第10話 真奈の矯正プログラム
俺は玄関で靴を脱ぎ、真奈の家に上がった。その瞬間、真奈は持っていた鎖を引き、俺についてくるようにアイコンタクトをした。これでは、まるでリードに繋がれた犬だ。幸い、俺は服を着ているし二足歩行だ。最低限、人間としては扱われているようだ。
「えーと……伊吹くんに見せたい映像があったんだ。ほら、テレビ付けるね」
真奈がテレビの電源を入れ、なにやら操作している。そして、その操作の後にディスプレイに映像が映る。
映像は、女性レポーターが刑務所の前に立っているところから始まった。
「今日のテーマは、犯罪者とナチュラルの関係についてです。それでは、早速刑務所に取材しにいきましょう」
女性レポータ―が刑務所の中に入って行く。そして、そこの所長と思わしき人物と対談する形になった。
「突然ですが、質問良いですか? この刑務所に収容されている人の傾向とかってありますか?」
白々しい質問だ。返ってくる答えがあらかじめ分かっているだろうに。
「はい。この刑務所に収容されている囚人の8割以上がナチュラルです」
「なんと。聞きましたか? 皆さん。この刑務所の収容者の8割以上がナチュラルですって。今じゃナチュラルの方が人口比は少数派のはず。なのに、犯罪者の割合はナチュラルの方が多いのです」
「ええ。ナチュラルは、凶暴性が高く、凶悪犯罪に走る確率が高いのです。そういうデータも出ていますね。全てのナチュラルの人がそうだとは言いませんが、やはり数値として出ている以上は何らかの因果関係があると私は思います」
「その点、政府が推奨しているアフロディーテ・プロジェクトは素晴らしいですね。彼らは過失で罪を犯すことはあっても、故意で凶悪犯罪をすることはありませんからね。皆さんも生まれてくる子を犯罪者にしたくなかったら、政府が推奨するアフロディーテ・プロジェクトのパートナーと結婚しましょう。それが私たちを、国民全体を幸せにする道なのです」
とても不快な映像だ。これをナチュラルの人がみたらどう思うだろうか。まるでナチュラルだから犯罪を犯したみたいな言い方をされて。
真奈はリモコンを押し、テレビの電源を切った。
「この映像はね。20年前に動画投稿サイトにアップされた動画なんだ。伊吹くんはまだ生まれてなかった頃だね。小学生だった私はこの映像を見て衝撃を受けたの。私だけじゃない。世間で色んな反応が起きた。所謂、炎上ってやつだね」
そりゃそうだ。これだけ恣意的な映像を放送倫理があるテレビで放送できるわけがないし、20年前は今よりもナチュラルの比率が多かった。この動画に対して文句を言う人は多かっただろう。
「この動画は否定的なコメントが多くされて、すぐに非公開になったの。でも、私は動画を保存して今日まで大切に保管してきた。だって、私はこの動画は間違っていることは言ってないと思うもの」
「真奈……お前、なにを言ってるんだ」
「だって、そうじゃない。データとしてきちんと示されているならそれが真実でしょ? これを否定する材料は感情論しかないもの。ナチュラルの人の気持ちを考えろ。切り取り方に悪意がある。ナチュラルだからって犯罪者扱いされるのはおかしい。そうね。それも一理ある」
「一理どころか万理あるぞ」
「でも、この人たちはナチュラルを排除しようだなんて言ってない。既にこの世に生を受けているナチュラルの待遇を貶める意図で動画は作ってないと思うの。この人たちはこれから生まれてくる子供にナチュラルという枷を負わせたくなかっただけ。そう思うと、この人たちの方が正義な気がしない?」
「真奈……本気で言ってるのか?」
「私は本気で言ってるの。私だけじゃない。世間がナチュラルを不要だと判断したから、賛成多数でアフロディーテ・プロジェクトは義務化された。数字が、データが、アフロディーテ・プロジェクトの正しさを証明しているの!」
俺は思わず唇を噛んだ。こんなに憤った気持ちになったのは久しぶりだ。
「伊吹くん。もし、あなたがAIが選んだパートナー……私を突っぱねて自由恋愛で結婚できたとしても、その生まれてくる子供は異質な存在として扱われるの。一時の自分の感情に流されて、子供に辛い思いをさせるの? きっと子供はあなたを恨むでしょうね」
「知った風なことを言うな!」
俺は思わず真奈に向かって怒鳴ってしまった。ナチュラルでも、愛は、自分の両親を尊敬している。自由恋愛が推奨されていない時代でも、自分たちの気持ちを貫いて結婚した。そして、愛も自由恋愛に憧れている。ナチュラルが全員、自らの出生を呪っていると思って欲しくない。
「い、伊吹くん……?」
まさか俺に怒鳴られると思ってなかった真奈は酷く怯えた表情をしている。
「ご、ごめん。真奈」
流石に今のは俺が悪い。感情に任せて他人を怒鳴るだなんて俺らしくない。怒鳴られた方は酷く傷を負ってしまう。体には傷は残らないが、歴とした暴力だ。
「伊吹くん。おかしいよ。どうして? どうしてなの? どうして、私を怒鳴ったの? やっぱり、あの愛とかいう女のせいなの? あのナチュラルに毒されたから、伊吹くんも野蛮人になったの?」
真奈は俺の肩を持って前後にゆらゆらと揺すった。
「やっぱり、伊吹くんは私を愛してくれるようになるまで教育してあげなくちゃダメだね」
「なにが教育だ。俺は屈しないぞ」
「反抗的な目。私がいつでも施設にぶち込める証拠を持っているの忘れたの?」
「施設にでもなんでもぶち込めばいいだろ! 俺は例え、施設で教育プログラムを受けたとしても、絶対に這い上がってみせる」
「うふふ。勇ましい。そんな伊吹くんが好き。でもね。私は、伊吹くんを施設にぶち込むだなんて考えてないの。だって、大好きな伊吹くんにそんな酷いことできないもの」
それは意外な言葉だった。真奈は俺の施設入りを盾に脅してくるかと思ったからだ。だから、俺は施設に怯えていないと虚勢を張って対等な関係に立とうとしたのに。なにかがおかしい。
「私が施設に送るのは愛さん。そう。彼女もまた、伊吹くんに恋をしている人物でしょ? 証拠は不十分かもしれないけれど、施設の職員が調べればわかると思うの。今は、脳波で恋愛感情を抱いているかどうかがわかる時代だからね」
「んな!」
ま、まずい。俺はともかく、愛が施設送りになるのはまずい。俺だったら、施設でどんな目に遭っても耐えられる。だけど、愛をそんな目に遭わせることはできない。
「や、やめてくれ真奈。わかった。もう真奈の言うことには逆らわない。だから……」
真奈が鎖を下に向かって思いきり引っ張った。俺は下方向に引っ張られて、体勢を崩して床に這いつくばる形になる。
「不合格」
「え?」
「今、愛さんを守るために行動したよね? それって、それだけあの女のことが大切ってことでしょ? そんなの不合格に決まってるよね? 愛が施設にぶち込まれようが関係ない。その答えが合格だったのに。残念だね」
そんなこと冗談でも言えるわけがない。理不尽な合否判定だ。
「私の言うことを聞くのは正解。私と結婚するのが正解。でも、それが私のためじゃないと不正解。あの女を守るためじゃなくて、私のために、私に尽くしてくれるようになるまで、伊吹くんのことを教育してあげるね」
真奈はしゃがみこみ、俺と視線を合わせる。そして、俺の顎に指を這わせて、うっとりとした視線を俺に送る。
「大丈夫。心配しないで伊吹くん。私、男の人に一方的に尽くさせる女じゃないから。伊吹くんが私に尽くしてくれた分、私も伊吹くんのために色んなことしてあげるから。伊吹くんのことしか考えないから。ね? こんないいパートナー。他にいないでしょ?」
俺は真奈の問いに答えなかった。真奈の部屋に静寂が包まれる。次の瞬間、真奈が俺の頭を思いきり押さえつけた。
「うふふ。頷いたね。やっぱり、伊吹くんも深層心理では私のことを好きなんだよ。そうなんだよ。それ以外考えられないんだよ。あのナチュラルの女に惑わされただけ。伊吹くんの本質はそこにないんだから」
正直、挫けそうだ。俺が目的を果たすための壁が多すぎる。真奈をなんとかしないといけない。それに、真奈をどうにか躱したところで、相手は国だ。法律だ。口では、国を変えてやるとか安易なことを口走ったけれど、現実は予想以上に厳しくて。でも、俺は折れるわけにはいかない。愛のため、俺自身のため、俺は戦わないといけないんだ。
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