第22話 愛救出作戦

 俺は愛を助けるために色々と画策することにした。しかし、どうしたものか。愛が俺のことを好きじゃない。っていう手がかり。でっちあげでもなんでもいい。現状を覆すだけのなにかが俺は欲しい。


 俺は、愛の家に言ってみることにした。インターホンを鳴らすと、愛の母親が出てきた。


「伊吹君……!」


 愛の母親を俺を見て、ギョっとしたと思ったら鬼のような形相で睨みつけてきた。


「なんの用なの!」


 どうやら歓迎されてないようだ。それはそうか。俺のせいで愛は施設に入れられたようなものだ。俺が愛の人生を台無しにしてしまったんだ。


「愛のことはすみませんでした。俺は愛を守ることができなかった」


 娘と引き離される母親の気持ち。それがどれだけ辛いものかは、子供がいない俺には推し測ることはできない。きっと俺のことを心底憎んでいるに違いない。


「そうよ! あなたのせいで、愛は……愛は……うぅ、うっ……!」


 愛の母親はこの場で泣き崩れてしまった。そんな愛の母親の様子を見ていると俺は酷く胸が痛んだ。


 この人のことは小さいころから知っている。小さいころは、大人はなんでもできて、頼りになって、凄い存在だと無条件でそう思っていた。けれど、こうして成長した今、愛の母親のこの狼狽っぷりをみると、この人も俺と変わらない人間なんだなと思った。


 大人だって万能じゃない。無力な時だってある。そんな当たり前のことに気づかされたような気分だ。


「お母さん。落ち着いて聞いて下さい。俺は愛を助けます」


「助けますってどうやって助けるって言うの! 施設に入れられたら最後。人格を変えられてしまうの! 私だって、長く生きているし、施設に入れられた知り合いもいる。彼らがどういう末路を辿っているか嫌と言う程知っている」


「7日間。それが愛を助けられるタイムリミットです。その間に俺たちが愛の施設入りに異議申し立てを立てる。そうすれば、愛を解放できるかもしれません」


「え?」


 俺は全てを包み隠さず愛の母親に話した。施設に入れられても7日間の猶予があること。その間に異議申し立てをして受け入れられると愛は解放されること。ただし、解放された前例はほとんどないことを。


「可能性としてはごくわずかなものです、でも、俺は愛を助けたい」


 俺は真摯に愛の母親と向き合った。


「無理よ……だって、あの娘の部屋を調べたところで、伊吹君のことが好きな証拠しか見つからないもの」


 俺が今欲しいのは、愛が俺のことが好きな証拠じゃない。俺を好きじゃない可能性がある証拠だ。


「でも、探せばなにか見つかるかもしれない……」


「そうね。可能性はゼロに限りなく近いのかもしれない。けれど、可能性がゼロじゃない限りは諦めたくないものね。変に希望を持てばダメだった時により傷つくというのに。それでも、助けたいのは母親だからかな」


 愛の母親は憑き物が落ちたような表情をした。先程までに俺に向けられた怒りの表情は全く感じられない。


「伊吹君。愛の部屋に上がってもいいよ。ただ、あの娘も年頃の女の子なの。あんまり変な所は調べないでね」


「はい。わかりました」


 俺は愛の家にあがり、愛の部屋へと向かった。


 愛の部屋に入ると、少し違和感のようなものを覚えた。俺は今まで、愛と一緒にこの部屋を訪れることはあった。けれど、1人でこの空間にいることはほとんどない。愛がトイレとかで離席することはあったけども、その時もほんの数分だ。こうして、1人で愛の部屋に訪れる機会など一生ないと思っていた。


「愛……ごめん。ちょっと調べものをさせてもらう」


 俺は愛の部屋を調べることにした。タンスとかクローゼットの中は流石に開けないようにしよう。女子の衣類をまじまじと調べるとか変態のすることだ。俺が調べたいのは、愛が俺を好きじゃないという記録だ。俺に恋愛感情を抱いていない証拠をなんとかして見つけたい。


 まずは、俺は机を調べることにした。こういう時、手がかりになるのは日記だ。そう相場は決まっている。俺は愛の机を隈なく調べた。しかし、日記のようなものは出てこなかった。そりゃそうか。今時、日記なんて付ける高校生いないか。仮につけたとしても今では、SNSで全世界に公開するのが主流だもんな。面白い日記を書ける人はブログでも稼げるし。とは言っても、ブログも昔ほど稼げなくなってきているからな。


 本棚とかも調べてみるか。愛はどういう本を読んでいるんだろう。勉強関連の本はあるし、結構小説とかあるな。昔は漫画しか読んでないイメージだったけれど、愛もこういうの読むようになったんだなとシミジミ思った。


 ある1冊の小説を手にしようとした時、俺の携帯端末が鳴った。誰かから着信があったようだ。


「誰だ……?」


 俺が通信に出ると携帯端末に見覚えがある顔が映し出された。飯塚という女だ。


「きゃは。辰野 伊吹くーん。こんにちは。私のこと覚えてる?」


「忘れもしない。愛を連れ去った女……!」


 俺は怒りで顔を歪めた。すると、画面の飯塚がけたけたと笑い始めた。


「あはは。顔がこわーい。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうよ。キミのパートナーにも愛想をつかされちゃうよ」


 飯塚は一体何の用で俺に通話をしかけてきたんだ? 全く理解ができない。


「おんぎゃあーおんぎゃあー」


 背後から野太い男性の声が聞こえる。声こそは成人男性っぽい声だが、その発言内容はかなり異質。まるで、赤ん坊が泣いているかのような声だ。


「あらあら。僕ちゃん。もうママに甘えたい甘えたいになっちゃったの? ふふふ。ちょっと待っててね。ママは今忙しいんでちゅから」


 飯塚は視線を右下に向けてそう言った。位置関係的には、先程の声の主が飯塚の足元で這いつくばっているのだろうか。俺の画面では見えないが、想像するにおぞましい光景だ。


「ごめんね。伊吹君。ウチには甘えん坊の子がいっぱいいるの。ふふふ。愛ちゃんもすぐに私の可愛い赤ちゃんに生まれ変わるの」


「やめろ!」


 俺は思わず大声をあげてしまった。愛が赤ちゃんになるだと。冗談じゃない。健全な精神を持っている女子を幼児退行させるなんて、どういう神経しているんだこの女は。


「一体何が目的なんだ」


「ふふふ。伊吹君。あなた、どうせ愛ちゃんを助けようだなんて思っているんでしょ? キミ頭いいからね。そうした制度の穴をついてくると思ったよ」


 どうやら、飯塚には俺のしようとしていることがお見通しのようだ。


「まあ、無駄だと思うけどね。こっちも確固たる証拠があって愛ちゃんを収容したわけだから。ほら、愛ちゃん。伊吹君だよー」


 そう言うと飯塚は背後にある窓を開けた。窓の先にいたのは、椅子に座っている愛だった。


 愛はこちらに気づくとハッとした表情になり、立ち上がり窓の近くへと向かって来た。


「伊吹!」


「愛!」


「ふふふ。まるで引き裂かれた恋人のようなリアクションありがとう。でもね伊吹君。私がどうして愛ちゃんの様子を見せたと思う?」


「え?」


「私が最も好きなことはね。幼児退行させる相手を大切に想っている人。その人に段々と心が折れて赤ちゃんに堕ちていく過程を見せつけることなの」


「な!」


 なんて悪趣味なやつなんだ。


「どう? 楽しみでしょう。キミの大好きな愛ちゃんが私のことをママと崇拝するようになるまで、もうそんなに時間がないよ。今の内に大人の愛ちゃんを堪能しておきなさい。そうしたら、愛ちゃんが赤ちゃんに堕ちた時にもっと深い絶望に見舞われるから」


 もし、愛が幼児退行するような映像を見せられたら……俺の心は壊れてしまうかもしれない。


「伊吹! 私は平気……平気だから! だから、伊吹は……私のことを忘れて幸せになって!」


「な、なにを言っているんだ愛!」


「あははいいねえ。燃えてきた。強い意思を持っている子ほど赤ん坊に仕立て上げるのが楽しいからね。それじゃあそろそろ通話切るね。ばいばーい」


 飯塚は通話を切った。まずい。絶対に愛を救出しないと。あの女は危険すぎる。

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