第15話 伊佐木 稼頭央

 勉強の合間を縫って、SNSで伊佐木の消息を調べること数日が経過した。ついに、伊佐木と思われる人物のアカウントを発見した。


 そのアカウントを見ると、伊佐木は結婚して伴侶と5人の子供がいるようだ。顔はモザイクで隠してあるが、幸せそうな家族写真を上げている。


 俺はそのアカウントにコンタクトを取ることにした。


「伊佐木 稼頭央さんですよね?」


「アンタ一体何者だ! どうして俺の本名を知っている!」


「俺は辰野 伊吹。あなたの中学時代の同級生だった有村 真奈のパートナーです」


「有村の? なんで有村のパートナーが俺のことを探っているんだ?」


「俺はあなたと会ってお話がしたいんです。かつて、矯正プログラムの被験者であったあなたに」


「なぜそれを知っている! 有村のやつに訊いたのか?」


「真奈は関係ありません。俺が勝手に調べただけです」


「やめてくれ。俺はもう更生している。施設に連れ戻さないでくれ」


「落ち着いて下さい。俺はあなたに施設に戻れと言っているのではないのです。とりあえず話を聞きたいだけなのです」


「わかった。今度会って話をしよう。あんたが何の目的で施設の情報を得たいのかは知らない。けれど、もし、あんたがこの国に逆らうつもりだったら、俺から言えることは1つだ。やめておけ」


 俺は伊佐木と話をする機会を得た。日時と場所を決めて落ち合うことになった。場所はお互いの住んでいる所の丁度中間地点にある人気ひとけの少ない公園。遊具なんかも撤去されていて、あるのはベンチくらいなものだ。当然、子供も遊びにこないだろう。


 当日、俺は伊佐木と出会った。毛先を遊ばせていた髪型から、短髪でサッパリとした髪型になっている。真面目な好青年という印象だ。


「伊佐木さんですよね?」


「あんたが辰野とかいうやつか。有村のパートナーって言ってた割には随分と若いな」


「はい。まだ高校生ですから」


「こ、高校生!? あいつ、高校生がパートナーなのかよ。おいおい、一昔前だったら犯罪だぞ」


 自由恋愛が指示されていたころは、高校生はまだ未成熟で判断力が乏しいとされていた。だから、高校生と関係を持つことはタブーとされていた。しかし、アフロディーテ・プロジェクトが施行されてからは、高校生も恋愛市場の対象になったのだ。その結果、パートナーとして選ばれた者同士なら、高校生と大人が付き合うなんてこともありえる。ただパートナーでない相手だとしたら高校生に手を出すのは相変わらず犯罪扱いを受ける。


「って言うことは、有村はまだ結婚できてないのか?」


「ええ。そうです」


「意外だな……有村は小学生時代は学年で1番モテていた女子だったんだ。俺も一時期好きだった時があったくらいだ。その有村が今でも売れ残ってるねえ」


 やっぱりそうだったんだ。俺が卒アルを見た時も真奈は他の女子に比べて群を抜いて可愛かった。


「それで、有村とはいつ結婚するつもりなんだ?」


「え?」


「パートナーなんだろ。有村ももうそろそろいい歳だ。身を固める決意をしてやってもいいんじゃないか?」


 世間一般ではそうだろう。もし、俺に愛という幼馴染がいなかったら。俺はなんの疑問も持たずに真奈と結婚していただろう。


「俺は、真奈と結婚するつもりはありません」


「お、おい。どういうことだよ」


 伊佐木さんの語尾が荒くなる。


「結婚もしないで有村のことを縛り付けるって言うのか! そりゃないでお兄ちゃんよぉ!」


 仮にもかつて同級生だった女子。そのことを想えば俺に対する怒りは必然的に湧いてくるだろう。この人はいい人なんだと思う。


「俺は真奈には自由恋愛で好きな相手を見つけて欲しいと思っています」


「は、はぁ!? あんた何言ってんだ!」


「俺は……アフロディーテ・プロジェクトに反逆します。自由恋愛を禁止する法律をこの手で潰したい」


 俺は右手を握る動作を見せた。それを見た伊佐木さんは呆気にとられた表情をしている。


「バ、バカ! そんなこと滅多に言うもんじゃない! 想い人がいるって勘違いされたらどうするんだ! 俺みたいに施設に入れられるぞ」


 伊佐木さんは周囲をキョロキョロと見回して、誰かが聞いていないかを確認している。


「伊佐木さん。おかしいと思いませんか? 自由恋愛を禁止にするだなんて」


「別におかしくないだろ。日本は古来より……いや、日本に限らず昔から、親が結婚相手を決めたり、政略結婚とかあっただろ。身分が違えば結婚できない。それが、この世の常だった。自由恋愛なんて近代になって一時的に許されたもの。人類は本来結婚相手を自由に決める権利なんてないんだよ」


「伊佐木さん……?」


 この人は国に逆らってでも自由恋愛をしようとした人だ。それなのに、どうして自由恋愛を否定するんだ?


「俺も一時の気の迷いで、後輩のマネージャーの子に告白したけどよぉ。地獄だったぜ。その情報がどこからか漏れて、俺は施設行き。施設での生活は想像を絶するものだった。日が昇る前に起床して、飯も食わされずVRゴーグルを装着される。VRゴーグルで観させられる映像は凄惨なものだったぜ。子供の泣き叫ぶ声が今でも耳にこびり付いて離れねえ。親になる資格がない者の元に生まれた子の末路を観させられた」


 伊佐木さんが言っているのは子供の虐待動画か? そんなものをどうして……


「もちろん本物の映像じゃない。精巧に作られたCG動画だ。でも、俺の脳を破壊するには十分すぎるほどの威力だった。その他にも自由恋愛があるから、浮気だの痴情の縺れだの不倫だので不幸になる人々の映像も見させられた。自由恋愛で生まれたが故に才能がない子供が苦悩する人生。そんな映像を何千何万回と見せられて、自由恋愛をしないことを宣誓する。そうして、やっとVRゴーグルが外されて朝食を食べられる」


「誓わなかったらどうなるんですか?」


「中には意気地になっているやつもいたさ。でも、そういうやつでも誓わないという選択肢は取れなかった。それだけ、この矯正プログラムは凄まじいものだったのさ。俺はもうあの施設に戻るのはごめんだ。俺には女房もいる。子供もいる。幸せだ。女房とは相性がいいし、子供も才能に満ち溢れている。そこになんの不満もない。それもこれも全部アフロディーテ・プロジェクトが素晴らしいからだ」


 伊佐木さんの目の色が変わった。まるで無感情で生気がないそんな人の目になる。


「AI様は慈悲深い。俺のような反逆者にも、きちんと素晴らしいパートナーを見つけてくださったんだから。そのお陰で今の俺の暮らしがある。もし、俺が自由恋愛であの後輩マネージャーと付き合っていたらこんな幸せな生活にはならなかった。やはり、人類は自分でパートナーを見つける能力は欠如しているんだ。だから、みんな離婚したり、家庭内暴力が起きたりしている。それを防ぐためにAI様が最適なパートナーを見つけてくださる。素晴らしいこととは思わないか?」


「え、ええ?」


 俺はショックを受けた。自由恋愛を求めた伊佐木さんなら、俺の気持ちがわかってくれると思っていた。けれど、伊佐木さんは違った。完全にアフロディーテ・プロジェクトの信者になっている。最早、彼の力を借りることはできない。


 そして、俺は施設の恐ろしさを知った。人格を変えるために何度も何度も動画を見せて、洗脳している。国の都合のいいように、AIの都合のいいように。


 こんな人権を無視するようなことが現代日本で許されていいのだろうか。


「おっと。もうこんな時間だ。じゃあな。俺はこの後、家族と映画を観に行く約束がある。あんたも阿呆なこと言ってないで、有村と向き合ってやれ。その結果、あんたが最終的にどう判断するかは知らん。けれど、俺としては結婚してやることが1番の優しさだと思うぜ」


 それだけ言うと伊佐木さんは去って行った。俺は1人取り残されてしまった。やはり、俺の賛同者は現れないのだろうか。この民主主義の世の中では賛同者が現れない限りは、革命なんて不可能だ。俺は自身の置かれている状況を手詰まりだと感じた。

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