第9話 真奈の妨害
俺は色んな資格を取るために検定試験を受けることにした。T大に入るためには、そうした資格を持っているアピールも必要だ。高校生が取れる資格は片っ端から取って行こう。今日も今日とて、資格取得勉強のために愛の部屋で一緒に勉強している。
カリカリとシャープペンが動く音が聞こえる。愛が例によって学校の宿題をしている。俺も最近では、真面目に自力で学校の宿題をするようになったけれど、ものの数分で終わらせた。
「ねえ。伊吹」
「ん?」
「ここの問題がわからないんだけど」
「ああ。それはだな――」
愛と一緒に勉強しているうちに、俺は学校の成績も地味に上がっていった。人に物を教えると自分での理解も深まるらしい。俺は愛に勉強を教えている内に、必然的に学力が伸びて行ったのだ。お互いにとっていい作用がある。愛と一緒に勉強するようになって本当に良かった。
俺の欠点は集中力が続かないことだ。勉強しようと思っても、すぐにゲームをしたくなる。だけど、愛という監視の目があるから、俺は勉強を頑張れている。
「ありがとう伊吹。よくわかった」
「どういたしまして」
「伊吹はなんの勉強をしているの?」
愛は俺の持っている参考書を見て、頭に疑問符を浮かべている。
「ああ、これか? 気象関係の勉強だ。俺、気象予報士試験を受けるんだ」
「伊吹。気象予報士になるの?」
「いや、別に受けるだけだ。T大に入るためのアピールにするんだ。持っている資格が多いほど、T大の合格率は高まる。取っておいて損はないさ」
「へー。気象予報士って高校生でも取れるんだね」
「ああ。年齢制限はないからな。小学生が合格したって記録もあるほどだ。高校生の俺が取れない道理はない」
俺の持っている端末が鳴った。これは真奈からの着信だ。
「愛。真奈からだ。電話出てもいいか?」
「うん」
俺は愛の部屋から出て、廊下で真奈からの電話を受けた。
「もしもし? どうした真奈?」
「あ、伊吹くん。最近、私と会ってくれてないよね? 私寂しいな」
真奈の声はどこかしゃがれている。鼻をすする声も聞こえていて、まるでさっきまで泣いていたかのように思える。
「ああ。最近勉強が忙しくてな」
「そうなんだ。伊吹くんは進学校の生徒だもんね」
高校生。それは勉強が忙しいという理由をつければ大概のことは許される身分だ。事実、俺は勉強が忙しい。だから、真奈の誘いを断る口実に使っていた。
「ごめんな。真奈寂しい思いをさせて」
「そう思っているなら、すぐに来てよ」
真奈の口調が変わった。低音で威圧的な声。その声色に俺の背筋がゾゾっとした。
「真奈……?」
「伊吹くんさあ。勉強が忙しいと言いながら、女と会っているんでしょ?」
「な、なに言ってるんだよ。俺はちゃんと勉強はしているぞ」
嘘は言っていない。女と会っているという質問には答えていないが、勉強はしていることは事実だ。
「うん? 私は女と会っているかどうか聞いているんだよ? 女と会っていても勉強はできるよね?」
「真奈……?」
「ねえ。伊吹くん。伊吹くんの端末に仕掛けられていた盗聴器。あれ、1個だと思った?」
その言葉で俺の血の気が引いた。え? まさか。俺の携帯端末にまだ盗聴器が仕掛けられていたのか? 真奈は俺が愛と接触していたことをずっと知っていたのか? まずい。だとしたら、あのこともバレているのか?
「伊吹くん? キミはもう詰んでいるんだよ。キミはどんなに努力したとしても絶対にT大に入れない。官僚にもなれない。政治家にもなれない。だって、私が然るべきところに通報したら、伊吹くんは施設に入れられちゃうもの。T大受験の前日に通報したらどうなると思う? 伊吹くんは施設で受験日を過ごすことになる。当然入試は受けられない。T大は生涯に1度しか受験資格が与えられない。だから、伊吹くんがこの国を変える存在になるのは無理。施設に入れられた過去があるなら、選挙にも立候補することができない。そういう法律だもの」
真奈は俺が法律を変えて、自由恋愛を解禁しようとしていると知ってしまった。だから、それを絶対に妨害しようとしてくる。そして、真奈はそれを合法的に妨害する
「ねえ。伊吹くん。伊吹くんはまだ若いんだから、間違いを犯すことだってある。そこは責めるつもりはないよ。でもさ、幼馴染とはいえ、女子と随分と密な関係になっているじゃない? 1度や2度は見逃すけどさ。そう何度も頻繁に会ってたら、私だって嫉妬しちゃうんだよ?」
俺が自由恋愛を解禁する目的が愛と結婚するため。真奈もそれに感づいているはずだ。だとすると真奈は俺を許しはしないだろう。
「不合格。今すぐ、私の家に来なさい」
言い渡される不合格。終わった。真奈は俺を通報する材料を持っている。それがある限り、俺は永遠に真奈の言う通りにしなければならない。
「わかった。すぐに行く」
「ふふふ。待ってるからね」
俺は通話を切った。どうして、こんなことになってしまったんだろう。
俺は重い気分のまま愛の部屋に戻った。
「愛……ごめん。俺、もうダメだ」
「ど、どうしたの伊吹!」
「真奈に全てがバレた。真奈がその気になれば、いつでも俺は施設にぶちこまれてしまう。それがT大受験の日だとしても」
「え? それじゃあ」
「ああ。俺は、この国を変える存在にはなれない」
完璧かと思われていたアフロディーテ・プロジェクトにも弊害はあった。それは、周囲が天才に溢れすぎていることだ。いわゆる、エリートと呼ばれる人生を歩む者たち。彼らには1度の失敗も許されない。失敗はしない、品行方正な代わりはいくらでもいる。天才なんてゴミの数よりも多いこの現代。1度でも不祥事があれば、そこでエリート街道の道は断たれる。一昔前までは、他に代わりがいないからと、不祥事を起こした者でも、駆けあがることはできた。だが、今はそういう時代ではないのだ。
「そ、そんな……」
「俺、真奈のところに行ってくる。真奈の機嫌を損ねたら、俺はもう施設送りになる。そうしたら愛とも2度と会えなくなる」
「なんとかならないの?」
「なんともなるわけないだろ! だって、今はもうテロとかそういうことを起こすような時代じゃない! 正規の手順で、決められたルールで議論し、世界を変えて行かなきゃいけない時代だ。俺はもうルールからはみ出した人間なんだ」
悔しい。とても悔しい。俺は、愛に涙を堪えている顔を見せずに、そのまま愛の部屋から出た。そして、真奈の家へと向かう。
電車に乗っている時も憂鬱だった。どれだけ行きたくない場所でも、電車は無情にも進んでいく。止まれと思っても止まるものではない。まるで死刑台の階段を上らされている死刑囚の気分だった。
◇
「伊吹くん。よく来たね」
真奈の口元は笑っているが、目は笑っていない。真奈は知っている。俺が、真奈以外の女の子を好きになっていることを。公的に認められたパートナーがいるのに、他の相手を好きになる。つまりは浮気だ。古来より、浮気した男は女に酷い目にあわされるというのが通例だ。
真奈の背後からジャラっとした音が聞こえた。マナが後ろ手でなにか持っている。真奈はその持っているものを俺に見せつけた。
黒い形をした輪っかに鎖がついている。その輪っかには留め具のようなものがついている。この形状は人間のサイズだが、俺の知っている限り、これは人間が付けるようなものじゃない。
真奈が俺の首に輪っかを回る。カチっと音がしたその瞬間、俺の尊厳が音を立てて崩れ去った気がした。
「伊吹くん。とっても似合っているよ。その首輪。ふふふ。その首輪がある限り、私の元から離れられないね」
俺はこの瞬間、初めて理解したのかもしれない。AIが俺と真奈を引き合わせた理由。それは、AIが俺を反乱分子だと見抜いていたんだ。アフロディーテ・プロジェクトに反旗を翻す。自由恋愛を求めるような思想の持ち主だと。
だから、このタチの悪い女と俺をくっつけて、俺を束縛しようとしたんだ。俺は……戦う前からAIに先手を取られて負けていたのだ。
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