第19話 病んでる愛
猪川氏と対談した翌日。アフロディーテ・プロジェクトの真実を知った直後の俺は万能感というか高揚感みたいなものを手に入れていた。けれど、一晩寝てから考えてみると……真実を知ったからと言って別に大したことではないと思い始めた。
国民全員がこの話を信じるのだったら、既存のアフロディーテ・プロジェクトは壊せるだろう。だが、それと自由恋愛が解禁されるのとは話がまた別だ。
現に猪川氏は、AIに手を加えることで天才を生ませようとする方向で解決しようとしていた。この方法だったら、自由恋愛を解禁する必要はない。
要は、手詰まりなのだ。AIに綻びがあろうとなかろうと、自由恋愛解禁までの流れに持っていけない。これは辛いことだ。
そんなこんなを考えながら、登校していると通学路で愛の友人とバッタリ会った。
「あ、辰野君。おはよう」
「ああ。おはよう」
「ねえ、最近、愛の様子がおかしいんだけど、なにか知らない?」
「え? いや、俺はなにも……」
心当たりがないわけではない。俺と愛は今、国に監視されている状態だ。以前のように迂闊に接触はできない。一時期、真奈に学校の女子と会話するなと言われたことがあったけれど、その時と今は事情が違う。あの時は、まだ俺と愛はお互いの気持ちに気づいていなかった。けれど、今はもう一緒に勉強をする仲になり、将来結婚したい相手となってしまった。
「そう? 愛が女子トイレの個室に籠って、伊吹、伊吹、ってずっと苦しそうな声出して呟いていたの……」
確かに、最近は愛に構えてない。どちらかと言うと真奈と一緒にいることの方が多かったし。そこまで俺は愛を追いつめていたのか。
「でもまあ、辰野君にこんなこと言ってもダメだよね。辰野君は既にパートナーがいるんだから」
「あ、ああ……そうだな」
俺は、どうすればいいんだ。専門の期間から愛と接触するなという実質的な警告が来ている。しかし、愛と触れ合わないと、愛は心が苦しむ一方だ。
◇
学校の教室についた。いつものクラス。愛の方をふと目にやる。愛の目には生気が宿っていなくて、髪もボサボサの状態。身だしなみに気を使う余裕すらなくなっているのか?
こんな状態の愛をこれ以上見たくない。俺は、愛を助けたい。
愛の席に近づく。そして、愛に話しかけるんだ。
「愛!」
俺が愛を呼んだ。しかし、愛は俺を無視した。そうか。愛が反応したら、俺が機関に睨まれると思っているのか。
「愛。俺は、お前を犠牲にしてまで助かろうとは思わない。お前の心が病んでいるんだったら支えてやる。例え、その結果、施設に入れられるようなことになっても。俺は……」
その時、俺の唇に柔らかいものが触れた。それで俺の口が塞がれたせいで次の言葉が出てこない。俺の眼前には目を瞑った愛がいた。そして、愛は俺から唇を離し、一言こう言ったのだ。
「伊吹。愛してる。世界中の誰よりも」
俺たちの様子を見て、教室は騒然とした。自由恋愛が禁止されてるこの世の中。パートナーでもない相手にキスをする。それが意味するものは1つだ。
「ど、どうしてだ愛!」
俺がそう叫んだ瞬間、教室の扉がガラっと開いた。教室に2人のスーツを着た男女が入ってきた。男の方は背が高い。身長が180cm以上あるのだろうか。女の方も女にしては背が高い。170cmほどでスタイルがいい美人だ。身長もバストもヒップもでかい。
そして、女が愛に近づき、愛を羽交い絞めにした、
「きゃ、きゃあ!」
「はーい。自由恋愛禁止法違反者確保~。全くー。折角、私が警告してあげたのにいけない子でちゅね~」
女はまるで幼児に言い聞かせるような甘ったるい赤ちゃん言葉を愛に囁いた。な、なんだこの女。俺たちはもう高校生だぞ。そんな口調、幼稚園児ですら反感を覚えるというのに。
「
男の方が女に命令した。女は不貞腐れたように唇を尖らせえる。
「はいはい。わかりましたよ。花岡係長。はーい。じゃあ、施設に行きまちょうね~そこで再教育を受けて、立派な大人になりまちょうね~」
飯塚と呼ばれた女は、愛を連れて教室から去ろうとした。く、愛を助けなきゃ。
「愛!」
飯塚に飛び掛かろうとしたその時、花岡係長と呼ばれた男が俺の前に立ち塞いだ。
「やめておけ」
「そこをどいてくれ!」
「折角、幼馴染に助けられたのに、それを棒に振るつもりか?」
幼馴染に助けられた……そうだ。俺は愛に助けられたんだ。俺はあのままだと愛へと想いを口にするところだった。そしたら、施設に入れられたのは俺の方だったかもしれない。だから、愛は俺が施設送りになるのを避けるために、俺にキスをしたんだ。俺を守るために……
「伊吹! 私……例え、人格が変わったとしてもあなたへの想いは忘れないから! 絶対に絶対に忘れないから! だから、伊吹も私を忘れないで! 絶対に絶対に忘れないで!」
「はーい。黙りまちょうねー」
飯塚は、そのまま愛を連れ去って行った。呆然とする俺に、花岡が語り掛ける。
「私の名前は
花岡は淡々と俺に話をする。
「今日の放課後、2人きりで話せる場所に行こう。話がある」
話? なんのことだ?
「キミはアフロディーテ・プロジェクト全体の真実を掴んでいるんだろ? なら次に手に入れるべき情報はキミたちの周りのミクロな情報だ」
「な、なに言ってるんですか。あなたは」
「私はキミの敵ではない。味方でもない。だが、キミに情報を与える。それでキミがどう動くべきなのか判断してくれ」
花岡。この男を信じていいものか。
◇
放課後、俺たちは
「辰野 伊吹君。私はキミを監視していたものだ。もう1人の女、飯塚は愛君を監視していた。妙な動きをしたらすぐに身柄を確保できるようにな」
「やはり、俺は……いや、俺たちはつけ狙われていたんですね」
「人聞きが悪いがそういうことになる。私もキミを確保するまで秒読みだったんだぞ。全く無茶なことをしてくれる」
花岡は近くの自販機で買って来た缶コーヒーを開ける。
「飯塚。あの女の担当になったとは、愛君も運が悪い。あいつの性的嗜好はねじ曲がっている。あいつは通称【邪悪なる聖母】と呼ばれている。被験者に赤ちゃん言葉を用いて洗脳し、被験者を母親に依存する赤ちゃんのように脳を作り替えるやばい奴だ」
「な、なんなんですか。それ。それじゃあ愛は……」
「ああ。どんなに屈強な精神力の持ち主でも、飯塚の手にかかれば数週間で、オギャー、バブー、ママーの3単語しか喋れない赤ちゃん人間に生まれ変わる。そして、今まで築いてきた恋愛観を泥で塗りたくられるような行為をさせられる」
聞いているだけでも
「一体なんの目的でそんなことをしているんですか」
「人格矯正には担当する職員にある程度の裁量が与えられている。飯塚がやっていることは、その裁量内だ。別に被験者と恋人関係になっているわけでもない。将来を誓い合った中でもない。ただ、母親と赤ん坊という関係を構築する。そして、それにあいつは快感を覚えるというやばいやつだ」
「そんなやばいやつに愛が……お、俺、愛を助けに行ってきます」
「待て。辰野君。行動するのは真実を知ってからでも遅くないだろ。キミは知りたくないのか? どうして、キミに有村 真奈というパートナーが割り当てられたのか。そして、楪 愛。彼女の本当の正体も知りたくはないか?」
「愛の本当の正体?」
愛は俺の幼馴染で、俺と将来を誓い合った仲で。その愛に本当の正体とかがあるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます