからな」
「ああ。ありがとう。だけど、お前も俺に話しかけるのはやめた方がいい。お前まで白い目で見られるぞ」
「伊吹!」
俺の名を呼ぶ友人の声を無視して、俺はトイレから出た。アフロディーテ・プロジェクトで生まれた子は、いじめとか差別とかはしないように遺伝子を操作されている。だから、表立って俺が槍玉にあげられたり、酷い扱いを受けることはないだろう。
だが、やはり人間というものには好き嫌いの感情はある。危険なものを排除したり、気に入らないものを忌避する。そうやって取捨選択をしてきたから、人間は
「辰野君。ちょっといい?」
愛の友人が俺に話しかけてきた。その表情はとても冷たい表情をしていた。俺を心底軽蔑しているような。こいつにとって、俺は友人を施設送りにした憎い相手。どんな酷い詰られかたをしても文句は言えない。
「ちょっとそんなに嫌そうな顔をしないでよ。別にあなたを責めるつもりとか一切ないから」
「そうなのか……?」
「私は愛を助けたい! だから協力して!」
愛の友人は俺の目を見て真っすぐとそう言った。その表情は真剣そのもの。本気で愛を助ける気でいるものの顔だ。
「辰野君。施設に送られてもすぐに人格矯正プログラムが始まるわけではないの」
「ああ。それは知ってる。施設に入れられてから7日間は猶予があるんだろ? その間に第三者が異議申し立てをし、棄却されなければ愛は無事に解放される」
「知ってたんだ」
愛の友人もそのことを知っているってことは、本気で愛を助けようと思って色々と調べたのだろう。今の時代はネットですぐに物を調べられる時代だ。法律の詳しい制度も分厚い本を開かなくても、わかりやすく噛み砕いた文章で掲載されているのだ。
「愛が施設に入れられてもう1日が経過しているの。だから、後猶予は6日しかない。だから、辰野君。力を貸して。あなたも愛を救いたいんでしょ!」
正に渡りに船の状況だ。俺もできるだけ愛を救うためにできるだけ多くの協力者が欲しかった。少しでも情報は多い方がいい。
「ああ。俺も愛を救いたい。だから、できるだけ多くの情報を集めたいんだ。愛が俺を好きではない証拠が欲しい」
「愛が辰野君を好きではない根拠ねえ……そんなものあるのかな。正直、友人である私の目から見てもあの子は危うかった。辰野君を見る目が完全に恋する乙女のそれだったもの。だから、いつかはこんな日が来るんじゃないかって思ってた」
マジか。俺はそんな視線に全く気付かなかった。俺が愛の好意に気づいたのも最近のことだし。
「とにかく。まず覆さなきゃならないのは……愛が俺にキスしたことと告白したこと。この2つをしてもなお、俺のことが好きじゃないと断ずるだけの根拠が必要なんだ」
「改めて聞くと結構な無理難題ね。女子は好きでもない相手とキスしたりできないもの。それこそ、キスできるのは女優くらいなものね」
女優……なんかその言葉が妙に引っかかる。なにか突破口のようなものをそこに感じた。
「なあ、愛って役者とか女優とか目指していたりしないか?」
「さあ。そういう話は聞いたことがない」
「はあ……やっぱりか。もし、愛が女優を目指していたのなら、あれは演技だって言い訳ができたんだけどな」
もちろん、そんな演技でしたが簡単に通るとは思えない。けれど、可能性の1つとして突破口は残しておきたかった。
「そもそもの話。どうやって、相手が好きなことを証明するんだろうね」
愛の友人が何気なく放った一言。それが、俺にある閃きを与えた。
「そうだ。逆だ」
「え? 逆ってなに?」
「発想を逆転させるんだ。愛が俺のことを好きじゃないことを証明するんじゃない。愛が俺のことを好きなことを証明させないようにするんだ」
「どういうこと?」
まあ、そういう反応になるわな。
「要は、嫌疑をかけた側。それが楪 愛が辰野 伊吹のことを好きなことを証明しなきゃいけないんだ。その証明を妨害すれば、証拠不十分ということになる。つまり愛は善良な市民のままでいられるんだ」
「理屈の上ではそうだけど難しいね。その証明は意図も容易くできるもの。大勢の生徒と施設の職員2人。彼らが見ている前で愛は、辰野君に告白して、キスをした。60を超える目がそれを見ていたんだから、それを覆すのは不可能。施設入りをした時点で相手はある程度の証拠を掴んでいるの」
確かに言われて見ればそうだ。だが、言い換えれば根拠はそれだけしかないのだ
「それでも状況証拠にしかなりえない。物的証拠。科学的根拠に基づいた証明がなければ、愛の有罪は立証できないはずだ」
「物的証拠? それはなに?」
「今は、脳波でその人物が恋愛しているかどうかわかる時代だ。だから、俺たちは愛の脳波測定を要求する。その結果次第では逆転できるかもしれない」
「な……!」
愛の友人は口を開けて驚いている。
「そ、そんなことできるの?」
「ああ。これだけ状況証拠が揃っている状態なら、脳波を測定させるまでもないと判断されるだろう。だから、残り6日間。施設が集めたであろう状況証拠。その1つ1つが無効だと訴えていくんだ。全て受け入れられる必要はない。状況証拠を数個の効力を奪えば、証拠不十分になる。そうしたら、新しい物的証拠を欲しがるのは施設の方だ。だから、それを逆に利用してやる。それで愛の脳波に異常がなければ、俺たちの勝ちだ」
「確かに……理屈の上ではそうかも。でも、脳波測定の結果次第では愛に追い打ちをかける結果になってしまうかもしれない」
「ああ。そうだな。脳波測定で俺のことが好きだと判定された終わりだ。そして、十中八九そうなる。だから、俺たちはするしかないんだ……」
俺は一呼吸を置いた。自分でもこれから口にすることは恐ろしいことだと思う。けれど、やるしかない。バレたら俺たちはまとめて犯罪者になるが、やるしかない。
「不正だ――不正をして、測定を誤魔化す」
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