第16話 警告
伊佐木さんと別れた俺は意気消沈した気持ちのまま自宅へと戻った。
「ただいま」
「おかえり伊吹。あんた宛てに手紙が来ているよ」
手紙の差出人は、何だろう……聞いたことがない機関名だ。親展というハンコが押されていることから、俺以外は読んではいけない重要なことが書かれているのだろうか。
俺は封筒をハサミで切り、中から手紙を取り出した。
『辰野 伊吹殿
あなたは、特定のパートナーがいるにも関わらず、楪 愛殿と親密な関係になっていることが調査の結果判明しました。
つきましては、早急に楪 愛殿との関係を解消し、パートナーである有村 真奈殿との関係を築くことを推奨いたします。
もし、楪 愛殿との関係を続けるようでしたら、然るべき調査を執り行います。その結果次第では矯正施設に収容されることも念頭に置いて下さい。
どうか、賢明で聡明な判断をなさるようにしてください。』
なんだ……なんだよこの文書。俺と愛との関係がバレている。
国としても、矯正プログラムはコストがかかるから、極力避けたい方針なんだろう。だから、こうして警告をしてきている。
俺はまだ公的な場で愛への想いを告げていない。俺のこの感情を知っているのは、親しい人間だけだ。ただ、俺は愛の家に出入りしすぎた。俺にパートナーがいるのは学校の人間ならみんな知っている。高校生の間にパートナーができるのは珍しいことだからな。
だとすると、学校の誰かがこのことをチクったのか? 一体誰が、なんのために……
「伊吹……どうしたの?」
母さんは俺の様子を見て心配している。封筒の手紙を読んで様子が急に様子がおかしくなったら、誰だって心配するだろう。
「い、いや。なんでもない」
俺は文書を隠して自室へと向かった。どうする……どうする俺……これは事実上の愛との接触禁止令だ。国はどうしても、俺と真奈を結婚させたいらしい。
チクショウ。ここまでするのかよ。どうして、そこまでして自由恋愛を否定するんだ。
俺は途方に暮れた。愛とは公的に付き合うことはできない。けれど、恋人未満の関係でも、一緒に勉強していたから、耐えられた。
でも、これから先、愛と接触すら禁止されたら……俺はもうどうしていいのかわからない。家が隣同士でこんなに近くにいるのに、一緒に喋ったり、勉強したりできないなんて。
どうしていいのかわからなくなった俺。愛に電話をかけようとするが、思い止まる。もし、国に目を付けられている状態で愛に電話をかけたら。その通信記録を抜かれたら……そう思うと、今愛に電話をかけるのは得策ではない。
ならば、真奈に電話をかけて相談してみよう。
「もしもし、真奈?」
「どうしたの伊吹くん?」
「俺はもうダメかもしれない」
「え? ダメってどういうこと?」
状況も説明せずにいきなりこんなことを言えば、真奈の反応も当然のものだろう。だが、そんなことにすら頭が回らないくらい俺は追いつめられていた。
「国から書簡が届いた。愛との関係を解消しろって」
「え? それって……」
「ああ。国は、俺が愛に想いを寄せていると思っている。だから警告したんだ」
俺がそう言うと、電話越しの真奈は黙った。
「真奈?」
「ごめん。伊吹くん。私、その話を聞いて少し安心しちゃった。伊吹くんは、これから愛さんとは何でもなくなるんだって」
愛とは何でもなくなる。その言葉を聞いた時、俺は胸が張り裂けそうな思いになった。
いや、もうとっくに俺と愛は何でもない関係なんだ。単なる幼馴染以上の関係になれない。俺が真奈とパートナーが決定した時点で、俺たちは一生交わらない男女の仲になった。俺は、それを受け入れることができずに、ただ足掻いているだけの子供に過ぎない。
「私、嫌な女だよね。伊吹くんが愛さんを諦める口実ができて、喜んでいるの。伊吹くんは辛い思いをしているのに……自分で自分が嫌になるよ」
真奈のすすり泣く声が聞こえる。
「私、伊吹くんのことが好き……出会ったきっかけはアフロディーテ・プロジェクトだった。それで選ばれたパートナーだから好きにならなきゃって思い込んでいたけど……それを抜きにしても、伊吹くんのことが好きなの」
俺は真奈の告白を黙って聞いていることしか出来なかった。ここで俺が言えることはなにもない。
「伊吹くんは好きな人のために、大きな相手にも立ち向かえる勇気がある人。だから、そんな伊吹くんに愛されるのはとても幸せなことだと思う。それに、伊吹くんにとって、私は邪魔者のはずなのに……なのに、私のことも考えていてくれた。私を切り捨てる対象としてじゃなくて、救う対象として考えてくれていた。それが私には嬉しかった。嬉しかったんだよ」
真奈の想いが伝わってくる。やはり、俺も真奈を嫌いになることはできない。AIが決めた相手は、なんやかんやで上手くいく。俺と真奈が結婚したら、上手くいくのはほぼ確定だ。だから、俺が真奈にいい感情を持っているのは当然のことだ。でも……
「真奈……俺は……」
「伊吹くんがどう判断するのかは任せるよ。私ができることは、愛さんにこのことを連絡するだけ。私から愛さんに連絡して欲しいから、私に電話をかけてきたんでしょ?」
「あ、ああ。そうだな。俺から連絡すると、変に目を付けられかねないからな」
「わかった。私からきちんと愛さんに連絡する。私は事実しか言わない。伊吹くんの気持ちがどう傾ているのか。それは私にもわからないことだから……」
「ごめん真奈」
「どうして謝るの?」
「真奈はパートナーがやっと見つかって幸せになれるって思ってたんだろ? なのに、そのパートナーが俺でごめん」
「私はね……伊吹くんがパートナーに選ばれたのは運命だと思ってる」
「え?」
「伊吹くんならこの世の中を変えてくれる。そんな凄い人が私のパートナーだったんだって、みんなに自慢できるもん」
パートナーだった……その言い方に真奈の複雑な思いが込められている。俺はそう感じた。
「伊吹くん。もし、自由恋愛が解禁されたらお願いがあるの」
「なんだ?」
真奈の息を飲む音が電話越しから聞こえた。そして、その数秒後、真奈が言葉を発する。
「もし、自由恋愛が解禁されたら、真っ先に伊吹くんに告白させて。私の想いを伊吹くんにぶつけさせて」
「え?」
俺は真奈の気持ちを一瞬理解できなかった。俺と結婚したいなら、自由恋愛が禁止されている方が都合がいいはず。なのに、自由恋愛を解禁させることになんのメリットがあるというのだろうか。
だけど、数秒の思案の末に俺は真奈の気持ちに気づいてしまった。真奈は――
「私は……伊吹くん自身の気持ちで私を選んで欲しい。私も私の気持ちで伊吹くんのことを選びたい。AIに指示されたからじゃない。自分の! 自身の! その恋愛感情で、パートナーを見つけたいの。最終的に選ぶのはAIじゃない。私たち自身じゃないと意味がないの! だから、私も……自由恋愛を禁止する法律を壊したい」
真奈の気持ちは痛い程よくわかった。誰かに決められた相手ではない。自分が決めた相手。その人と結ばれる。それが最も重要なことだ。AIは確かに相性のいい人物を選ぶことができる。けれど、それを強制したらダメなんだ。あくまでも参考の1つとして、判断材料の1つという扱いでなければダメなんだ。
「伊吹くん。私戦うよ。例え、戦って勝利した結果。伊吹くんが私じゃなくて、愛さんを選んだとしてもそこに後悔はない。敷かれたレールの上の結果なんて私はいらない。私が欲しいのはレールを敷く過程なんだ」
「ありがとう真奈。元気が出てきた。警告が来たからって終わりじゃない。仮に施設に入れられたとしても、それも終わりじゃない。俺は自分の信じた道を切り開く」
真奈のお陰で揺らぎ始めた決意が固まった。警告がなんだ。嫌がらせがなんだ。俺は愛への想いを貫く。俺のこの気持ち。愛には逆らえないんだ!
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