第14話 矯正プログラム被験者
俺は少しでも人員を集めるために、あることを調べた。それは、自由恋愛をしようとして、施設に入れられてしまった人たちの情報だ。
彼らは、アフロディーテ・プロジェクトに反対する気概を持っている。だからこそ、彼らの力を集めたいのだ。1つ1つは個人の小さな力かもしれない。けれど、みんなが集まることによって、大きな力に成りうる。
しかし、探せば探せど、人格矯正プログラムを受けた人物の情報は出てこない。そりゃそうか。このプログラムは人を更生させるためにあるものだ。それなのに、プログラムを受けた者の名前が載っていれば、その更生の機会を奪うことになる。公的には秘匿されている情報なのだ。
でも、身近な人間にこの施設の情報を持っている人はいない……いや、1人いた。真奈だ。彼女は、同級生が施設に入れられたと言っていた。彼らの情報をききだして、消息を追えばなにかわかるかもしれない。
俺は真奈に電話をかけた。
「もしもし? 真奈か」
「伊吹くん……? ごめん。まだ考えがまとまってないんだ」
真奈の声は生気が感じられなかった。憔悴しているように感じる。
「違う。そうじゃないんだ。真奈は、自由恋愛して施設送りになった同級生がいるって言っていたよな? その人の情報を教えてくれるか?」
「いくら伊吹くんでもそれは無理だよ。最近は個人情報の取り扱いについて厳しいからね。もし、私がしゃべったことがバレたら……」
「そうか。ごめん」
流石に真奈にそんな迷惑をかけるわけにはいかないな。ということは、ここから探るのもなしか……
「力になれなくてごめんね」
「いや、いいんだ。俺こそ危険なことに巻き込もうとしてごめん。それじゃあ」
俺は電話を切ろうとした。その時だった。
「待って。伊吹くん。私の昔の写真、伊吹くんに見てもらいたいな」
真奈が急に変なこと言い出した。なんだ? どういう意図があってそんな発言をしたんだ。
「私の卒業アルバム。見たい?」
卒アル……そうか! 施設に入れられたのなら、卒アルに写真が掲載されていない時期がある。不自然に行事に写真が写っていない人物。それを洗い出せば、そいつは施設入りしていたことになる。
「ああ。真奈の若い頃の写真みたいな。今の真奈も綺麗だけど、若い頃は、可愛い感じだったのかも」
「もう、伊吹くんったら……それじゃあ、今から卒アル持っていくね」
「え? 悪いよ。俺の方から取りに行くよ」
流石に俺の要求で、真奈に手を煩わせるのは申し訳ない。
「大丈夫だよ。私車だし。伊吹くんが無駄に電車賃払う必要ないよ」
「そうか。ありがとう真奈」
俺は素直に真奈の好意に甘えることにした。
◇
「伊吹くん。これ例のもの」
真奈は俺に卒アルを手渡してくれた。あんまり見た形跡がないのか比較的新品に近い状態だ。
「ありがとう」
「あ、私の文集は見ないでね! 恥ずかしいから」
真奈は顔を真っ赤にしている。そこを見る気はなかったけれど、言われてしまったら見たくなってしまうのが人の
「わかった。真奈」
卒アルを渡したら真奈はそのまま車に乗って帰って行った。俺は、自室に戻り、真奈の卒アルのページを開いた。
クラスの集合写真を見てみる。欠席した生徒は右上に顔写真が貼られるのが常であるが、今のところそういうものは見当たらない。集合写真を撮影した時にはまだ施設送りにはなってなかったのだろう。
若かりし頃の真奈の写真があった。中学生の頃の真奈。当たり前だけど、真奈にも今の俺らより若い時期はあったんだ。若干幼い顔立ちだけれど、目鼻立ちがくっきりしていて可愛らしい少女。もし自由恋愛が認められていたなら、絶対にモテていたであろう容姿だ。
おっといけない。真奈に見とれている場合ではないな。俺は行事の写真をパラパラとめくる。不自然にいなくなっている人物。それを探すんだ。
そう勢い込んだのはいいが、3時間経過してもよくわからない。全く知らない人物が数百人ほどいる中で、特定の人物がいないことを見つけろと言われるのは至難の技だ。
諦めかけたその時だった。修学旅行の集合写真。そこにある人物がいないことに気づいた。このタイミングで施設に送られたのか……それとも、単なる欠席か。それはわからない。その人物の名前は、
やはり予想通り、彼は大半の行事写真に姿が映っていなかった。そして、卒業式の時にはちゃっかり映っているから転校したわけではない。つまり、一時的に施設に入れられた人物。
俺はその伊佐木という人物がどんな人物か確かめるために文集を開いた。真奈の文集は開くつもりはないが、伊佐木という人物が文集になにを書いたのか興味がある。
――
ぼくは一時の気の迷いによって、中学校生活という大切な期間を棒に振ってしまいました。
自由恋愛は悪です。ぼくは悪い子でした。そのことを戒めるために、この文集を書いています。
ぼくはかつて好きな子がいました。けれど、もうその子のことは好きではありません。ぼくとその子は相性が合わなかった。付き合ってはいけなかった。結婚してはいけなかった。好きになってはいけなかった。僕は愚かだ。
もう、その子のことは一切合切忘れました。名前すら思い出せません。怖いです。顔を思い浮かべたくない。
こんな思いをするくらいなら、恋心なんて抱くんじゃなかった。恋愛なんてするんじゃなかった。
でも、今のぼくは幸せです。アフロディーテ・プロジェクトを受け入れることができたんですから。法律に感謝しています。
これで、ぼくは未来の伴侶に顔向けすることができます。こどもたちの将来も安泰です。
みんなとの思い出は少なくなったけれど、ぼくが愚かな過ちを犯さなかったことはとても喜ばしいことです。
――
なんだこの文章は……中学生が書いたということを考えてもあまり上手い文章じゃないな。まあいいや。そのことは置いといて。
やはり、この伊佐木という人物は矯正プログラムを受けたに違いない。中学時代の思い出を書く欄に矯正プログラムのことしか書いていない。つまり、彼の青春は矯正プログラムによって上書きされてしまったんだ。
酷すぎる。時代が時代なら、彼も青春を謳歌していたに違いない。恋が実ればそのまま楽しい学園生活を……もし、失恋したとしてもそれは苦い思い出として記憶に残ることだったのに。法律がそういった思い出を残すことすら許さなかったんだ。
伊佐木 稼頭央。彼と会って話がしたい。矯正プログラムはどんな内容なのか。どうして、ここまで考えが変わってしまったのか。例の法律を潰すことに協力してくれるか。そういうことを色々と聞いてみたい。
だが、この卒アルだけでは彼の連絡先はつかめない。俺の祖父母のそのまた祖父母の時代では、卒アルに連絡先が載っていることもあったそうだ。個人情報の管理が重要視されている今では考えられないことだ。
当然、真奈の通っていた中学校に電話したところで情報を教えてくれないだろうな。こうなったら、自力で調べてみるか?
俺は、様々なSNSを使って、伊佐木 稼頭央という人物を調べた。表のアカウントでは本名を公開している人物は減ったけれど、裏のアカウントでは未だに本名を公開している人物がいる。伊佐木本人がSNSを本名登録していなくても、伊佐木の同級生が本名登録している場合がある。そこから、芋づる式に情報を得ることもできるだろう。
とにかく、やるべきことはやってみよう。行動したからと言ってなにか得られるとは限らない。でも、行動しなかったらなにも得られないんだ。
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