第6話 愛の気持ちと伊吹の決意

 休日。俺は特にすることがなく、家でゴロゴロとゲームをしていた。俺の恋人である真奈は、接客業であるが故に休日に出勤をするのが基本となっている。むしろ、稼ぎ時であるから、土日祝は基本的に空いてないものだと認識している。


 一方で俺はなんの変哲もない全日制の高校生。平日は普通に授業があるし、休日は特になにもない。お互いの予定が見事なまでに合致しないのだ。恋人なら朝から晩まで一日中デートということもしてみたいが、俺たちには出来なさそうだ。これは仕方ない。


 俺が将来、会社務めになって有給を取得できるようになったら、平日も遊べるのかな。それとも、俺も接客業をして平日休みを得られるようにするか? どっちがいいんだろう。


 最近、俺は愛と疎遠になった。と言うより、俺が愛に避けられていると言った感じだ。あの討論会の後、俺がいくら愛に話しかけようとしても、愛は逃げてしまう。まるで真奈に盗聴されていた時の俺のように。俺には真奈に監視されているという事情があったが、愛にはそういう事情はないはずだ。愛はまだパートナーが見つかってないし、彼氏からの束縛が酷いということもありえない。


 つまり、俺がただ純粋に嫌われているだけ。そういうことだ。


 でも、これで良かったんだと思う。下手に愛と仲良くしていたら、愛に情が移ってしまう。そうなった時に困るのは俺だ。俺は真奈と結婚しなきゃいけない運命だ。なのに、小さい頃から大好きだった愛にいつまでも想いを募らせているわけにはいかない。俺には俺の婚約者がいる。愛には愛の婚約者ができる。だから、俺と愛の関係は単なる幼馴染。それ以上になってはいけないのだ。


 俺は生涯をかけて真奈のことを考えて、真奈と共に歩み、共に家庭を築き、共に幸せにならなければならない。それが国が決めた定め。AIが示した道だ。


俺はポテチを食べながらゲームをプレイしている。一昔、前のゲーマーだったら、ポテチを手掴みで食べながらゲームなんて絶対にしなかっただろう。レトロゲームの中には手で触るコントローラーというものを使って操作するものがある。そのせいでコントローラーがポテチの油でベタベタになるという罠が仕組まれていたのだ。爺さん世代のゲーマーがよく思い出話にしているのを見かける。やれ、箸を使っただの、マジックハンドを使っただの。たかが、ポテチ1枚で物凄い情念だと俺は思う。


 今の時代は、頭に付ける脳波コントローラーや音声コントローラーが主流だ。頭に思い浮かべたり、声で指示をするだけで、勝手に操作してくれるというもの。つまり、手がいくらベタつこうが、ゲームの進行にはなんの支障もきたさない。コントローラーを外す時だけ、ウェットティッシュ等で手を拭いてやればいいだけの話だ。そうすれば、コントローラーはベタベタにならない。


「勇者様。あなたのお名前を教えてください」


 ゲームのナビキャラがプレイヤーに付ける名前を聞いてきた。なんて名前を付けようかな。それにしても、このポテチうめえ。


「あなたの名前は、ポテチうめえ と言うのですね」


 あ、しまった。脳波コントローラーが誤作動を起こした。


「あなたの幼馴染の女の子の名前を教えてください」


 ヒロインの名前を名付けるんだな。よし。今度こそ、ちゃんとした名前を付けるぞ。あ、ポテチない。


「ポテチない と言うのですね」


 しまった。ヒロインまで変な名前になってしまった。チクショウ! これも全部ポテテが終わってしまったせいだ。くそう。今、家にポテチの在庫がないんだよな。こうなったら近くのコンビニまで買いに行くか。


 俺はゲームをスリープモードにして、コンビニに行くために家を出た。玄関を開けると、俺の視界に愛の姿が入ってきた。


「あ……」


「あ……」


 お互いがお互いの存在に気づく。家が隣同士の幼馴染だ。こうしてバッタリと出会うこともあるだろう。だが、愛は俺と目を合わせないように、そそくさと立ち去ろうとする。


「ま、待て愛!」


 俺は愛を呼び止めようとする。どうして、こんなことをしようと思ったのか分からない。でも、そうしなくちゃいけない気がした。俺だって、愛に嫌われた理由もわからないまま無視されるのは嫌だ。嫌われたなら嫌われたなりの理由が知りたい。


 しかし、愛は俺の呼びかけに答えず、足早に歩いていく。俺は走って愛を追いかけてる。


「愛!」


「こないで!」


 愛の拒絶の言葉。


「伊吹……今まで、人のこと散々無視しておいて何なんだよもう!」


「ごめん……」


 下手に言い訳をしない。真奈に監視されていたせいで、愛とまともに話すことができなかった。けれど、それを言ったところで言い訳にしかならない。本当に愛を大切に想う気持ちがあったのなら、真奈に“不合格”のお仕置きをされようとも、きちんと話をするべきだったのだ。


「私、伊吹のことがわからない」


「え?」


「世間のみんながナチュラルという存在を根絶しようとしている。既に生まれてしまった個体……つまり、私は殺されはしないけれど、本当だったら彼らにとっては邪魔な存在。早く死んで欲しいと思われているんだよ」


「な、なにを言っているんだよ愛。みんながそんなこと思うわけないだろ」


「だったら、どうして自由恋愛を禁止にするの! ナチュラルってそんなに可哀相? 勉強もスポーツも芸術の才能がなくたって、私は幸せだよ! お父さんがいて、お母さんがいて、2人が愛し合ってる。そのことを……伊吹は、伊吹だけは理解してくれていると思ってたのに」


 そうか。愛はずっと自分の存在意義について悩んでいたんだ。愛は自由恋愛によって生まれたナチュラル。だけど、国が自由恋愛を禁止するということは、ナチュラルという存在を否定していることに他ならない。今、生まれているナチュラルの権利は侵害されることはない。人には人権があり、尊厳があり、生存権があるのだから。でも、それは表面上の話だけで、精神的、内面的にはナチュラルは消えた方が幸せだと……みんながそう考えているから、自由恋愛を禁止している。愛はそう思い込んでいるんだ。


「伊吹だけだったんだよ……私を憐れみの目で見ないのを。対等な人間として扱ってくれたのは。自由恋愛で生まれた私の存在を認めてくれたのは……でも伊吹は変わった。あの討論会で、自由恋愛を否定した。他の誰に否定されても私は耐えられる。けれど、伊吹に自由恋愛わたしのそんざいを否定されたら、私……私……」


 俺が……俺が保身に走って自分の本心を言えなかったせいで愛を傷つけてしまった。国がどう言おうと自由恋愛を求める心を持つのは間違っていない。間違っているのは今の制度の方だ。俺が正々堂々と逃げずにそう言っていれば、愛の心は傷つかなかったんだ。俺は、最低な男だ。


「ごめん愛! 俺が……俺の心が弱かったばかりにお前を傷つけてしまって」


「今更何……? 伊吹にはAIが決めたパートナーがいるんでしょ? だったら、彼女と結婚すればいいじゃない。自由恋愛を否定するってことは、そういうことなんでしょ? 私も伊吹じゃない誰かと恋愛をする。それが例え、AIが決めた相手じゃなくっても、私は自分の意思で決めた相手に想いを伝える」


「俺は――お前と!」


 結婚したい。そう言おうとした。けれど、言えなかった。ここは外。誰の目と耳があるかわからない。パートナーでない人間に結婚したいなんて言ったら、その瞬間俺は施設に送られてしまう。


「なに? 伊吹」


 けれど、もう関係ない。愛を傷つけるくらいなら、俺は……俺は……


「お前とけっこ――」


「ダメ! 伊吹! それ以上言わないで」


 愛は俺の言おうとしていることを察したようだ。もし愛に止められていなかったら、俺は言葉を全部発していただろう。


「あの約束……忘れてないからな」


「な、なによ。今更、そんな昔の約束持ち出して来て……覚えていてくれて嬉しいとかそんなこと思ってないし」


 愛の耳が真っ赤になっている。愛は顔を俯かせている。


「本気……なの? 伊吹? だって、伊吹には真奈さんが……」


「ごめん。愛。俺、臆病だった。大きな存在に立ち向かうのが怖くて、お前への想いを断ち切ろうとしていた。大きな流れに身を任せようとしていた。でも、それじゃあダメなんだ。俺が本当に望むものがなんなのか、今ハッキリとわかった」


「それって……」


「愛は俺を許してくれなくてもいい。俺のことを好きにならなくてもいい。でも、愛が自由恋愛をしたいと言うのなら、愛が好きな人と結ばれたいというのなら、俺はそれが許される世の中を作ってみせる!」


 俺は決めた。アフロディーテ・プロジェクトをぶっ潰す。このプロジェクトは素晴らしいものではある……だが、人の恋心まで押さえつけるのはやりすぎだ。


 どれだけ、環境や遺伝子を操ろうとも、人が人を好きになる感情を押さえつけられるわけがない。そのことを思い知らせてやる。

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