第20話 伊吹と愛と真奈の真実

「まずは、有村 真奈という女性について話そう。彼女は長年パートナーが割り当てられてこなかった。それはどうしてだと思う?」


 花岡が俺に疑問を投げかけてきた。その疑問に対して俺は考えを張り巡らせた。


「それは……真奈と性格が合う男がいなかったか、真奈とパートナーの好みが合致する組み合わせがなかったとか?」


 俺は考えうる限りの答えをぶつけてみた。


「あはは。まあそうだな。そういうケースもないわけじゃない。でも、適齢期の男女は何千万人といるんだ。性格、好み、家庭環境。余程劣悪な存在じゃない限りは、パートナーは見つかる」


 確かに。普通の人間でもパートナーは見つかる。けれど、真奈は容姿は優れているし、性格も一途で家庭的な一面も持っている。正直言って引く手あまただと思う。真奈も特に高望みする性格じゃなさそうだし、なにが原因なんだろうか。


「それじゃあ、生まれてくる子供が優秀になる組み合わせが中々現れなかったとか?」


「いい目の付け所だね。でも逆だ。有村 真奈は余りにも母体として優秀すぎた。妊娠に適した体で、健康体。もし、真奈が自由恋愛していたなら、きっと後世に名を残す子供を何人も生んでいただろう」


 花岡の言葉に俺はショックを受けた。真奈が母体として優秀?


「だったらどうして……」


 その言葉を出したところで、俺はハッと気づいた。猪川氏が語ってくれたアフロディーテ・プロジェクトの真実。AIは100点を越える天才の組み合わせを作らない。


「気づいたようだな。そうだ。有村 真奈は、誰と掛け合わせても天才を生む超優良遺伝子の持ち主だったのだ。有村本人にはその素質は現れなかったが、次の子世代にはとんでもない素質を持つ子を宿す可能性があった。この事実がどういうことか……猪川氏の話を聞いたキミにならわかるだろ?」


 その言葉を聞いて、俺はアフロディーテ・プロジェクトに対して怒りと憎しみが沸いてきた。


「なんだよそれ……真奈が母体として優秀すぎたから、今までパートナーが割り当てられなかった? 真奈の気持ちを考えたことがあるのか! 彼女は、パートナーが見つからない故に、周りから欠陥品扱いされて苦しんできたんだぞ」


「自由恋愛が禁止されてなかったら、有村は天才を生み育てた母親として称賛されていただろう。彼女は、幸せな人生を歩むことができた。だが、時代が彼女の存在を認めなかった。AIは100点を超える天才を許さない」


 酷い真実を知ってしまった。AIが管理してない世の中だったら、幸せになれた人がAIの存在によって淘汰されようとしていた。なにがAIだ。技術は人を幸せに豊かにするためにあるのに、その技術が人を傷つけてどうするんだ。


「じゃあ、待ってくれ。俺と真奈のパートナーになった理由はなんだ?」


 普通に考えらるのは、俺と真奈の遺伝子の組み合わせでは天才が生まれてこないということだ。つまり、俺と真奈は相性が悪いということになる。


「いや、キミと有村 真奈の組み合わせでも天才は生まれて来るはずだ。むしろ、他の男性よりも相性がいいくらいだ。それにも関わらずキミが真奈のパートナーになった理由がある。それは、辰野 伊吹。キミがイレギュラーな存在であることに起因する」


「俺がイレギュラー……?」


 一体どういうことだ? 俺はAIが選んだ両親によって生まれた存在だ。AIが生みだした俺になんのイレギュラーな要素があるんだ。


「そもそもの話、キミは楪 愛と恋に落ちるはずがなかったのだ。キミの好みは知っている。お姉さんタイプで背も高くてスタイルがいい女性が好み。それは幼少の頃より変わらない。そんなキミが自分より遅く生まれた愛君に惚れると思うか?」


 確かに。俺は年上のお姉さんタイプが好きだ。愛は3月生まれで俺より遅く生まれてきている。なのに、俺は子供の頃から愛のことが好きだった。愛が成長した今でこそ、背が高くてスタイルもいい体格になっている。だが、子供の頃の愛はそうでもなかったはずだ。早生まれな分、体の成長は同学年の中でも遅れていたと思う。


「それはキミの遺伝子に関係している。キミは特定の匂いを持つ女性に恋が落ちるような遺伝子を持っているんだ。その匂いはナチュラルでしか発現しない。昨今の子供たちのナチュラル比率は低かった。だから、この遺伝子を持って生まれても特に問題ないとAIが判断した。だから、キミの両親は出会って結ばれたのだ」


 特定の誰かに恋をする遺伝子? 俺は誰が好きになるかを遺伝子によって仕組まれていたのか? なんだろう。恋愛感情の正体が解明されるとなんだか嫌な気持ちになる。理屈で説明できないのが恋だと俺は思っていたのに。


「人の好みのタイプは遺伝子の他にも環境や人間関係によっても変化する。だから、この遺伝子を持っても幼少期の人格形成時に周囲にナチュラルの異性がいなかったら問題はなかったはずだ。だが、キミは出会ってしまった。特定の匂いを持つナチュラルの楪 愛に……そして、AIがシミュレーションした結果。辰野 伊吹と楪 愛。彼らの間に生まれる子供は、人類史上最高の天才になるであろう。それくらい2人の相性は良かったのだ」


 頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。俺と愛の間に生まれて来る子供が天才になるだと?


「まあ、考えてみれば当たり前のことだ。遺伝子が求めている相手だ。生まれて来る子供がとんでもない才能を秘めているのは当然のことだ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺と愛の子供が人類史上最高の天才……?」


「ああ、そうだ。そして、辰野 伊吹と楪 愛。この2人が力を合わせれば、社会を変える革命の力を引き起こせるだろう。AIはそう判断した。だから、AIは急遽、辰野 伊吹に相手を割り当てることにした。辰野 伊吹の好みに合致していて、尚且つそれなりの才能を持った子供が生まれて来る組み合わせ。それに該当するのが、有村 真奈。彼女だけだったんだ」


「え? じゃあ、俺と真奈がパートナーになったのは、俺が愛と結婚するのを防ぐためだったのか?」


「そういうことだ。伊吹君、キミに好みのパートナーを割り当てる。そうすれば、思春期のキミは喜んで食いつくだろう。AIはそう判断したのだ。その結果、伊吹君と有村の間には、100点を超える天才が生まれる可能性はあるが……伊吹君と愛君との間に生まれる1000点を超える天才が生まれるよりはマシだという判断をAIがしたのだ。要は損切りだな」


 なんてことだ。理解が追い付かない。少し、整理しよう。AIは俺と愛が結婚することを恐れている。だから、真奈を割り当てた。俺と真奈はお互いの好みが合致している。もし、適当な相手が割り当てられたら、俺はその相手とは結婚しなかっただろう。だから、多少のリスクはあるけれど、真奈を俺に当てたのか。


「花岡……さん。えっと、1つ質問します。俺と愛が力を合わせれば革命できる。そう言いましたが、愛はただのナチュラルですよ。彼女は努力家ですが、才能があるわけではないと思うんですけど」


 愛を悪く言っているみたいで気が引ける。けど、それが事実なのだ。愛はナチュラル。AIが管理して生まれた俺たちよりも能力は劣っている存在なはずだ。


「キミは勘違いしているようだね。楪 愛……ナチュラルの彼女は、正にAIが恐れていた100点を超える天才なんだ」


「え!?」


 俺は驚きすぎて声が裏返ってしまった。愛がAIが恐れた天才? そんなバカな。だって、愛は俺より勉強量が多かったのに、俺より成績が悪かった。


「愛君の生まれ持った最強の才能……それは【努力】だ。たった1つ。それが100点を超えている。そして、その1つの才能が他の才能を凌駕する力となる」

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