第2話
よくわからない液体とよくわからない粉を混ぜ合わせる。
摘麦のやっていることはいつ見てもよくわからなかい。
理科室に連れてこられたもののやることがない俺は、薬包紙で鶴を折ったり実験に使うのだろう器具を現代美術品のように眺めてはうんうんと肯いているばかりだ。
「ビーカーとかガラス棒は触っててもいいけど壊したらダメだからね。高いんだから」
新入部員になるかもしれない期待の友人に開口一番にいうことがそれか。
「――なんで連れてきた??」
「暇そうだったから」
彼女は座り心地の悪そうな丸椅子から立ち上がる。
「私のやってることを見てればいいの。そうすればきっと実験に興味が出てくるようになるわ。そうね、せっかくだから今日はあれを見せてあげよう」
ふんふんと鼻歌を歌いながら棚から白いプラスチック瓶やらスプーンやらを取り出し準備を始める。まるでスーパーで買い物をしているかのように慣れた動きだ。
「理科の成績はずっと一番だったよな。だから化学部なのか?」
「成績だけで人柄を判断するんじゃないの。それに成績なら彼方だって悪くないじゃない。勘違いしないでほしいけど、私は変化していくものを見るのが好きだからここにいるのよ」
こういうときに見せる無邪気な顔は昔から変わってねえな。
そもそも彼女が実験だ化学だが好きなのは親の影響もあるのかもしれない。
蛭子といえばここら辺では少しは名の知れた医者の家系だ。
摘麦の母もその例外ではなく、実際に手術をするわけではないらしいが、薬学に精通し新薬の開発に勤しんでいると聞いたことがある。
目の前にいるその娘本人からだが。
バーナーの炎に金属の棒を近づけると炎の色が赤く変わる。あれとは炎色反応のことだったようだ。
「紅蓮のほのお〜っ!なんちゃって。こういうの好きだったよね」
ぴくりと反応してしまったが、気に留めないように鶴を弄る。
「そういうのはもう卒業したんだ」
「えー!つまんないなあ」
つまらないとはどういうことだ。
「俺は『変化していくもの』に入らないのか?」
「う〜ん……ネガティブな変化だからな〜」
一理あると頷きながら摘麦は一休さんのように指先で頭をなぞった。
「良くない変化だっていうのか」
「うん。それは間違いないよ。だって今の彼方ってすごくつまらなそうなんだもん」
――つまらなそう?
――中学の頃の方が良かったって言うのか?
「だからせめて私の実験の手助けをすると思ってさ、これ、飲もうか!」
小さな掌の中には二つのカプセル。いつのまにか振り出しに戻されたようだ。
「意 味 が わ か ら な い」
すっかり摘麦のペースに乗せられている。やはりここは科学者の根城。地の利は彼女にあるようだ。
薬品の匂いにも飽き飽きしてきたし、話を変えたかった俺は一旦理科室を出ることにした。
「逃げちゃダメだからね!」
逃げないよ。多分ここで煙に巻いたとしても、また明日追いかけっこをやるはめになるだけだからな――――
俺と入れ違いになるようにその男は理科室を訪れていた。
「蛭子は――蛭子摘麦はいますか」
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