第4話 時事ネタ討論会

 俺の高校では、月に1度の割合で最近のニュースについて、討論を行う授業がある。これは生徒が社会の出来事に関心を持ち、更に自分の意見・主義・主張を相手に伝えることを目的とするものである。また、相手の言論も全否定してはいけないというルールがあり、相手を尊重する考え方も育成しようと言うのだ。


 討論会にはルールがあり、汚い野次を飛ばしたり、他人の発言が終わるまで口を挟まないと言った極当たり前のものが存在する。一昔前までは国会議員にもこれらが守れない野蛮人がいたと言うが、俺らの世代からしたら信じられないことである。


 今日の討論会のテーマは『未だに後を絶たない自由恋愛をする若者』というものだ。このニュースは俺も見たことがある。自由恋愛が法律で実質的な禁止を受けてから、十数年ほど経過している。


 既に結婚をしているカップルは対象外だが、未婚者はAIが決めた相手以外と結婚できない。もし、AIが決めたパートナー以外に恋愛感情を抱いたら、その時点で矯正プログラムが適応されてしまう。この矯正プログラムの件数は法律が施行された年をピークに徐々に下降していく傾向にあった。だが、5年程前から。この件数が一定の水準を下回らなくなっている。


 どれだけ、環境や遺伝子を操作したところで、自由恋愛を求める若年層というのは生まれてしまうのだ。この割合が人口の2割ほどを占めているからこそ、8:2の法則とも言われている。8割の人間はAIの管理を望むのに対して、2割の人間は嫌悪感を反発するというもの。俺は……どっち側の人間だろう。


 俺は愛と結婚したいと思っている。それは小さい頃にした約束が関係しているし、俺も愛を恋慕していることは間違いない。だが、俺は怖くて、それを言い出せないでいる。愛に自分の想いを伝えたら、俺は矯正プログラムを受けることになってしまう。自由恋愛をしたいと言う意味では俺は2割側の人間だ。だが、俺は政府に楯突いてまで、その意思を表明することはできなかった。プログラムを受けた2割の人間は勇気があった人間だ。俺は2割に入ることすらできない臆病ものだ。


「それでは、討論を開始したいと思う。まずは討論の最初のテーマとして、自由恋愛をしたいと思う心は悪かどうか。それを議論していこう。意見がある物は挙手をしてくれ」


 先生の発言を受けた直後に、クラスのスポーツマンタイプの男子が手を真っすぐ手を上げた。先生が彼を指名すると彼は立ち上がり、ハキハキした声で答弁をするのだった。


「私は、自由恋愛は生まれて来る子供のためにするべきではないと思います。一昔前までは自由恋愛が当たり前だったかもしれませんが、今はそういう時代ではありません。実際にアフロディーテ・プロジェクトが施行される前と後。ナチュラルとそうでない人間の能力比較を行った結果、アフロディーテ・プロジェクトで生まれた子供たちの能力が著しく高いことがデータとして出ています。現に私の両親もAIによって結ばれた2人です。その息子である私は、中学時代にテニスの県大会で3位に入賞したことがあります。1位、2位の選手も当然ナチュラルではありません。それどころか、県大会に出場している選手全員の親はAIによって結ばれています。特に激戦区でもないウチの県の県大会ですら、この様な結果が出ています。もし、私が自由恋愛で生まれた子供だったならば、市の大会レベルで終わっていたでしょう。私はAIと両親に感謝をしています。彼らのお陰で私はここまで力を付けることができたのですから。これから、生まれて来る子供のためにも自由恋愛は淘汰していかなければなりません」


 実際のデータと実例を交えた言論。説得力はある。


「はい。ありがとう。次に意見がある者はいるか?」


 今度はクラス委員の女子が手を上げた。


「私も自由恋愛には反対です。それは、結婚できる人間。親になりえる人間はAIがきちんと診断されるべきだと思うからです。アフロディーテ・プロジェクトの施行前は児童虐待の被害が後を絶ちませんでした。それは親になるべきではない性格・環境の人間が自分勝手に異性と付き合って、出産して、不幸な子供を生みだしてしまうことに原因がありました。AIはそう言ったことをする親を親とは認めず、誰ともパートナーを割り当てないことで対処してきました。その結果、自分の子供を虐待する親は淘汰されて、今では素晴らしい親しか残っていません。これらは最近までは俗説として扱われてきましたが。ですが、近年では、専門機関の調査により、アフロディーテ・プロジェクトとの相関が認められました。もし、自由恋愛に戻ったのならば、今の世代は大丈夫かもしれませんが、二世代先、三世代先に子供を虐待するような親が誕生してしまうかもしれません。AIはそれを予防することにも役立つので、人類はアフロディーテ・プロジェクトに管理されるべきだと思います」


 アフロディーテ・プロジェクトの当初の目的にも虐待の防止というものがあった。膨大な量の児童虐待のデータから、親の遺伝子、環境、組み合わせなどの膨大なデータを分析したことで、虐待する親に共通する因子を見つけ出したというのだ。詳しいことは俺にはわからないが、彼女の言っていることは一理ある。


「ううむ。反対意見ばっかりだな。賛成意見はいないのか?」


 先生の言葉に誰もが俯いた。自由恋愛をする人間は矯正対象。それがこの国のルール。安易に自由恋愛に賛成なんて口に出したら、矯正予備軍として扱われてしまうだろう。誰も手を上げるものはいない。先生自身もそう思っていたに違いない。だが、その静寂を破る1人の女子生徒がいた。


「はい」


 あ、愛!? お前、なんで手を上げてるんだ。


「私は自由恋愛をしてもいいと思います。私の両親は自由恋愛で結ばれたカップルです。みんなが知っている通り、私はナチュラルです。成績もみんなに比べたら劣っているし、スポーツだって苦手です。私は小さい頃にピアノをやっていましたが、他のみんなが何の苦もなく絶対音感を身に付けたの大して、私は努力してやっと相対音感を身に付けた程度です。確かに私は、みんなに比べて劣っているかもしれない。けれど、それを嘆いたことはありません。私は小さい頃からずっと両親を見てきました。この2人は本当に幸せそうで、仲が良くて、絆が深くて……たまに喧嘩をするけれど、仲直りをして前よりもラブラブになっている。そういういい夫婦なんです。こんな素敵な夫婦に会ったことはありません。もし、結婚相手を強制する法律がもう少し早く出来ていたのならば、私の両親が結ばれることはなかったでしょう。自由恋愛は確かに悪い面が目立つかもしれません。しかし、私は素敵な夫婦から生まれたことを誇りに思いたいです」


「なるほど……それが楪の意見なのか。辰野。お前はどう思う?」


「え? ぼ、僕ですか!?」


 なんで急に俺に振ってきたんだ。俺は困惑してしまう。


「辰野。お前はこのクラスで唯一のパートナー持ちだ。AIにパートナーを割り振られた立場から、自由恋愛をする者たちをどう思うのか意見を聞きたくてな」


 先生も割と高齢だ。確か、先生も自由恋愛で結婚したと言っていたな。ということは、このクラスでパートナー持ちは俺しかいないと言うことになる。


「えっと……私の意見としては、自由恋愛は――」


 ダメだ……言葉に詰まる。怖い。自分の意見を言うのがこんなに怖いなんて。この国の多くの人は自由恋愛を否定している。もし、自由恋愛を是とすれば異端者として吊るし上げられてしまうかもしれない。それが俺には怖かった。


 愛が俺の顔を見ている。俺の言葉を待っているんだ。愛……お前は俺にどんな言葉を求めているんだ? 教えてくれ……愛!


 俺を見ているのは愛だけではない。先生を含めたクラスの全員だ。俺はこのプレッシャーに耐えられなかった。


「自由恋愛はするべきではないと思います」


 その言葉を発した瞬間、クラスのみんなは安堵した表情を見せた。ただ、1人。愛を除いては……愛は俺を見て落ち込んだ表情を見せた。俺には愛の心情がわからない。愛が俺に何を期待していたのか、知るすべはない。


「私はAIから素晴らしいパートナーを与えられました。彼女は仕事熱心で努力家です。人としてとても尊敬できます。私は彼女を……」


 俺は――


「愛しています」


 俺は所詮AIに逆らえない。AIが創り出したこの社会に逆らうことなどできないのだ。

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