俺はAI(愛)に逆らえない

下垣

第0話 果たされない約束

「ねえねえ。お母さん。今日は愛ちゃんと公園に遊びに行ってもいい?」


「もう、伊吹は愛ちゃんと仲がいいんだね。わかった。遊んできなさい。日が暮れるまでには帰ってくるのよ」


「わーい」


 お母さんから許可を貰った僕は、隣の家の愛ちゃん家に向かった。愛ちゃんは僕と同い年のとっても可愛い女の子なんだよ。


 少し高い位置にあるインターホンに背伸びをしながら押してみる。ピンポーンという音が響く。しばらく待つと愛ちゃんのお母さんが玄関の扉を開けてくれた。


「あら、伊吹君いらっしゃい」


「愛ちゃんはいますかー」


「ええ。愛ならいるよ。愛ー! 伊吹君が来たよー」


 愛ちゃんのお母さんが呼びかけると、ドタバタという音が聞こえて愛ちゃんがやってきた。


「わー。伊吹君だー」


「愛。ちゃんとご挨拶なさい」


「伊吹君。こんにちは」


「愛ちゃん。こんにちは」


 お互いにぺこりとお辞儀をする。


「ねえ、愛ちゃん。今日は公園に行って遊ぼうよ」


「うん。いいよ」


 僕と愛ちゃんは、手を繋いで公園に向かった。公園には誰もいなくて、僕と愛ちゃんの2人だけの空間だ。


「ねえ、愛ちゃん。お砂遊びしようよ」


「うん。いいよ」


 砂場に向かって、僕たちは砂で遊んだ。僕と愛ちゃんは2人でトンネルを作り始めた。僕が砂を盛って、愛ちゃんが穴を掘り、トンネルを作る。


「んしょ、んしょ……」


 愛ちゃんが勢いよく穴を掘ったら、ドサっという音がして山場が崩れちゃった。


「あ。ご、ごめん。伊吹君」


「ううん。気にしないで愛ちゃん。また作ればいいから」


「えへへー。伊吹君優しいから好きー」


「僕も愛ちゃんが好きだよ」


「じゃあ結婚しよっか」


「結婚?」


「パパとママが言ってたんだ。パパとママはお互い好きだから結婚したんだって。私も伊吹君も好き同士。だから結婚するんだよ」


「へー。そうなんだ。愛ちゃんと結婚か。うん。いいよ。大きくなったら結婚しよう」


 僕と愛ちゃんは指切りをして将来のことを約束した。



「ただいまー」


「おかえり伊吹。手を洗ってきなさい」


「はーい」


 僕は家に帰るなり、お母さんに言われて洗面所で手を洗った。砂遊びで手が汚れていたから、洗い流された水も濁っている。


 手を洗い終えた僕はお母さんのところにダッシュで向かった。


「伊吹。おやつにホットケーキを焼いたよ」


「わーい。お母さんありがとう」


 僕はホットケーキにメイプルシロップをかけて、ナイフとフォークを使って食べた。


「ねえ、お母さん。今日ね、愛ちゃんと結婚するって約束したの」


 僕がそう言ったら、お母さんは一瞬時間が止まったかのように固まってしまった。そして、その後、鬼のように怖い顔をして僕を見てきた。


「それ! 他に誰かに言った!?」


「う、ううん。誰にも言ってない」


 お母さんは僕に迫ってくる。なんだかとても怖い。お母さんには怒られたことはあるけれど、今までとは違う迫力がある。


「いい? 絶対にそのことは誰にも言っちゃダメ! 愛ちゃんを好きだって周りに言うのもダメ! そして、愛ちゃんと結婚をするのもダメ! わかった?」


「ど、どうして?」


 どうしてお母さんはそんなこと言うの? 結婚は好きな人同士でするものじゃなかったの? 僕は愛ちゃんと結婚したいのに、どうしてダメって言うの?


「いい? 伊吹。あなたが大人になったら、国がちゃんとあなたに相応しいパートナーを見つけてくれるの。だから、その相手と結婚しなさい。それが一番幸せになれるんだから」


「だ、だって。その人を好きになれなかったらどうするの?」


「好きになりなさい! そう、努力しなさい。それが一番幸福なの。あなたにとっても、あなたの将来の子供にとっても」


「じゃ、じゃあ愛ちゃんはどうなるの?」


 僕は愛ちゃんと約束したのに。お母さんはいつも「約束は必ず守りなさい」そう口を酸っぱくして言っている。なのに、お母さんは僕に愛ちゃんと結婚するなと言ってくる。これじゃあ約束を破れって言っているようなものじゃないか。


「愛ちゃんにも、国が相応しい相手を見つけてくれる。そういうものなのよ。今の時代は……昔みたいに、みんなが好き勝手に相手を見つけて結婚するような時代じゃないの。あなたも大きくなればわかる」


 僕はホットケーキの欠片を口に運んだ。甘くておいしいはずのホットケーキが全然美味しくない。まるで砂を噛んでいるかのような味気のなさ。お母さんがここまで言うんだったら、なにか理由があると思う。お母さんが意味もなく僕を苦しめるようなことは言わない。愛ちゃんと結婚しちゃいけない理由があるんだ。


「子供だと思っていたけれど、いつの間にか人を好きになることを覚えたのね。その感覚は大切なこと。その気持ちは将来出会う運命の人に取っておきなさい。あなたは……いいえ。日本国民は全員、国が決めた相手と結婚しなくちゃいけないのだから」


 お母さんが悲しそうな顔をしている。お母さんもこういうことを言いたくないんだ。僕を苦しめることを言いたくないんだ。


「わかった。愛ちゃんと結婚する約束をしたことは誰にも言わないよ……」


「ええ。それでいいの」



 夜になった。僕がウトウトと寝ようとした時にお父さんが帰ってきた。


「ただいま」


「ねえ。お父さん聞いて。伊吹が、愛ちゃんと結婚する約束をしたらしいの」


「な、なんだって! それで伊吹は無事なのか?」


「ええ。幸いこの情報が他に漏れてない。公の記録には、あの子はまだ誰も好きになっていない。そういう風な扱いを受けている」


「良かった……それにしても油断も隙も無いな。伊吹はまだ3歳だぞ。女の子を好きになるような年齢か?」


「ええ。こんなことならもっと早く言っておくべきだった。女の子を好きになっちゃいけないって」


「どうして、人が人を好きになっちゃいけない時代になったんだろうな。俺らが結婚する前は、まだ自由恋愛の余地があったのに」


「仕方ないよ。そういう時代になっちゃったんだから」


「だからと言って、パートナー以外の人を好きになったら、施設送りにするだなんてやりすぎだ。施設に送られた人間は戻ってきたころには別人のように性格が変わるって言われている。大人でさえ過酷な人格矯正教育プログラムを受けるんだ。子供の伊吹に耐えられるわけがない」


「そうね……私もやりすぎだと思う。けれど、これくらい徹底しないとこのアフロディーテプロジェクトは成立しない。それが政府の見解なんだから。可哀相にね。伊吹。このプロジェクトのせいで自由に恋愛をすることもできないなんて」


「まあ、子供のころの初恋なんて初めから実のならないものさ。幼馴染と結婚だなんて現実で早々あることじゃない。特にAIが結婚相手を決める今の時代じゃあ、その相手が幼馴染である確率なんて数千万分の1でしかない」


「でも、悪いことばかりじゃないと思う。だって、私はAIがあなたを選んでくれてとっても幸せだもの」


「お、おいおい。やめてくれよ。照れるじゃないか。それ言ったら俺だって……幸せだ。母さんもいるし、伊吹もいる。こんな素敵な家族に恵まれて良かったと思ってる」


「ねえ……お父さん。私、そろそろ2人目が欲しいかな」


「う、それって……」


「ダメ?」


「う……もう。俺が上目遣いに弱いの知ってて……後悔してもしらないぞ。誘ったのはお前だからな」


「ふふふ。あなたって最初は奥手だったもんね。今もだけど」


 お父さんとお母さんの言っていることは難しくて理解できなかった。AIってなんだろう。ああ、ダメだ。眠気が限界に達してきた――


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