第3話

日が傾いても夏の暑さは殺人的だった。


屋内にいるほうがずいぶんと楽だと思いながらも周囲を見遣ると、グラウンドから校内道路を挟んだこちらの校舎側に一人の野球部員が顔を洗いに来ているのが見えた。


手代木と話していた別クラスのメガネの人だ。


彼は俺と目が合うと、やあと声をかけてきた。


芦原あしはら君――だったよね。僕が晴と話してたの見てたでしょ」


どうやら放課後の会話を見られていたことに気付いていたらしい。


「ああ、そういえば僕の名前言ってなかったね。宮地みやじだよ。よろしく」


彼は被っていた帽子を取り、かるくお辞儀をした。





「昼休みの一件も見てたんだね。先輩がご迷惑をおかけしました」


「迷惑ってほどでもないけど――。手代木はなにかしたの?」


「なにもしてないよ。そもそも晴は野球部じゃないし。部員になってほしいんだけどね」


やはりそうだ。手代木晴は野球部員ではない。


「晴は野球ができないんだ。いや、できなかったって言う方が正しいのかな」


「野球ができない人間あそこまで強引に引き込むものなの?」


それには理由があるんだと宮地は続ける。


「晴は中学のころシニアチームで野球してたんだ。シニアなんて中学の野球部とは鍛え方が違う。おまけに晴はピッチャーとして試合に出てたから実戦での経験も豊富だ。だから四月に新入生の情報を手に入れたうちの野球部は、大型新人が入るぞって浮き足立ってたらしい」


「――でもその実はあんな腑抜けだった」と彼は話を締めた。


なんだそれは。


一方的に期待しておいて、期待外れだったから怒っていたというのか。


だけど手代木はなぜは野球がんだ。


「なにかあったの」


「あいつシニアのときに故障したんだよ。いわゆる野球肘ってやつ。それで中三の夏は使いものにならなくなっちゃってさ。それからずっとあんな感じなの」


「ああ――」だから反撃することもなく睨んでだけいたのか。


たぶん責められたのはあれが初めてじゃないのだろう。


痛みのせいで断念しなくちゃいけなかっただけなのに。


「でも肘はもう良くなってるはずなんだよ。一年も安静にしてたわけだし。――ねえ、どうやったら晴は野球部に戻ってくれると思う?」


まさかのキラーパス!その質問を俺にするのか。


宮地は知らないだろうが、俺はむかしから家の中に引き籠っては漫画とかアニメを漁っていただけの人間だぞ。彼には悪いが運動部の事情なんて全くもって分からない。


野球漫画ならヒロインが現れて「私を甲子園に連れて行って」なんていうのかもしれない。それともカリスマコーチが叩き上げてくれるのだろうか。だが生憎あいにくその手の話には詳しくない。専門外だ。


「ごめん。事情は分かったけど俺にはどうしたらいいのか分からないよ」


「――そっか。そうだよね。うん、こっちこそ変なこと聞いて悪かったね。そろそろ休憩終わりだから戻るよ」


そう言うとかつかつとスパイクを慣らしながらグラウンドの方へ走っていく。


宮地は腕を犬の尻尾のようにぶんぶん降って別れをつげた。

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