第2話 『雨水』
「今日も来たのね」
「ここにくるのが俺のルーティンになっちまったからな」
そんな軽口をお互いのあいさつとして、俺はこの学校で唯一の安らぎの場所である図書館を訪れた。
そして、俺の目の前には1人の女子生徒が座っている。
一瞬、中学生と見間違えるような平均を大きく下回る華奢な身体。そんな体躯とは対照的に、まるで天女の羽衣のような薄く透き通るような輝きを持つ黒髪を腰までたなびかせ、無表情にも見えるその顔は、精巧に作られた人形のような美しさを漂わせている。
こいつの名前は
「そして、俺の数少ない友人の1人である」
「1人で何をぶつぶつと言ってるの?」
おっと、また独り言が漏れてしまったか。
まあ、ともかく俺は昼休みになると、こいつと昼飯を食べることにしている。
ちなみに、千春は別の友達グループと食べている。俺もお情けで誘われたんだが、あんまりにも気まずすぎるのと、男子の血眼となった視線が痛すぎて辞退させて頂いた。
ほんと、千春さんマジパネエっす......
俺は冬花の対面に椅子を持っていき、机の上に先ほど買ったあんぱんを置いた。
そして、そのうちの一つを生贄のごとく冬花の前に差し出した。
「ふっ、今日もご苦労さん」
「そうかよ」
俺はこいつと一緒に昼飯を食べる対価として、あんぱんをあげることになっている。
無理にこいつと食べる必要はないんだが、1人で食っているところを千春に見られたら最後、俺はリア充どもの檻へ入れられてしまうだろう。
「今日も私が一緒に昼飯を食べてあげるんだから、感謝しなさい」
「はいはい」
そんなこともあり、俺はこいつと協定を結び、一緒に昼飯を食べているわけだ。
「ところで、尼崎君。今日新しく発掘した小説についてなんだけど」
冬花がペラペラと小説について語り始める。
無表情に見えるその顔が、心なしか楽しそうに見えた。
語って語って、あんぱんかじって、また語って語って、あんぱんかじって、さらに語って語って、あんぱんかじって......
これで分かった通りこいつはいわゆる本の虫ってやつだ。つまるところの小説オタクだ。
特に、好きなジャンルとかはないらしいが、最近は恋愛系にご執心らしい。
なんで、こんなにお喋りしていても誰にも注意されないかというと、この学校の図書館には人気という概念が存在しないからだ。
察してくれ......。
俺も冬花の話を聞きながらあんぱんを食べる。
そして、語って語って、かじるあんぱんがなくなると、
「今日はここまでね。それじゃあ、この本を貸すから読んでみてちょうだい」
「はいはい」
何事もなかったかのように、椅子に座り直し、また本を開き始める。
話し過ぎて興奮したのか、冬花の顔が心なしか赤く見えるような気がする。
俺たちの昼食はいつもこんな感じだ。
俺は壁にかかってある時計を確認すると、思ったよりも時間は経っていたが昼休みが終わるまでにはもう少しあった。
俺は、特になんの用もなしに、学校内をぶらぶらと歩き回ることにした。
*
なんの用もなしに、ぶらぶらと歩いていた俺が、校舎裏に差し掛かったその時、
「好きです!おれと付き合ってください!」
そんな声が聞こえ、俺は反発的に物陰に隠れた。
よく見れば、男子生徒が、女子生徒に向かって告白しているところで、しかもその女子生徒が、俺が絶対に見間違えることのない幼馴染の千春だった。
千春は何も言わず、ただその場で立ちすくんでいる。その男子生徒は、期待に満ちた視線を千春に注いでいた。
しかし、悲しいかな。俺はこの後の千春の返事をよく知っている。
千春は、僅かな微笑みを浮かべて一息で言い切った。
「ごめんなさい。私、あなたのことをそんな風には見れないの。だから、あなたの気持ち受け取れない」
いつも明るく、ノリの良い千春が真面目な口調で告白を振った衝撃に、男子生徒は動揺を隠せずにいる。
俺は千春の言葉を最後に、この場所を離れた。
男子生徒が気の毒だからではない。だって、俺には男子生徒の気持ちがわからないんだから。
*
学校が終わり、帰路に着こうと正門を出ると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「秋翔!!帰ろー!!」
そう言いながら俺の前に現れたのは、他でもない千春だ。
俺と千春の家は隣同士。なぜ一緒に帰るかというと、帰る道が一緒だから...というのもあるが、それ以外にも理由がある。
「今日も家にお邪魔させてもらってもいい?」
「別にいいぞ」
そう、千春は暇さえあれば俺の家に遊びに来るのだ。これは、小学生の頃からずっと続いている。
2人で、というかほとんど千春が話していただけだが、話をしながら歩き、俺の家に着いた。そして、玄関に上がるや否や、千春はすぐさま俺の部屋に行きベッドに倒れ込んだ。
健康的な肉体を象徴するかのようにベットが軽く軋んだ。
「あ〜生き返るぅ〜」
「せめて手くらい洗え」
俺は千春の寝ているベットのすぐ横に腰掛け、本を開いた。千春はスマホを開き何かの動画を見ている。
「...好きだ......私も......」
「千春は何を見てるんだ?」
「ん〜なんとなく恋愛系のドラマ?かな」
千春が恋愛系のドラマを見るとは珍しい。だって、
「お前も恋愛が分からないんじゃなかったのか?」
「そうだけどね......なんか気になって」
俺は千春が告白されているのを見たことを言わなかった。言ったとしても、この雰囲気を崩すだけだろうから。
千春はこれまでにも何度も告白をされている。そして、全てではないだろうが、今日みたいに俺も何度か目撃している。
それはそうだろう。千春は、男子にモテる。明るく、誰に対しても分け隔てなく接する姿を見て恋に落ちない人はいないのだろう。
そして、千春はその全てを断っている。
理由は簡単だ。俺と同じで恋がわからないから。
「このままじゃ、きっとダメなんだよね」
千春がぽつりと漏らした気持ちの吐露を、俺は拾えずにいる。
*
「じゃあね。また明日」
「おう」
千春を玄関まで見送り、といっても徒歩10秒くらいなんだが、俺は自分の部屋に戻る。
俺の1日なんてこんなものだ。
幼馴染がいるだけの、特に代わり映えのない毎日を過ごしていた。
そう、あの日までは。
*
そんなある日の事。俺が家に帰ろうと校舎の外にでた時、チラッと千春が校舎裏に1人で歩いていく姿が見えた。
もちろん千春にも委員会などの用事があるだろうし、俺と一緒に帰らない日がないというわけではない。
でも、どこか胸騒ぎがする。
俺は自分の直感を信じて千春の後を追った。
*
「好きです!!俺と付き合ってください!!」
「ごめんなさい。あなたの気持ち受け取れない」
俺が千春の後を追って、繰り広げらていたのはつい先日も見た光景だった。
どうやら、俺の直感は間違っていたみたいだ。こんな俺に特殊能力なんてあるわけないしな。
俺は家に帰ろうと歩を進めようとした時、
「もしかして他に好きな人でもいるんですか?」
「えっ」
そんなやりとりが聞こえ、気づいたら俺は足を止めていた。
「だって、そうじゃないですか。千春さんは何が部活に入っているわけでもないし、勉強に打ち込んでいる姿もない。それなのに、なんで誰の気持ちも受け取ってくれないんですか」
「それは......」
それは、恋愛がわからないからだ。
千春は誰の気持ちも受け取らないんじゃない。受け取れないんだ
「どうしてなんですか、千春さん」
「っ!!」
男子生徒の言葉を最後に、千春は逃げ出した。
初めて男子生徒の告白を逃げ出した日だった。
*
俺がゆっくりちはるの後を追いかけていると、千春は帰り道の公園のベンチにいた。
俺の家に向かうでもなく、1人座っていた。
なんて声をかけるか迷ったが、俺は千春を元気づけるために
「おい、ファミレス行くぞ」
ファミレスに誘っていた。
*
健全な学生なら、部活に勤しんでいる時間。
俺はファミレスで千春の話を長い間ずっと聞き続けていた。
「私だって、相手のことを否定することが気持ちいいなんて思ってるわけ無いじゃん......そりゃぁ、なんで私のことなんか好きになったのって思うこともあるけどさぁ......勉強や部活だけじゃないの!!忙しいのは!!勝手に決めつけないで!!」
もう、聞いてる俺ですら、こいつが何を言いたいかよく分からなくなってきている。
千春は自分のグラスに入っているオリジナルブレンドジュース(ドリンクバーで作った)をかき混ぜながら、ため息をついた。
「好きって何だろう......」
そう、こいつも俺も恋愛がわからないからこんなに悩んでいるんだ。
俺たちにも恋愛さえわかれば......
だから俺は軽い気持ちで千春に提案した。
「気になるなら、試しに誰かと付き合ってみたらどうだ?」
「「......」」
一瞬、いや三瞬の間があった後、千春が勢いよく立ち上がった。
「それだ!!」
そして、とんでもないことを俺に提案し返す。
「ねえ、私達試しに付き合ってみない?」
*
好きだから付き合ってみませんか?~親愛から始まる幼馴染との恋物語~ 葉月治 @hazukiosamu
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