第1話 アフロディーテ・プロジェクト
俺の名前は
俺は愛のことだったら何でも知っているつもりだ。誕生日は3月14日と早生まれ。好きな食べ物は、エビフライ。タルタルソース派。嫌いな食べ物はウニ。オカルト映画が苦手で、サメ映画が好き。血液型はO型のRh-と珍しい。もし、愛が18歳になったら献血で重宝される存在になるだろう。
俺は……愛のことが好きだ。世界で一番愛していると言っても過言ではない。だが、そのことは決して誰にも知られてはいけない。もし、恋心を持っていることがバレたら政府の施設に強制収容されて人格矯正プログラムを受けることになってしまう。
この国では、自由恋愛をすることが禁止されている。実際に付き合っていなくても恋愛感情を抱くだけでも粛清の対象になってしまうのだ。
これは、政府が掲げるアフロディーテ・プロジェクトと呼ばれる政策のせいだ。全ての国民は国が決めた相手と結婚し夫婦生活を営む。国民はDNA、RNA、環境、性格、経歴、等色々なものが国に管理されている。それらを元に最も相性がいい男女をAIが選定し、運命の相手として認定する。これが、アフロディーテ・プロジェクトである。
生涯未婚率の増加。離婚率の増加。出生率の低下。児童虐待の増加。DVの増加。それらの問題を一気に解決させる策としてこのプロジェクトは誕生したのだ。
このプロジェクトは発足当初は批判されていた。人権侵害だとか、自由恋愛を奪うななどと市民団体が必死になって止めていた。だが、政府は国民にこの政策を公表する前に極秘にこのプロジェクトを遂行し、データを取っていた。
その結果、このプロジェクトでくっついた夫婦は離婚率が極端に低く、家庭環境も円満。DVや虐待と言ったことも起こらず、生まれて来る子も才色兼備の天才児ばかりで、犯罪や非行に走る者はいなかった。正に理想の家族がそこにはあった。
その統計結果を見た国民が段々とこのプロジェクトに賛成を示した。とりあえず結婚は確定ではないが相性診断はしてみたいという男女が大勢押しかけて来た。彼らも実際に紹介されて付き合ってみると、お互いの相性がいいことがわかり、誰に頼まれるでもなく自動的に結婚をして、子供を成し、出生率はうなぎ登りになっていった。
このプロジェクトのお陰で、先天的に障がいを持って生まれて来る子供の数も激減した。組み合わせてはいけない遺伝子の組み合わせが事前にわかるようになった。自由恋愛だったら、くっつく可能性があった相性の悪い2人が、AIのお陰で弾かれるようになったのだ。
このプロジェクトが発足してから百余年が経った。自由恋愛を尊んでいた勢力は次第に縮小していった。彼らの子孫は、たまに天才が現れるものの、基本的には不出来で個体数も少ない。優秀で個体数も多いアフロディーテ・プロジェクト産の子供たちには勝てなかったのだ。
そして、プロジェクトを受け入れた者たちの子孫は、必然的にそのプロジェクトを受け入れる。今では、このプロジェクトに異を唱える者は誰もいない。賛成多数でAIが選んだ相手以外と結婚してはいけないという法律が可決したのだ。
その法律が可決してからは、自由恋愛が淘汰されるのは時間がかからなかった。AIが決めた相手以外に恋愛感情を持つことは異端。一時の恋愛感情など、その後の結婚生活の障害にしかならないのだ。
だから、俺は愛に好きだと伝えたくても伝えられない。AIが決めた運命の相手以外とは結婚をすることができない。それがこの国のルール。
もし、数千万分の一の確率で、俺と愛が結婚相手として認められたら、こんな思いはしなくて済んだのだろう。だが、無情にも俺の相手は既に決まっているのだ――
◇
ある日の登校中。下駄箱にて、俺と愛はすれ違った。
セミロングのストレートの黒髪。切れ長の目で二重でまつ毛が長く、可愛い系というよりかは美人系の顔立ちをしている。実年齢よりも大人びて見えているし、実際、俺と愛が歩いていると愛の方が年上にみられることが多い。俺の方が誕生日早いのに。小学校の頃から発育が良くて、3月生まれなのに小学校高学年頃になると身長も胸も女子の中ではトップクラスにでかくなっていた。その後も順当に正統進化を続けていて、今では大学生に間違えられるくらいにまで成長している。
「伊吹。おはよう」
愛が俺に挨拶をしてくれた。幼馴染、クラスメイトならして当然の挨拶。けれど、俺は彼女に挨拶をすることは許されていない。あの女のせいで……
「あ、ごめん」
愛はバツが悪そうな顔をして、そそくさと俺から逃げるように立ち去って行った。これも仕方のないことだ。もし、他の女と会話したことがバレたら、俺は婚約者に殺されてしまう。
ビーと俺の持っている通信端末が鳴った。メッセージが届いた。この着信音はやつだ……
『合格だよ』
なにが合格だ……はあ。俺も嫌な女と婚約者になってしまったな。
普通、10代後半から20代前半までに、誰かしらとマッチングするはずだが、彼女は今の年齢になるまでに中々相手が現れなかった。所謂彼氏いない歴=年齢。自由恋愛が禁止された昨今では、稀にあるケースだ。AIだって万能じゃない。相手を見つけることができるというだけで、存在しない相手を作るということはできないのだ。そもそも相性がいい相手が存在しない人物は生涯未婚のまま。これは仕方のない遺伝子の淘汰なのだ。
そんな彼女がやっとの思いでマッチングした相手が俺ということだ。真奈は俺を逃がさないために、強く束縛してくるのだ。同級生の女子に嫉妬していて、彼女たちを話すことを一切禁じている。俺の通信端末にGPSを仕掛けていて行動も逐一確認しているし、盗聴器だって仕掛けられている。下手に会話をしようものなら、真奈から“不合格”を通達されて、どんな目に遭わされるかわからない。
法律ではAIが選出した相手以外とは結婚できない。一見、俺を束縛する必要がないように思える。だが、この法律には穴がある。相手が気に入らなければそもそも結婚しないという選択肢を取れるのだ。事実、相手が気に入らないから結婚しないという人は、男女問わずいる。お互いの同意があればパートナーを解消することだって可能だ。そうしたら、また第2候補をAIが選出してくれる。
だが、俺の場合は真奈が絶対にパートナー契約を解除することはしない。あいつは俺に賭けているんだ。俺はまだ高校生だから結婚はできない。けれど、俺が高校を卒業した頃、あいつは絶対にあの手この手で結婚をするように仕向けて来る。もし、万一相手を妊娠させてしまったら、俺は真奈と結婚をしなくてはならなくなる。パートナーの女性が妊娠させてしまった場合は、男性側は責任取って結婚をしなければならないと法律で決まっている。
もちろん、相手がAIが選んだパートナーであっても性犯罪は犯罪だ。お互いの同意なしに性交渉をすることはできない。だけど、俺は――性欲に負けそうだった。
真奈は茶髪でよく髪を手入れしていて頻繁に髪型を変えている。どの髪型も似合うし、会う度に違う表情を見せてくれるそれは男心を擽る。そして、顔立ちも俺の好み抜群の美人でお姉さん系。俺はこういう雰囲気に弱いのだ。体格も愛並の身長と胸で、アフロディーテ・プロジェクトがなければ引く手数多だったであろう逸材だ。正直、自由恋愛市場なら、彼女が売れ残っている理由を探す方が難しい。俺を束縛するのも今までマッチングしなかったことによる影響だろうし、若い頃は拗らせていなかったんだろうなと思う。
また、俺の通信端末が鳴る。真奈からだ。
『今日の放課後、家にいらっしゃい。お家デートしよ?』
断るとどんな目に遭わされるか分からない。俺はデートの誘いを了承した。
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