第5話

手代木の一件があった次の日。


今日は追い回されることはなく、摘麦は教室でゆっくりと弁当を食べていた。


ゆっくりと――ゆっくり――いや、箸止まってないか?


「――なあ。――なあ、聞こえてるか。大丈夫か?」


「――あんたに大丈夫なんて心配される筋合いないわよ馬鹿」


ひでえ。ボーッとしてるにしてもひでえ。


昔から感情の起伏が激しいヤツではあったが、こんな放心状態初めてだ。


そういえば宮地と別れて理科室に戻った時も少し様子がおかしかったか――?


「間違えて悪い薬でも飲んだか?」


「――ああ、あれなら手代木君が飲んじゃったわよ」


どこか会話がずれている。摘麦さん、あなたに訊いているんですよ?


――でもなんで手代木がこのタイミングで出てくる――?


「――いや、待て。お前まさかあの得体の知れない薬を手代木に飲ませたのか?!」


「――仕方ないじゃない。あんたが飲まないんだもん。それに飲ませたんじゃなくて彼が勝手に飲んだのよ」


マジかこいつ……


子供のころからずっとそうだ。何かを作っては俺で試す。俺を人体実験の道具としか思っちゃいない。


俺はお前のモルモットじゃねー!と何度思ったことか。


幼い頃はいろんな飲み物を混ぜて作った栄養ドリンクモドキを飲まされた。


初めて自作の薬を飲まされた時は高熱に見舞われ耳がおかしくなった。


だけど俺以外の人間で何かを試そうとしたことはなかったはずだ。





「昨日は悪かったな。掴みかかったりして」


不意の声に驚きクラスを見回すと、窓際の席で昨日の大柄な上級生がまた手代木に絡んでいる。あの男は普段から声が大きいのか。


「でも分かってくれ。俺たちにはお前が必要なんだ。横暴なのかもしれないが、ここで簡単に引き下がりたくない」


そう言って男は机に突っ伏して無視している手代木の右肩を軽く叩いた。


「――さわるな」


「ん?なんか言ったか?」


「俺の右腕に触るんじゃねえーーっ!」


ガダタンッッ!!と大きな音を立てて椅子が倒れる。


「右腕の疼きを……呼び醒ましたな……!」


大きな音で教室に居た生徒たちはパニックになっている。


二日続けて揉め事とは勘弁してほしいものだが。


手代木は前屈みになりながら左手で自分の右腕を掴んでいた。


「静まれ……俺の右腕!」


その言葉が耳に入った瞬間、全身を駆け巡るように寒気がした。


やめろ手代木晴。その言葉は聞きたくない。その言葉は――




――まるで中二病じゃないか。

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