君で満たされている
ふにゃこ(水上える)
第1話
どうして私はこんなに彼のことが好きなのだろう。
彼のささいな言動の一つ一つその全てをこんなに愛しく感じるのはなぜだろう。
彼のことをただ想うだけで胸の奥がきゅんとする。切なくてあったかい感情が私の海を満たしてゆく。
□■□
「我々はついに“愛”の正体を突き止めました。それはつまり、ウイルスだったのです」
「このウイルスに雌雄はありませんが、2個体が接触することで情報交換をして進化する性質を持っています」
「しかし、相性とでもいうべき<型>を持っていて、この型が合わないウイルス同士では子孫を残せません」
「人類は種族的にこのウイルスに感染しています。ウイルスが進化するために利用されていたのです」
「ウイルスは脳、感情にまで作用します。特殊な振動を発し、型の合うウイルスを呼び寄せようとします」
「こうしてウイルスの型の合う人間同士が惹かれ合う──愛し合うようになるわけです」
「すなわち、人類の手に入れた強大な繁殖力はこのウイルスの感染に由来していたのです」
□■□
どうして私はこんなに彼のことが好きなのだろう。
檻の中に閉じ込められて、鎖に繋がれ、触れることさえ叶わぬときも、彼のことを想うと胸の奥がじわりと滲む。
切なくてあったかい感情が私の海を満たしてゆく。
ときに涙が流れるほど、彼がいなければ私に生きる意味はないのだと思う。
□■□
「そして我々は、このウイルスつまり“愛”を全く持たない、ヌードマウスならぬヌードヒューマンともいうべき新人類の産出に成功したのです」
「そこには商品価値があるという事です。消費者はヌードヒューマンを購入し、自分のウイルスの型にぴったり合致するウイルスを注入すればよいのです」
「今までのような人形とは違います。強制的な奴隷とも違います。これは完璧な商品なのです。“心”ごと消費者は購入することができる。自ら思考し学習し、感情を持っている確かな人間を」
「現在我々の持つ愛とこの“愛”は本質的になんら変わるところはありません」
「けれどいかなる打算もない無条件の愛がここにあるのです。これこそが、我々が未来へ提供する完全なる愛の形なのです──!!」
□■□
どうして私はこんなに彼のことが好きなのだろう。
彼のことを想うと胸の奥が柔らかく色づく。
檻に入れられ鎖に繋がれ、両腕を切り落とされ瞼を縫い合わされ、時に皮膚を灼かれ、時に人前で辱められても、彼の声が聞こえるだけで私の海は切なくてあったかい感情で満たされてゆく。
薬で理性を奪われもうろうとした頭でも、彼への愛しさは狂おしいほど日に日に降り積もってゆく。
私と同じように彼を愛した女たちの死体が無数に転がる暗闇の中で私は、彼を愛しいと思うことを、どうしてやめることができないんだろう……
<了>
君で満たされている ふにゃこ(水上える) @funyako666
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます