ある朝、突然〝どこか違う〟世界で目を覚ました人が、そのまま数年かけて頑張ってようやくなじんできた頃のお話。
ショートショートです。と、そう言い切っていいのかどうか難しいのですけれど、とにかく少し不思議な要素のある現代ドラマです。
なかなか内容に触れるのが躊躇われる部分があるというか、平たく言うと「ネタバレしちゃうともったいない!」と思う要素があって、なので以下はそのつもりで読んでください。できれば今すぐ本編へ。致命的な部分への言及はできる限り後ろの方に寄せますけど、もし本編未読のままこのレビューを読むなら、少しでも「おっ」と感じた時点で即本編に飛んでください。
ショートショートらしいワンアイデア、といえばそうなのですけれど、でもその料理の仕方が好きです。丁寧というか、浮き彫りにしたいテーマがしっかり定まっていて、そこへ向けて一歩一歩進んでいく感じ。この作品を通じて描かれているものは、作中で実際に起こっている現象(=なにかが違う世界に紛れ込んでしまうこと)そのものというよりも、それによる違和感や感覚の乖離の方に軸足があるように思えます。というか、実際そのように読んで、そしてそれがものすごく魅力的。
きっと異世界や不思議な何かのお話ではなく、まさにジャンル通りの現代ドラマ。作中世界のリアリティラインにはファンタジー的な面があっても(それも解釈次第なのですけど、個人的には描写がそのまま正しいという解釈が好き)、でもその辺は実質的には大した問題でなくて、肝はあくまで「この主人公と同じ感覚で生きている人間がいることが想像できる」という点。それは別になんらかの病といった話でなく、ただそこに「少なからず、どこかしらの点で」という修飾を付け加えるだけで、おそらくそう珍しくもない物事になるんじゃないか、というところがもう本当に好きです。
誰もが感じうる違和、ふとした瞬間に覚えるなんらかの乖離。さすがにこの主人公ほどではないにせよ、でも彼と自分はきっと地続きなのだという、その前提で読んだときのこの迫力。考えさせられる、というとちょっとニュアンスが違うのですけれど、なんだか想像しにくいことを想像させられるような、認識の枠を刺激してくれる感触が楽しい作品でした。