第17話 AIの綻び
俺は図書館に行って調べものをしていた。アフロディーテ・プロジェクト。その成り立ちについてだ。
アフロディーテ・プロジェクト。それ自体は、俺たちが生まれるよりも何十年も前から始まっていた。当初はこのプロジェクトは人間的ではないと批判されていた。AIが人間の結婚相手を選ぶなどというのは自由恋愛最盛期には受け入れがたいものがあったのだろう。
だが、結婚相手を中々見つけられない奥手の人が徐々に支持していくようになり、彼らに感化されて、プロジェクトを利用する者。彼らの子世代が両親の馴れ初めを聞いて、自然と受け入れていること。そういった要素が次々と出てきて、受け入れられるようになってきた。
これは、アフロディーテ・プロジェクトの責任者の
美味しい水を売るには、普通の水を飲んでいる人間に売っても意味がない。普通の水すら飲めない人間に美味しい水を飲ませ、彼らに口コミで宣伝してもらうのが一番いいのだ。
そうして、アフロディーテ・プロジェクトは発展していった。最終的には自由恋愛を過去のものにして、国が禁止するまでに至ったのだ。
調べれば調べるほど、この後藤 春乃とかいう人物は有能な人物だなと思う。もし、彼女が初動を間違えていたら、ここまでプロジェクトは発展してなかっただろう。ちなみに、彼女は去年、息を引き取っている。この国に多大な置き土産を残して。
だが、プロジェクトのメインメンバーであるAI開発担当の責任者、
現在、彼は自身が造り上げたアフロディーテ・プロジェクトのAIを失敗作だと称しているらしい。周りからはついにボケが始まったと言われる始末である。
なるほど。面白い情報を手に入れることができた。アフロディーテ・プロジェクトのAI開発担当。それが自身が作り上げたAIを失敗作と称している。これは、AIになにか重大な欠陥があるのかもしれない。
俺は猪川 明人という人物にコンタクトを取ってみたくなった。俺は氏の消息を調べてみることにした。
すると簡単にSNSのアカウントを発見することができた。その投稿を見ると中々に狂っている爺さんだなと思った。
『アフロディーテ・プロジェクト。あれは失敗だ。失敗だ。開発担当者は極刑に処されるべきだ。頼む。誰か私を裁いてくれ』
『自由恋愛禁止法を禁止する法律を誰か作って欲しい。それが私の最後の願いだ』
『AI。それは人間の手に余る存在じゃない。我々はAIという力を手にしてはいけなかったのだ』
『私は間違っていた。私は法律に背いた犯罪者だ。私は他者の生存権を奪った。これから生まれてくるはずだった、新しい生命の生存権を奪った罪人だ』
『過去に戻れる装置を発明するであろう未来の若者にお願いだ。どうか、AIを開発する前の私を殺してください。それだけが私の願いです』
『私は臆病者だ。死ぬ勇気すらない。誰かに殺されることを願うことしかできない。もし、私が自身の手で人生を終わらすことができたのなら、私はもう何十年も前にこの世を去っているだろう』
『アフロディーテ・プロジェクトが始まってから、私を凌駕する天才は現れなかった。真の意味での天才はあのAIは作らないのだ』
『私は臆病者だ。怖かったのだ。AIがいつか私の存在を脅かす子を生み出すことを。だから、私は私を超える天才が現れないように設計した。AIは100点の天才が生まれる組み合わせしか選ばない。100点を超える人類の想定をはるかに凌駕する天才はもう生まれない』
『人類はこれ以上発展しない。私が、天才の芽を潰してしまった。過去に戻れるタイムマシーンを作れる天才を望んでいるけれど、それは生まれるわけがない。だって、私が彼か彼女の存在を消してしまったのだから』
『AIは間違えない。間違えるのは人だ。そして、私は間違えた人だ』
『間違えたAIは間違えることを間違えない。自由恋愛禁止法。それが私の最後の希望を奪ってしまったのだ』
なるほど。これはボケたと言われてもおかしくない。自分で作り出したAIを自分で否定する発言をしている。しかも、自分を殺してくれと言っている。ただのかまってちゃんの爺か? リスカの跡をSNSに乗っけるメンヘラ女のような存在だな。
俺はこの猪川氏とコンタクトを取るためにメッセージを飛ばすことにした。
『初めまして。私の名前は、辰野 伊吹と申します。私はアフロディーテ・プロジェクトに興味があり、ぜひその開発者である猪川氏の話を聞いてみたいと思いました』
俺が猪川氏の話を聞きたいのは事実だ。開発者本人の口からアフロディーテ・プロジェクトは失敗だった。その言葉を聞けただけで相当嬉しい。希望が見えてきた。どうして間違っているのか。その理由を明白にし、世間に公表すればきっとみんなは目を覚ましてくれるはずだ。
『貴様、なにが目的だ? 私の投稿を読んだのか? だったら、あのプロジェクトに興味を持つことがおかしい。あれは悪魔のプロジェクトだ。人類に仮初の天才を与えて、真の指導者たるものを排除する。それは到底許されざる行為だ。これ以上、私を
ええ……俺なにか地雷でも踏んだのか? とりあえず誤解を解かないとな。
『違います。私は……アフロディーテ・プロジェクトに異を唱えるものです。自由恋愛を求める者です。そのためには貴方のお話を聞きたいのです。プロジェクトが間違ったものだと言い切った貴方の言説が私には必要なんです』
メッセージを送ったけれど帰ってこなかった。既読はついているから読んでいるとは思う。やっぱり、いきなり不躾すぎたかな。でも、要件を曖昧にボカして無駄なやり取り続けるというのも、なんだか性に合わないし。
俺は折角、見つけたAIの綻びを知っている人間を逃してしまったのか?
そう思って俺はSNSを閉じた。
◇
俺が猪川氏と接触していたことをすっかり忘れていた数日後、ついに猪川氏からメッセージが届いた。
『辰野 伊吹。調べてみたが、そんな人物は政府の要人にも関係者にもいなかった。貴様は一体何者だ? なぜ、私と接触した?』
メッセージが返ってこなかったのは俺の素性を明かしていないせいだったのか。そのせいで、この猪川という人物に無駄に警戒心を与えてしまっていたのか。これは俺が反省するところだ。
『私は、××県に住む男子高校生です。私にはAIが選んだパートナーがいます。私がこの世になんの疑問も持たなければ、彼女と結婚していたでしょう。ですが、私は自由恋愛によって結婚相手を決めたいのです。AIが決めた相手ではない。自分の意思で決めた相手を。だから、私は国と戦いたい。AIと戦いたい。そのために、AIの弱点を知ってそうな貴方と接触したのです』
『なるほど。貴殿も自由恋愛を求めるものか。私と利害が一致するな。よし。話し合いの場を設けよう』
やった! この人が味方についてくれるのは大きすぎる。猪川氏がまだ存命で本当に良かった。アフロディーテ・プロジェクトに関わった人間の殆どは既に亡くなっている。だから、話を聞こうにも中々聞けない状態だった。猪川氏が当時、若くて本当に助かった。
人間の平均寿命がいくら伸びようと、人は老いと死の運命には逆らえないのだから。
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