第3話 久しぶりの愛との会話
真奈が付けた盗聴器から解放された俺。これで女子と会話しても真奈から“不合格”を通達されることはなくなった。真奈と接することで少しずつ、信じてもらえているようで良かった。でも、俺の本心は未だに愛のことが忘れられない。そのせいで、俺を信じてくれている真奈を裏切っているような後ろめたさを感じている。
AIが決めたパートナー以外に恋愛感情を持つのは異常者。それがこの国の常識だ。だからこそ、俺はこの感情をずっと隠してきた。もし、俺が愛に告白なんてしたら、確実に施設送りにされてしまうだろう。本当に好きな相手に好きだと言えない。それが俺にはとても心苦しくて辛い。
登校中に愛を見かけた。愛も1人で登校している。ここは声をかけるべきか。一応幼馴染だし。
「おはよう、愛」
「ふぇ!? あ、おはよう。伊吹……その大丈夫なの? 私と話して」
愛は上目遣いでこちらの様子をチラチラと伺っている。俺は真奈から他の女子と会話禁止というルールを強いられていた。そのことは愛だけじゃなくて、他の女子も知っている。だから、俺に話しかけないように協力をしてくれていた。そんな俺が自分から挨拶をしたものだから、愛をビックリさせてしまったか。
「ああ。大丈夫だ。昨日、盗聴器を取ってもらった。俺のことを信じてくれるんだとさ」
「そう。良かったね。伊吹。私、どれだけ長い期間伊吹と話せてなかったんだろう」
「俺が真奈がパートナーに選ばれてからだから、大体3カ月くらい前じゃないかな」
「まだそんだけしか経っていないんだ。もうずっと長い間喋ってないかと思ったよ」
愛と話していると胸の底がポカポカと温かくなる。この感覚が好きだということなんだと俺は思う。だけど、俺のパートナーは真奈だ。俺は愛を好きになってはいけない。この感情がみんなにバレてはいけない。
「ねえ。伊吹……伊吹はやっぱり真奈さんと結婚するの?」
愛のその言葉に俺の足が止まった。それに釣られて、愛も歩みを止める。一瞬の静寂が流れる。
「当たり前だろ。AIが決めた相手。それには逆らえないさ」
「そ、そうだよね。うん。そう。AIが決めた相手なんだから間違いはない……よね?」
「ああ。真奈はいい女性だよ。料理も上手いし、俺にマッサージをしてくれる。プロのエステティシャンのマッサージだ。それをただで受けられるんだから、なんだか得した気分になれるぜ」
「いいなー。私もエステ行きたい。それに最近、伊吹の肌がツヤツヤしている気がする。エステの効果が出てるんだよ」
やはり年頃の女子高生。美容に関心があるのだろう。
「良かったら、真奈の店を紹介しようか?」
「いいよ。お金がないし」
「バイトをすればいいじゃないか」
「うちの高校がバイト禁止なの知ってるくせに」
「あはは。そうだったな」
そんなくだらない会話をしていると学校に着いた。いつものように教室に向かい、自分の席に座る。そんな当たり前の時間だ。
俺が席に座ると隣の席の男子がニヤ付いた顔を俺に向けてきた。
「なあなあ。伊吹。例のパートナーのお姉様とどうなったんだよ」
高校生でパートナーが見つかるケースというのは結構珍しい。大体、1学年に1人いるかどうかという比率でしかない。だから、既に真奈というパートナーが見つかっている俺は割と注目の的になっている。
「なあ、聞いてるのか? 伊吹。えっちなことしたのか?」
「ご想像にお任せします」
「なんだよ! つまんねえ奴だな! やっぱりしたんだろ! いいよなあ。伊吹は。あんな、巨乳でえちえちな体をした大人のお姉さんと付き合えて」
俺が置かれている状況は一般的に考えたら羨ましいのか? ないものねだりという言葉があるけれど、まさしくそれじゃないかと俺は思う。俺が羨ましく思うのは、将来的に愛のパートナーになる相手だ。俺が、愛のパートナーじゃなかったということは、別の誰かが愛のパートナーになるということ。それだけは避けられない。俺がどれだけ愛に恋心を抱いていたとしても、その恋が実を結ぶことはない。俺たちはAIには逆らえないのだから。
「ってか、お前昨日例のお姉さんの家に行ったんだろ? もう、それだけで羨ましいわ! 高校生の分際で20代後半のドエロいボディのお姉さんのところに遊びに行きやがって。ああ、くそう。俺も早くパートナー見つからないかな」
高校生。思春期。本来なら、一番恋に青春している時期だ。なのに、彼らはパートナーが見つからなければ恋愛をすることは許されていない。一昔の高校生が聞いたらかなりのディストピアだと思うかもしれない。けれど、俺らの世代は違う。みんな受け入れている。パートナー以外の人と恋愛をしないことに。
これはハッキリ言って怖いことだ。一説によると、この状況を受け入れるようになったのは、AIが自身を管理下に置きやすい性格が生まれる組み合わせを判断して、くっつけたからだという説もある。だから、世代が進むごとにAIの管理に抵抗を示さなくなる。万一、抵抗を示す個体が現れても政府の人格矯正プログラムを与えることによって、環境で人を変える。正に進化論の悪用だ。
とは言っても、その学説は揉み消されて、今では閲覧することができない。そんな説は最初から存在しないフェイクニュースだった。多くの人はそう思い込まされている。
ガラっと教室の扉が開いた。先生が登場して、テストの返却をした。
「あー。今日のテストは出来が良かったぞ。平均点は92点。最高点はもちろん100点。これは9人いたな」
俺の点数は91点だ。惜しくも平均点を上回ることができなかった。
「まあ残念ながら最低点を取った人はいる。その点数は86点だ。もう少しがんばるように」
先生がそのセリフを言った時、生徒の視線が愛に集まった。決して悪意のある行動ではない。だが、最低点の候補となる人物を目で追ってしまっただけに過ぎない。愛はその空気に耐えられないのか俯いてしまっている。それを察したのか、みんな愛を見るのをやめて前を向いた。
愛は……自由恋愛で生まれた子供だ。通称、“ナチュラル”と呼ばれている。アフロディーテ・プロジェクトで最良の遺伝子の組み合わせが分かるようになってからは、子供の学力、運動神経は飛躍的に上昇した。だが、自由恋愛産のナチュラルは、最良の遺伝子の組み合わせではない。そのため、他の子供に比べると学力や運動神経で高い成績を出すことは難しいのだ。
愛の取った点数76点も決して低すぎる点数ではない。一昔前の高校生だったら普通に取っていた点数だ。だけど、俺たちの世代のほとんどはアフロディーテ・プロジェクトによって結ばれたカップルの子供だ。基礎的な能力に差があるのは仕方のないことだ。それに、俺たちの世代で愛のようなナチュラルは全体の5%程度にしか過ぎない。だから、余計に劣ってみえてしまう。
けれど、それでイジメが起きるということはない。アフロディーテ・プロジェクトで生まれた子供は品行方正で、正義感が強い子供が多い。イジメをすることは滅多にないし、仮にイジメが起きた時でもみんなで団結して助けるということをする。そう言った自浄作用があるので、ここ十数年はイジメによる問題はあまり取り上げられていない。
イジメの根絶。それは長年、教育委員会が課題にしてきたところだった。だが、AIによる遺伝子・家庭環境の操作によってイジメをする個体は淘汰されたのだ。
愛は努力して俺と同じ高校に入った。この高校は県内でも有数の進学校で、ナチュラルが入ることは難しいとされていた。けれど、愛はなんとかして合格したのだ。けれど、愛は勉強に付いていけていない。クラスの誰よりも頑張っているのに、努力が報われていないんだ。
俺は物悲しい気持ちになった。AIが決めた相手以外と付き合って結婚するということは、子供に十字架を背負わせるのと同じ行為なのだ。AIが選出したパートナーと結婚して生まれた子供は成績優秀な子供になる。約束された将来が待っている。なのに、親の自由恋愛で生まれたナチュラルはレールから外れる人生を送ることが多い。子供にそんな思いをさせたくない。そういう親が増えたからこそ、アフロディーテ・プロジェクトは支持されて行ったんだろう。
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