第21話 努力の天才

「生まれた才能が努力ってどういうことですか?」


 努力と才能は敵対しているイメージがある。努力の天才と言われてもイマイチ、ピンとこない。


「そのまんまの意味だ。努力をするのにだって才能がいる。効率のいい方法を見つけたり、適切な休憩をしたり……闇雲に反復練習をするだけが努力ではないことはキミも理解できるだろ?」


「まあ確かに……努力の仕方が天才的ってことなんですか?」


「ざっくり言うとその通りだ。努力を続けられる根気も持ち続けている。そして、この才能の最も恐ろしいところは、努力は伝染するんだ」


「努力が伝染?」


 どういうことだ? 病気じゃあるまいし、伝染だなんて言われても理解ができない。


「努力の才能を持っている者と一緒に行動した者は、その人物に感化されて一緒に努力をするようになる。そして、能力を飛躍的に上昇させるんだ。よく言うだろ。競い高め合う仲間。ライバルがいた方が能力が伸びると」


 確かに……俺も愛と一緒に勉強するようになってからは学力が飛躍的に伸びている気がする。


「だから、伊吹君。キミが愛君と一緒に努力をすることによって、とんでもない能力を発揮することになる。それこそ、革命を起こせるほどの力をね」


 花岡さんの言っていることは理解できた。でも……


「愛はもう施設に入れられてしまった。もう、俺と愛は力を合わせることなんてできないんだ」


「まあ、そうだな。キミはただの高校生に過ぎない。国が管理している施設に対して立ち向かうなんてバカのすることだ。愛君を助け出そうとする選択は賢くない」


 それは痛いほどよくわかっている。俺は、まだ無力な高校生なんだ。10代の少年少女が大人ですら対処できない怪物に立ち向かう。そんなものはフィクションの中の世界だけだ。現実の10代は弱くて、無力で、大人の力に頼らなければなんにもできないガキでしかないのだ。


「伊吹君。私はキミに真実を話した。これで、キミたちを取り巻く環境を理解してくれたと思う」


「はい。よく理解できました。でも、花岡さんはどうして、そのことを俺に教えてくれたんですか?」


「私には妹がいた……妹はAIによってパートナーを選出されて、そのパートナーとの関係も良好。結婚の約束までしていたさ。幸せな日々を送っていた……あの運命の日までは」


 花岡さんは奥歯を強く噛み締めている。


「妹は事故にあった。その結果、子宮がかなり損傷してしまった。そのせいで、妹は子供が生めない体になってしまったのだ……婚約者の男性は、それでも妹を愛していた。一緒にいたいと、結婚したいと言ってくれた。だが、AIはそれを許さなかった。妹が不妊症だというデータを手に入れたAIは、妹と婚約者を引き離したのだ。アフロディーテ・プロジェクトの目的は次世代に優秀な遺伝子を残すこと。子供を生めなくなった妹と、健康的な精子を持つ婚約者。この2人は絶対にくっつけてはいけないとAIは判断した」


 俺は怒りで頭がどうにかなりそうだった。そんな酷い話があるというのか。愛し合う男女がいて、その片割れが事故に遭い。その人が一生残る傷を負ってしまう。それを支えようとする人を引き離す。とんでもないことだ。


「それがAIの選択なんですか……とんでもないやつですね」


 俺も愛と引き離されて見てよくわかる。好きな人を無理矢理、他者のせいで引き離される。それはとても辛いことだ。耐えられないことだ。


「ああ。猪川氏は万一パートナーが解消された時のために、第2候補を選定するようにプログラムを組んでいた。猪川氏に悪意はなかったのだが、AIを使う側の人間が悪意を持っていたのだ」


 花岡さんは拳を握りしめた。花岡さんの顔が鬼気迫る表情をしている。この世の全てを憎んでいるようなそんな表情だ。


「もし、この世に自由恋愛禁止法なんてなければ、妹は婚約者と別れずに済んだのだ。あの素晴らしい青年と離れなくて済んだ。勝手にくっつけておいて、勝手に引きはがす。私は妹の幸せを奪ったこの法律を許さない……以上が私の個人的な感情だ」


 花岡さんの表情が元に戻り、穏やかな顔になる。さきほどの怒りに満ちた顔とは違い、きわめてクールな表情だ。


「私には私の立場がある。だから、国にAIに立ち向かうことはできない。だから、伊吹君、キミがもしAIと戦うことになっても私は応援も協力もできない。キミに情報を提供する。それが私にできる精一杯のことだ」


 花岡さんは、それだけ言うと俺に背を向けて歩き出した。


「さて、私はそろそろ現場に戻らせてもらうよ。じゃあな。未来の革命者さん」


「ま、待ってください!」


 俺は花岡さんを呼び止めた。俺の声に反応したのか花岡さんの足が止まる。


「俺はこれからどうすればいいんですか! 愛も奪われて……俺には進むべき道が見えないんです」


 進むべき道が提示されていない。それがどれだけ辛いことか。自分が進んでいる道が正解なのか不正解なのかわからない。俺は、どこに向かって歩いていけばいいのかわからない。


「辰野 伊吹!」


 花岡さんは俺を急に怒鳴った。俺は思わず、ビクっとしてしまった。


「惚れた女がいるんだろ? その女が悪いやつに捕まってるんだろ? だったら、やることは1つだろ。ヒーローになろうぜ」


 そんなこと言われても俺にはどうしていいのかわからない。施設の場所は調べればわかるだろうけど、俺が突入したところで不法侵入として扱われるだけだ。


「まあ、1つだけいいことを教えてやる。施設に送られてすぐに人格を矯正されるわけじゃない。7日間。7日間の猶予がある。その間に、この人物は本当に矯正プログラムを受けるのに相応しいか審査が入る。この期間なら……外部からの異議申し立ても可能だ」


「それって……」


「私は方向は示してやった。道を作るのは、伊吹君。キミしかできないことだ」


 花岡は再び歩き始めた。その背中は今まで見たどんな大人の男よりも頼りになる背中だった。


「花岡さんありがとうござました」


「礼を言われるようなことはしていない。むしろ、キミに恨まれる覚悟すらある。私はキミに戦いをけしかけたのだからな」


 とんでもない。俺が喧嘩を売る相手は国だ。AIだ。それは俺の意思で決めたことだ。誰にそそのかされたからではない。俺が、愛を助けたいから、愛と結婚したいからすることだ。


 俺は花岡さんに感謝をして、自宅へと戻った。



 俺は早速、施設のことについて調べてみた。花岡さんの言う通り、施設に収容された人間は7日間の拘束の後に審査が行われる。この間に、異議申し立てをできるというのだ。だが、この異議申し立てが成功した事例は過去にはほとんどない。施設に入れられるのは入れられるだけの事情がある。それを覆すだけの正論、証拠を提示できなければ、異議申し立ては却下される。


 なんだか、裁判で被告人を無罪を勝ち取りにいく弁護士のような心境だ。有罪率が99%を超えていて、有罪は当たり前。それでも被告人を信じ、無罪を主張する。中々、心が折れることだな。自分の人生に、自分以外の誰かの人生を賭けるのって。


 一番手っ取り早いのは、愛が俺に対する恋愛感情がないことを証明すればいいのだ……無理だな。俺たちは大勢の前でキスをした。しかも愛は俺に対して「愛している」と発言している。誰がどう見ても真っ黒。有罪以外の何物でもない。


 最早、愛を助けるのは不可能なのだろうか。ここから逆転できる材料をなんとか見つけ出さなければならない。


 改めて状況を整理すると本当に苦しいな。だけどやらなきゃならないんだ。革命を起こすのには愛の力が必要だ。愛の感染する努力の才能。それがあれば、俺は頑張れるんだ。奇跡を起こす努力ができるんだ。


 俺は奇跡を信じて、行動を開始した。

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